ギャラルホルンに一方的に弾圧される労働者達――タイムリープを繰り返す度に、この光景を見て、胸が苦しくなる。
私は、ブリッジから、その虐殺とも取れる光景をジッと見詰めていた。
虐げられる方の気持ちが痛い程分かる。苦しんで、泥に塗れ、土を噛んで生き抜いてきた。私もそうだった。このシーンを見る度、幾度も、何とかしたいと拳を握りしめた。けれど、ここは私の出る幕ではない事を知っている。
(鉄華団の皆…頑張って…)
そして、私のやる事は、一つ。
ガエリオとアインの負傷を防ぐのだ。
鉄華団を応援はしているけど、それとこれとは話は別。

何度もタイムリープして来たけれど、私は未来が見える訳ではない。たくさん経験してきて、「こうなるだろうな」と予想出来るようになっただけ。もしかしたらここでの怪我が後々、命取りになるかもしれないし、不安要素はなるべく取り払っておきたい。二人に怪我はさせられない。

「キマリスとシュヴァルベが押されているな…」
ボソリと誰かが呟いた。
「ねえ、艦長、グレイズ、まだ余ってるでしょ?」
「ああ、一機余っているが…」
まさか、と青白くなる艦長。そのまさかです。
「借りて行くね」
「ナルバエス一尉ッ!!」
叫び声が響いたけど聞こえないふり。


余っていたグレイズに乗り込む。
ぼすっ、と操縦席に乱暴に座ると大きく深呼吸を繰り返した。
タイミングはバッチリ。
昭弘のガンダムグシオンリベイクが出て来た頃を狙って私も出撃。そして、ガエリオとアインが怪我をする前に割り込んで、最悪の事態を回避すると言う流れだ。これくらいの事ならグレイズでもきっと大丈夫。
(本当はアインのシュヴァルベグレイズが欲しかったんだけど…)
致し方ない。
「シン・ナルバエス、行きます」
操縦桿を握りしめる。久しぶりのモビルスーツの操縦。不謹慎にも、緊張というよりは興奮の方が勝っていた。

「(…うーん…)」
統制局のモビルスーツに殺られたのだろう。動かなくなった機体の残骸の陰に身を隠して辺りを見回す。しかし、なんだろう、少し様子が変だ。
キマリスとシュヴァルベの戦いを一瞥。
出て行くのは、もう少し、様子を見た方が良いだろうか、と思考する。
(おかしいな…、そろそろグシオンリベイクが来ても良い頃なのに…)
イライラが表に出てきてしまったのか、操縦桿を指先でトントンと叩く。
落ち着かない。
(どうなってるの…)
天を仰いだ、
刹那、

「…―――!!!!」

完全に油断していた。
(嘘だ…っ!)
「このタイミングなのッ!?」
物凄い勢いでやって来たグシオンリベイク。しかし、予想外すぎる場所から出てきたそれは、私の機体からは遥かに遠い。
(間に…合わ…っ!!)

「…―――特務三佐ッ!!」
「…―――アイン!?」
私は操縦桿を思いっ切り握りしめ、この機体が出せる限界以上のスピードで二機に向かって飛び立った。あまりのスピードに装甲が剥がれる。しかし、そんな事を気にする余裕すらない。
機体の残骸をすり抜け、まるで天をかける流星のごとく。
何故だろう。自分の呼吸の音しか聞こえない。集中力が高まっていくのを自分でも感じている。トランス状態ってやつなのかもしれない。
だんだんと、視界がスローモーションに見えてきて。意識が遠ざかる。

