日が完全に沈んで、色々と落ち着いた頃。
俺はシンを迎えに孤児院まで向かったのだが…、
(なんだ…これ…)
施設の玄関には黄色いテープが張られていて、立ち入り禁止と言う表記があった。
(立ち入り禁止…?人は居ないのか…?)
覗いてみても、人の気配は無い。何故だ。孤児院の奴らは何処に行ったんだ?
戦慄が身体中を駆け廻る。
冷や汗が背中を伝ってくる。
(…っ、!)
立ち入り禁止の表記を無視。どうしても中を確認したかった。
(…シン…!お前はまた俺に黙って消えると言うのか…!!)
塀を飛び越えて中に侵入する。
どくん、どくん、と、自分の心臓の音が聞こえてくる。早く…!早く…!!
暗くて狭い廊下を駆ける。
とにかく、遊戯室に向かおうと、遊戯室のドアを勢いよく開けた刹那、

ドスッと鳩尾に衝撃。急な攻撃に何も出来ずにゲホゲホ咳き込んでいると、そのまま、腕を掴まれて投げ出される。
「おわっ!?」
何故か、遊戯室の中心にポツンとあったソファの上に勢いよくぶつかる。何て力だ、と思う隙もなく、上に誰かが馬乗りになってくる。
肩を押さえられ、眉間に冷たい何かがカチャリと触れて、そこで、目の前の人物が誰なのかようやく見えた。

「…ッ!!シン!!落ち着け!!俺だ!!」
月明かりに照らされる、見た事のないシンの表情。
相当、警戒していたのだろうか。「ふー…ッ、!ふー…ッ、!」と荒い息で俺を見下ろしている。
何時だったか、火星で俺の首を絞めてきたガキの目を思い出した。
「……なん、だ…ガエリオ、かぁ…」
そう言いながらも、肩の手と眉間の銃口は避けてくれない。俺に対して、こんなにも、獣のように警戒しているシンを初めて見た。
孤児院の奴らは何処に行ったとか、一体何があったとか、訊きたい事はたくさんあったが、とりあえずシンを落ち着かせるべきだ、と優しく声をかける。
「おい…大丈夫だ…。だからこの手をどけろ」
シンに触れようと、手を伸ばした刹那、彼女の首元が赤く染まっている事に気付く。突然の事で状況の把握が追いつかなかったが、触れている手と眉間に突き付けられた銃口がカタカタと震えている。
(もしかして、こんなにも威嚇しているのは、怯えているからなのか?)
「お前、怪我…」
ヨレヨレの白いブラウス。その襟元を静かに寄せて確認すると、鎖骨付近に深く噛み付かれたような跡。傷が塞がらないのか、静かにブラウスを侵食している。
「おい…っ!お前!これは誰に…!」
と思わず声を漏らした刹那、何かがチャリン、と落ちてきて、俺の目の前にぶら下がる。
(ネックレスか…?)
いや、違う。
…――指輪、だ。
(なんで、こんなものを…、)
言葉も出ずに、呆然とそれを見詰めた。
シンの首元の傷から、チェーンとその指輪を伝って、俺の頬に、血が滴る。

