…―――幻かと思った。
余りにも長い間、あいつの姿を追いすぎて、遂に幻覚まで見るようになったのか、と。

セブンスターズのとある一族の息子の誕生日パーティーに当然の如く招待された俺とマクギリス。
主役を放って俺たちを口説き始めたアグレッシブな女たちに嫌気がさして、マクギリスを生け贄にコッソリ輪から抜け出した。
色々な香水の匂いが纏わり付いている。軽く気持ち悪い。少し離れたら、久しぶりに澄んだ空気を吸ったような気がして、深呼吸を数回繰り返した。
その刹那だった。何処からか声が聞こえたのは。

「あの人よ…養子ですって」
「聞けばギャラルホルンにいるらしいじゃないか」

またか、と、俺は溜息をついた。マクギリスと一緒にいるとたまに聞こえてくるそれ。
出身や血筋だけで判断し、見下す事は愚かな事だ。
気分が悪い。その陰口が聞こえないようにその場から離れようとした瞬間だった。
「あの子を引き取ったナルバエス家も落ちたものだ…」
(ナルバエス…?ファリドじゃない…マクギリスの事じゃないのか?)
思わず、そいつらの視線の先を辿る。
いったい奴らは誰の事を言っているのか――…

瞬間、俺は、あいつを見付けた。

「……ッ!!!」
幼い頃の光景と綺麗に重なる。ずっと探していた、そいつと。

シンだ―――直感がそう告げる。

本人だという根拠も無いのに、俺の身体はびっくりするくらい早く動いた。踊っている奴らの間を掻き分け、声を掛けてくる女を無視し、俺はただ、視線の先の女を見失わないように早足で近寄る。
そして、馬鹿みたいに焦った表情でそいつの左手を掴んで引き寄せた。
取り敢えず、腕を掴めたから「幻覚じゃなかった」と安心する。

振り向いた女は、物凄く驚いた表情をしていた。
(ああ、やっぱりお前は…)
「お前、シンだろ…?」
「……っ、」
目を見開いてこちらを見上げる彼女。余りにも反応が薄かったから俺の事を忘れたのかと不安になるが、どうやら覚えていたらしく、俺は一安心する。必死だな俺、と、内心で自嘲した。
(しかし、あんなにも探していたのに、こうもあっさり見付かるとはな)
まさか、養子に貰われてギャラルホルンに居るなんて想像していなかった。灯台下暗しってやつか。

「なにニコニコしてんだよ…。お前、ほんと、会わない間に何があったんだ…?」
「……話せば、長くなるよ」
子供の頃とはだいぶ印象の違う彼女を見詰める。
何と言うか、説明がしづらい。
根本的な性格は子供の頃のままだが、
(なんか、散り際の花、みたいな…。)
シンは、俺が掴んだ左手を優しく撫でる。もしかして痛かったのか。あまり強く掴んだつもりは無かったが…、如何せん必死だったから上手く力加減出来ていたか自信が無い。
「手首、痛むか?すまない、強く引っ張りすぎたか?」
「ううん、痛くないよ。それよりガエリオ、もっと顔見せて」
「は?顔?」
「うん、顔」
そう言って、ズイッ、と顔を近づけるシン。思わず目を逸らした。
「なっ、なんだよ…。子供の頃とそう変わってないぞ…」
「いいの。ただ確認させて」
何の確認だというのか。しかし、そんな反論すら出なかった。
どうやら、俺は、柄にもなく緊張と言うものをしているらしい。シン相手に。
(いや、)
(シンだからこそだ。)

あの時、シンが突然居なくなってから気づいた。
必死でシンを探しながらようやく理解した。
俺は、幼いながらに、この目の前の女に、恋い焦がれていたのだと。

「うん、よし、ありがと」
何がよしで何がありがとうなのか。いったい俺の顔を見て何がしたかったんだ。
真意は分からないが、取り敢えず満足したらしいシンは、「それじゃあ、」と言って片手を上げる。
「マクギリスには会わないのか?」
このまま去ろうとするシンを引き留めるように言葉を続けた。
シンは、一瞬体をびくつかせると、苦笑のようなものを浮かべて「マクギリスは今度でいいよ」と告げる。なんだ、今度でいいのか?…まあ、今は女どもに囲まれているし、シンが今度でいいならそれでいいが…。

「…―――また、会えるよな…?」

心配になって思わず問うた。
こいつには、俺たちに黙って急に消えた前科があるんだ。
また会えるという確かな言質が欲しかった。

シンは、ゆっくり瞬きすると、静かに微笑んだ。

「…―――これからは…、ガエリオが、会いたいときには、いつでも。」

(…―――っ、)
息を吸うのを忘れる。

(違う、)
“散り際の花のような”、ではない。
(本当に、俺たちが知らない間、お前に、何があったんだ?)

そんな、
儚くて、悲しげな、笑い方、

何処で覚えたんだよ、シン。




2016.04.01

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