キマリスとシュヴァルベに振りかざされるバルバトスのメイス。

(とどいて―――…)
私は、手を伸ばす。
ああ、あの時と同じだ―――…
私は、あの時も、彼の背中を追って、こうして、手を伸ばして―――…


『…――なんか外が騒がしい』
『そうだな。何かあったのか?』
『孤児院の方角が明るい…』
『ん?確かにそうだな…』
(と言うか、あれは…、)
『煙…?』
刹那、けたたましいサイレンと共に、私たちの横を消防車と救急車が過ぎ去った。
(まさか、)
直感が告げる。嫌な未来しか思い浮かばない。
このタイミングで、これはあまりにも不自然すぎた。
『――お義父様。私、もう、こんな事はしたくないです』
『――ほう、お仕置きが必要だな』
義理の父親のあの言葉が脳裏を過る。
(そんな…っ、!嘘だ…っ!!)
『私…っ!!行かなきゃ!!!』
『は?何処にだ?!』
『孤児院に!!!』
傍に停めてあった誰かのバイクを拝借する。
「おい!そのバイク他人のだろ!」と説教をかましてくるガエリオを無視して、強引にバイクのシートを引っ剥がす。無数のコードの中からメインコードを掴み取って剥き出しにすると、バッテリーに直結して無理矢理エンジンをかけた。時間にして数秒程。子供の頃からやってたから、こんなのはもう朝飯前だ。
『おい!シン!お前!何してんだ!』
『見れば分かるでしょう?借りてるの!』
『それは盗んでるって言うんだ!ナルバエスに行って無くなったかと思ってたがガキの頃の悪い癖がまだ残ってるぞ!』
『うるさい!私行くからね!!』
急いでバイクに跨るけど、何故かガエリオも後部座席に跨ってきた。もう何なの!!
『ちょっと!!ヘルメット一つしかないからついて来ないでよ!!』
『盗難してる癖にヘルメットは被るのか!』
『だから盗難じゃない!拝借してるの!』
もうこんな事で時間を取りたくないのに。ガエリオのせいだ。一個しかない貴重なヘルメットを無理矢理ガエリオに被せると私は急いでアクセルを回す。
『ちゃんと掴まっててよ。孤児院出身の私と違って君には怪我なんてさせられないんだから』
『お前だって俺と同じだろ!あ〜〜!!もう平等に二人でノーヘルだ』
せっかく被せたヘルメットを強引に取って路上に投げた。
『もう共犯だからね!』
『今更だな!』


…――辿り着いた先。
…――燃えていたのはやっぱり孤児院だった。
皆は外に避難していたらしく、遠巻きに燃え盛る孤児院を見詰めていた。
無駄だとは分かっていながらも、健気に、小さなバケツにいっぱいの水を入れて消火活動に尽力しようとしている年少組の子たちを見ながら、薄っすらと涙が浮かぶ。
(私のせいだ…っ!)
せっかく出来た、皆の居場所を、奪ったのはあの時の私の無責任な言葉だ。

『シン姉!!』
『シン姉ちゃん!!』
私とガエリオに気付いた皆が叫ぶ。
私は皆に駆け寄って全員の安否を確認。一、二、三…と人数を確認していると、年長組の二人が焦った表情で私たち元に来る。
『シン!大変なの!!』
『レネが居ないんだ!!』
レネ――最年少の男の子だ。
(うそでしょ…!!)
涙ながらに私に縋り付く二人に、戦慄が走った。
『途中まで一緒に居たのに!!多分まだ中に…っ!!』
最後まで聞かなくても分かってしまった。言葉の途中で、年少組の子が持っているバケツを奪い、頭から派手に水を被った。
「おい!シン!まさか!」と引き止めるガエリオを振り払って、私は燃え盛る孤児院の中に突っ走る。