――瞬間、頭痛。
(なん、だ…?!)
耳元で、燃え盛る炎の音が聞こえる。
目の前が、真っ白になって…


孤児院が、燃えている。
『…――まだ一人残っているのよッ!!』
水を被って中に入って行った愛しい後ろ姿。
『…――シン!!ばか!!待て!!』

『…――おい!』

『なんで無茶をしたんだ…!』

『私の…っ!私のせいだから…!!この火事は…ナルバエスが…ッ、やったの…!!』

俺は、初めて見るシンの泣き顔に、戸惑うばかりで。
慰める方法も、守る方法も、思い浮かばなくて。
だから、

『…左手、出せ』

『はい、出したけど…。っ、!何これ!』

『見れば分かるだろう。指輪だ』

『お前はもうナルバエスに縛られなくて良いんだ。』

戦わなくていい。

『孤児院の奴らの事も任せろ』

お前の家族って事は、いずれ俺の家族になる奴らだ。まとめて面倒見てやる。

『これから…、お前の事は、俺が守る。』

あの炎の中で、お前がまた迷子にならないように。

『…まあ、でも、守るだけじゃ癪だからな、ついでに――…、』

本当は、ついでなんかじゃない。

『…――幸せにしてやる。この指輪に誓う。』

今の俺には精一杯の愛情表現だ。

これを言ったら負けた気がするから、
愛してるって言葉は、後に取っておいてやる。


一瞬にして頭の中に流れてきた光景と感情。覚えが無いけど、ひどく懐かしい。
(なんだ…これ…)
(この指輪は…俺が…?)
いや、違う。だって孤児院は燃えていないし、指輪も買った記憶は無い。
でも、今のは、確かに俺とシンだった。

(いや、そんな事は後回しだ)
今は、目の前のシンだ。

シンは、俺の目の前にぶら下がった指輪を見て、急に身体の自由を取り戻したかのように力無く動いた。未だに震える手で指輪を掴みブラウスの中にしまうと、乱暴に拳銃を投げ捨て、俺の上からおりて壁際まで距離を取った。
「おい、」
なんで離れるんだ。
「怪我の手当てしなきゃいけないだろう…こっちに来いよ」
その噛み跡を誰が残したのかは一先ず置いといて(正直気になる。凄く気になるし、凄く腹が立つが)。先ずはシンを落ち着かせて止血しなければいけない。
しかし、シンは首を横に振って拒絶する。
「…私…穢れてるから…」
「はあ?穢れてる?」
俺はソファから降りてシンを見詰める。
小さく溜息をついた。
「なに言ってんだ。お前が穢れてるなんて思う訳無いだろ。何処が汚いんだ」
未だに僅かに警戒しているシンに向かって両手を広げる。
「…ほら、大人しく来いよ」
「……っ、」
シンは鎖骨を押さえながら俺に向かって叫ぶ。
「勘の良い君は…っ、!この傷を見て…ッ、私に何があったのか…っ、!だいたい予想できるでしょう…!?」
予想出来る。むかつくくらい容易に予想出来るよ。
でも、苦しいのは俺じゃない。それは分かっているから。
責めたり、遠ざけたり、絶対にしない。
「私は…っ、!私はぁ…っ、!!」
ボロボロと涙を流しながら苦しむ姿は本当に見てられない。
…――抱き締めたい。
けど、何故か、俺からシンに触れたらいけない気がする。
「シン、」
「……っ、!!」
「お前は、穢れてなんかいない。」
初めて会った時から、俺は、一生懸命、生きるお前を、一度も汚いなんて思った事は無い。
「…っ、ふ…、う…っ、!」
「お前は…、“ずっとずっと気が遠くなるくらい願っていた事”を叶える為に…戦ったんだろう?」
「……うん…、ッ」
「なら穢れてない。…お前は頑張った。」
「…ガエリオ…っ、」
本当は、俺がお前を助けなきゃいけないのに。守らなきゃいけないのに。
(こんなに傷ついた、愛する女を…、どうやって慰めればいいのか)

「シン、」

「…っ、」

「…――おいで。」

「…―――っ、!!!!」

瞬間、飛び込んできた愛しいそいつ。
離さないように、離れないように、
強く、強く、抱きしめた。
「私…っ!!言わなかった…!!」
「ああ…。」
「言わなかったよ…っ!!!!」
「ああ、頑張ったな…」
泣き叫ぶシンに、何故か、先程の炎の光景が重なる。

(本当に、お前は、何の為に戦い、何の為に、こんなにも傷ついているんだ。)

俺は、小さく呟いた。

「…妬ける…、な…」




2016.05.04

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