…――こんな事になるなんて思ってもいなかった。

ホールに続く廊下で、一人項垂れる。
(どんな顔して会えって言うの…)
そう、油断していたんだ。本当に。
(まさか、マクギリスとアルミリアの婚約パーティーに招待されるとは思わなかった…)
ナルバエスもイイトコの家とは言え、セブンスターズには到底及ばないから、こんな事は絶対に有り得ないと思っていた。だから、先に宇宙に戻って、ガエリオが来るまでアインとゆっくり過ごそう、なんて呑気に考えていたのに。
「なんなの、もう…!」
スカートなんか滅多に着用しないから、このヒラヒラが鬱陶しいのなんの。
いつもはギャラルホルンの制服だし、養子に行くまで育って来た環境の影響か、仕事が無い時も比較的ラフな格好で、走る事を重視。そんな私がドレスとか、一体何の拷問だ。
「はあー…」
大きな溜息。

マクギリスとアルミリアの婚約パーティーに招待されたと、ナルバエスの義父に知られた時は、「ああ、終わった。せっかく良い感じに誤魔化していたのに」と焦ったが、アルミリアがまだ九歳と言う情報をゲットするなり、「愛人ポジションでも良いからファリドは逃すな」なんて無茶苦茶な事を言われて、こうして強制的にパーティーに参加させられる破目になった。
普段パーティーに参加する時はギャラルホルンの制服なのに、あっという間に使用人に攫われ、色々好き勝手弄られて、出来上がったのは本人すら「誰これ…」と言いたくなるような女の人だった。
エンパイアラインの黒いドレスに緩く巻いた髪の毛。マクギリスに噛まれた鎖骨付近の傷も、良い感じにアクセサリーと髪の毛で隠されて、「本当に誰だ。気合い入れ過ぎだよ…」と苦笑が漏れる。身体がムズムズしてきた。落ち着かない。
(ああー…もう!)
本当は、こんなパーティーに参加するつもりは毛頭無かった。ガエリオに「悪いけど行かないから」って言ったあとだったのに。
(マクギリスと顔を合わせたくない…)
「もう…さいあく…」
壁に手をついて更に項垂れる。
刹那、左手の薬指に煌めく指輪が目に入った。最初の彼じゃなく、今の彼が私にくれたそれ。
何か知らないけど、その指輪を通して、ガエリオに「いい加減、腹を括れ」と言われている気分になる。
(…潔く腹を括ろう。ホールの隅っこでちょっとアルコールを煽って直ぐに退散しよう)
で、義父には「マクギリスはロリコンだった。思いっ切り振られてしまった」とか適当な事を並べて、さっさと宇宙に逃げよう。
(うん、そうしよう。)
壁から手を離して顔を上げた。そして、ホールへと、まるで忍者のように足音を立てずに歩いて行く(特殊工作員の訓練の賜物だよね)。
そのまま、ワインを受け取って紛れ込むと、取り敢えず一安心。

おめかししているからか、いつもは聞こえてくる、「孤児院出身のナルバエスの養子ですって」の声も無い。物凄く変な感じだ。
でも、陰口があってもなくても居心地の悪さは変わらない。
「帰りたいな…」
「せっかく来たのに、それは早すぎるんじゃないか?」
「…っ、!」
背後から聞こえてきた声に勢いよく振り返る。工作員時代の癖で、思わず攻撃しようとしたのを堪えた私を褒めて欲しい。

「…っ、!マクギリス…っ、」
絞り出した声。
よく、そんな、何も無かったかのような表情で、私に話し掛ける事が出来たものだ。
「いつもと雰囲気が違うが、直ぐに君だと分かったよ」
その科白は君じゃなくてガエリオから聞きたかった、と内心で毒突く。
マクギリスは優しい表情で笑いながら、私の首筋に指を這わせる。
ぞわり、と、あの時の感触を思い出した。まるで、メドゥーサに睨まれたかのように身体が動けなくなる。

「ああ…まだ痕が残っているな…」

科白自体は申し訳なさそうなのに、声色がとても嬉しそうだ。
当たり前でしょう、あんなに強く噛み付いてきたのは君だ。この傷は当分残る。君は分かってやったんでしょう。そう睨み上げるけど、マクギリスは余裕そうな表情。目を細めて私を見下ろす。
「触ら、ないで、よ…っ!」
やっとの思いでその言葉を吐き出した刹那だった。

「おい、マクギリス。こんなところで女なんか口説いて…アルミリアにバレないようにしろよ…」と、愛しい声が聞こえた。
私は、その声で一気に身体の自由を取り戻す。
マクギリスの手を叩いて払うと、声のした方を振り返った。
「…、えっ、」
来ないと言っていた私がいる事に驚いたのだろう。声の主、ガエリオは、私を見詰めて固まってしまう。
「…お、お前…」
ふいっと視線を逸らして頭を掻くガエリオ。さっきまでマクギリスと二人で本当に気まずい雰囲気だったから、状況を打破してくれた彼に感謝した。が、しかし、その妙な彼の反応に、思わず不安になる。
(え、私、何かした?)

「…悪い、マクギリス。こいつ、貰ってく」
不安を拭いきれないまま、流れるように肩を抱かれる。マクギリスは微かに笑って「ああ」と答えた。
そのまま、ガエリオにバルコニーまで引っ張られて、死角に追いやられたと思ったら、いきなり抱き締められた。小さい声で、「さいあくだ…」と呟く。

「親友のマクギリスにすら、お前に触れて欲しくないと思った俺は、末期なのか…?」

なに、その科白。凄く嬉しい。
私が首を横に振ると、ガエリオは深い溜息をついた。
「お前がこわい…シン…。そばに居ると、我慢がきかなくなる」
ぎゅうぎゅうと、力強く抱き締めたまま、私の耳元で囁く。

「凄く、綺麗だ…」

切羽詰まったような彼の声に、私も思わず「あり、…がと」と切れ切れに返してしまう。なんか、柄にもなく照れちゃうな。
ガエリオは、私の左手を取って、指輪に優しく口付けた。
「ほんと…生殺しだ…。指輪になんかじゃなく、ここにしたい…」
すう、とその親指で私の唇に触れる。どうしてくれるんだ、ばか、と続いた科白。
嬉しすぎて彼の胸元に頬を寄せる。制服越しに、私が預けた指輪が掛けられているのが分かった。
瞬間、ギュッと心臓を掴まれたように切なくなる。
最期の、あの時が、蘇る。

『…―――ねえ、ガエリオ…っ、私にも…、愛してるって…っ、!ちゃんと…っ、言わせて…っ!!!』


(……、)
彼の温もりを感じながら目を閉じた。
今度こそ、あの時、果たせなかったそれを叶えるから。それまで、

「…もう少し、我慢してね」

「はあ…、」と、ガエリオが大きく溜息を吐いたのが聞こえた。




2016.05.05

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