水を被ったとはいえ、熱いもんは熱い。
必死でレネの姿を探しながら、炎の中を駆け回る。視界が滲んできた。息が苦しい。空気が熱い。

『レネ!!』
『シン姉ぇっ…!!!!』
幸運にも、まだ火の回ってない所に彼は居た。地面に伏せている彼に駆け寄ると、「無理だよシン姉ぇ!」と私の身体をその小さな手で押し返す。「何で!!」と反論した先に、彼の足が家具に挟まれて身動きが取れないのが見えた。血が滲んでいる。火の手も直ぐそこまで近付いて来てる。
『シン姉一人じゃムリだよ…!僕の事はいいから…っ!』
『馬鹿なこと言わないで!!!怒るよ!!!』
本当はもう既に怒っていた。
こんな小さな子供が、まだ、幸せのしの字すら与えていないのに、諦めるなんて、許さない。
全部、全部、私のせいなんだから。
私のせいで、誰の命も失いたくない。
『今どけるから!!』
懐からハンカチを取り出してレネの口元に当てる。気休め程度にはなるだろう。
『絶対に!!助かるから!!』
その言葉の通り、火事場の馬鹿力ってやつで、普段ならば絶対に出来ないであろう重い家具を難なく退ける事が出来た。しかし、退けた瞬間、酸素を欲して急激に目眩が襲う。
『…っ、』
少ない体力で何とかして彼を抱き上げて、燃え盛る辺りを見回す。けれど、慣れた孤児院のはずなのに、炎のせいで、自分が今何処に立っているのかも分からなかった。
轟々と炎の音と建物が燃える音しか聞こえない。
じわじわと視界が歪む。情け無い。涙が溢れて止まらない。
『シン姉…』
不安げに私のブラウスを握り締める彼。小さく紡がれる絶望の言葉。
『迎えに来てくれて、ありがとう…。僕…、もう死んでも良い…。シン姉と一緒だもん…怖くない…』
『…――――、』
ああ、私は此処で死ぬのか、と思った。

刹那、

グイッと掴まれて抱き寄せられる。

『…――シン!!こっちだ!!』

普段は腹が立つその声が、今はとても心地良く耳に入る。こんな状況だと言うのに。彼の声は、炎の音を掻き消して、不思議なくらい真っ直ぐに私の鼓膜に届いた。
その青くて毛先の遊んでいる髪を、歪む視界で捉えながら、私は彼に導かれるままついて行く。
力強い腕に引かれて、まるで、子供の頃とは真逆の、彼の――ガエリオの、見たことのない後ろ姿。

涙が止まらない。
生きたいと、その背中に必死で手を伸ばした。



あの時、ガエリオが救ってくれたように。
私も、君を救いたいの。

ずっと、ずっと、そう、願っている。


『…―――グレイズ…ッ!!!?』
ずっと長い間、無意識の中に居たようにも思えた。
私を呼び起こすかのように、ガエリオの声が聞こえる。
そうだよね。まさか、このグレイズに私が乗ってるなんて、思わないよね。
ガエリオの声に、思わず笑った。
「二人ともォ…ッ!!!歯ァ食いしばれェエエエッッ!!!!」
キマリスとシュヴァルベを抱きかかえるように掴み、そのまま回転。遠心力で二機を投げ飛ばした。
『…――シンッ!!!!!?』
その叫びで、スイッチを切り替えるように、視界がスローモーションから普通の速度に戻る。
遠くに投げ飛ばした二機を流し目で追いながら「ああ、守ってあげられた」と安心してしまう。
あの、炎の記憶とは真逆だね、と。
そして、同時に、爆発音。
コックピットを突き破ってきたバルバトスのメイス。私の脇腹を掠るように貫通していく。
「…―――つッ!!!!」
熱い。身体の感覚に心と感情が追い付かない。でも、痛いはずなのに、不思議とまだ痛くない。何故だろう。
バルバトスが目の前に見える。
トドメを刺そうと、ライフルを構えているその姿。まるで、私を迎えに来た死神の様に見えた。
私、死んじゃうのかなぁ、と苦笑する。

二人を助けられたからだろうか。
もう、なんか、自分の事はどうでもよくなってきた。
(そう言えば、幾度もタイムリープを繰り返してきたけど、私自身が死んだ事は無かったな)
この場合、どうなるのだろう。
またあのトイレの個室からスタート?それとも、このままゲームオーバー?
(もう、どっちでもいいや。)
その答えは死んだら分かる。
心残りは、“今のガエリオ”の最後を見届けられないことだ。願わくは、この世界のガエリオが、死ぬことの無いように。
(私は、もう…)
びっくりするくらいの量の鮮血と火花が、コックピット内いっぱいに散るのを視界の端で捉えて、不謹慎にも綺麗だなって思った。
バルバトスの構えたライフルがコックピットを狙う。
(ああ、)

「…――赤と火花…。お花畑に、いるみたい…」

出した声は自分でも驚くほど掠れていた。



『…―――え、その声…』




2016.05.06

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