「…――また、ここか…」

気が付いたら綺麗なトイレの個室に居た。洋式トイレの蓋の上に、ロダンの考える人の銅像の如く座っていた。
もう、何十回、何百回も此処に戻って来ているが、一応身なりを確認。所持品をチェック。時計で時間と日付を見る。
やっぱりいつものところからか――私は溜息を吐いた。

ここはパーティー会場のトイレだ。
セブンスターズのとある一族の息子が誕生日という事で、盛大にパーティーが開かれていた。
セブンスターズには到底及ばないが、 ナルバエス家もそこそこ良いトコの家系ではあったから、こうしてパーティーに招待されて参加していたのだ。
しかし、招待されたのは私ではなくて私の義理の父親であり、ナルバエス家の当主。では、何故、本来ならば居るはずではない私がここに居るのかというと、答えは至って単純で馬鹿らしい。
義父がインフルエンザにかかってしまったから代理で来た。それだけだ。

ただ、その息子にナルバエス家の代表として軽く挨拶をしてから、軽くアルコールを呷ってサッサと此処から退散しようと決めていたのだけど、あの子は孤児院出身だとか、養子だとか、わざと聞こえるように陰口が飛んできて、一気に吐き気を催した。
孤児院出身が何。養子が何。怒りが急速に吐き気を促してしまい、思わずトイレに駆け込んだ。

そして、大して食べ物も摂ってないからえずくだけえずいて、
「あー、つかれた…」と、座って、ぼーっとしていた瞬間が、まさに今。
タイムリープするといつも何故かここから再スタートする。

(早く戻らなきゃ…)
何十回、何百回、と、繰り返して来たから分かる。このパーティーで久しく会っていなかったガエリオとマクギリスに再会する。
愛しい男と、その彼を殺した男に。
幾度も幾度も時を回り、世界を巡り、それでも、私がマクギリスに勝てた事など一回も無かった。幾度も幾度も、愛する人を失い、友を失い、部下を失い、その度リセットされて。
気が狂いそうな毎日だった。でも、この首から掛けたシルバーリングが、最初の彼が、私にくれたそれが、壊れそうな私の心を何度も奮い立たせた。
何の因果か分からないが、こうして彼を救うチャンスが与えられているのだから、何としてでも、彼を救いたい。


トイレから出て、ホールに向かう。今頃、ホールの中心にある広い階段の踊り場で、ガエリオとマクギリスが女性たちから熱烈なアプローチを食らっているはずだ。
大きな扉をくぐり、ホールに戻る。
しかし、階段を確認しても愛しい男の姿が無い。居るのはマクギリスのみ。
(えっ、なんで…?)
いつもとは違う。このままでは彼と再会出来ない、と焦る。いや、見えないだけで女性陣の陰にいるのでは?と、速足で階段に近づこうとした刹那、
…―――ぐいっ、と、左手を掴まれて、引っ張られる。
「…っ、!?」
思わず叫ぼうとしたが、左手を掴んだ犯人の顔を見て、体が固まってしまった。

(ガエリオ…っ、!)
何故かはわからないけれど、私と同じくらい焦った表情をしたガエリオが、私を真っ直ぐ見おろしている。

「…―――お前、シンだろ…?」

左手を不自然に強く握られたまま、小さく問いかけられた。タイムリープして、何度も彼とここで再会してきたが、いつも私が何かしらのアクションをしなければこちらに気付かなかったガエリオ。その彼が、こうして私を見つけ出したのは今回が初めてだった。
「……っ、」
驚きやら嬉しさやら、いろんな感情が混ざり合ってすぐに言葉が出てこない。
そんな私の様子を見て、ガエリオは焦った表情から一変。眉間に皺を刻んで不機嫌な表情になる。
「お前…俺の事を忘れたわけじゃないだろうな…?」
忘れていない。忘れるはずがないでしょう。
「…ご、ごめん、びっくりして…言葉がでなくて…」
私の感覚では大して時が経っていないが、彼は違う。彼からしたら私に会うのは数年ぶりだ。
取り敢えず「久しぶり、ガエリオ」と続ける。
彼は、私が自分の事を覚えていたと分かると、安心したのかいつもの態度に戻って腕を組んだ。
「数年会わないうちにすっかりおとなしい性格になったな。文句のひとつやふたつ言われるかと思ったが」
私は思わず苦笑する。いきなり腕を掴んで呼び止めた事に対して言っているのだろう。
本当は、この頃の私はまだ結構性格が荒れていたのだけど、何度もタイムリープしていくうちにすっかり性格が丸くなってしまったらしい。流石ガエリオ。こういうところ、鋭い。

「お前が急に俺達の前から消えたから、物凄く心配したんだぞ。あの孤児院に行っても誰もお前の居場所を教えてくれないし。…それがまさかナルバエス家の養子になってギャラルホルンにいるなんてな」
「なんで知ってるの?もしかして周りがこそこそ言ってるの聞いてたの?盗み聞き?趣味悪…」
「前言撤回だ。やっぱりお前はお前のままだった。」
溜息をひとつ洩らすガエリオ。
その様子にまで愛しさが募る。
生きている彼にこうしてまた会えた。
「なにニコニコしてんだよ…。お前、ほんと、会わない間に何があったんだ…?」
「……話せば、長くなるよ」

ガエリオが掴んだ自らの左手を優しく撫でて、小さく呟いた。
今度こそは、君を、救ってみせる。



2016.03.31

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