ナルバエスの自室に入るのも数年ぶりだった。
最低限の家具しか無い。ベッド、ソファ、テーブル。それくらい。使用人が掃除でもしていたのだろうか。数年間も帰って来ていないのに、埃一つ見当たらなかった。
(ふーん…)
ざっと辺りを見回して鏡の前に立つ。
「で、急に何なの。私に恩でも売っておこうっての?」
「友人として助けるのは当たり前だろう」
「どの口が言ってるの」
そう言葉を吐き出しながら自分の頭を鏡で確認する。
(やっぱり…)
「もしかして、たんこぶ、治ってないのか…?」
「…!」
頭を見るのに集中し過ぎて彼が背後に来ていたのに気付かなかった。
「随分と治りが遅くないか?」
それは私も思っていた。
孤児院で、頭をポンと叩かれたあの時、初めて治っていない事に気付いて「え…」と驚いたのだ。
原因は何と無く勘付いている。

タイムリープの代償、だと思う。

どうして私だけタイムリープ出来てるのか、理由は分からないけど。タイムリープをして運命や未来を変えると言うのに、毎回毎回、それ相応の対価がない事を不思議に思っていた。
視力が悪くなるとか、耳が聞こえなくなるとか、何かしらあってもおかしくないと思って、あのトイレの個室に飛ばされる度に確認して来たけど、五体満足で異常は何も見当たらない。おかしいと思っていたら…
(まさか、こうなってたのね。それは気付かないわ…)
溜息を吐く。
おそらく、私がタイムリープによって失っているもの、それは、

…――自己再生機能

身体が、外傷を負った時に、傷を治す機能が低下しているのだ。
(これは下手に怪我出来ないなあ…)
鏡を見ながら思う。
でも、今気付けて良かった。
大きな怪我を負った時に気付いてたら、終わっていた。
と、そこまで考えて、鏡越しにマクギリスと目が合う。

「…いつまで居るの。さっさと帰ってよ」
「冷たいな」
「私もこんな所、さっさと出るし」
君が出て行ってくれないと私も外出が出来ないの、と続けようとしたが、「分かった」と先に言われて遮られた。
「追われなくなったのは良いけど、あれ、絶対に私とマクギリスが恋人同士だって勘違いしてるよ。君にはアルミリアが居るのにねえ…」
ばれた時が恐ろしい、と、使用人が淹れた紅茶を飲んだ。そう言えば、走って逃げたあと水分補給してなかった。自覚した途端に急に喉が渇く。
「さ、出よう。君にも予定か何かあるんでしょう?」
「まあ、そうだが…」
と、マクギリスは時計を確認した。
「…その前に、ひとつ」
「…ん?」
(…、っ!!)
腕を引っ張られてベッドに投げ出される。
マクギリスの急な行動に、身動きが取れない。
両腕を拘束されてマクギリスを見上げる形になる。
「なっ、!何を…!!」
「君は…会ってもいない人間の名前を知っていて、時に未来が見えているような話し方をする…」
「…、!!」
「アルミリアが生まれたのは君が私達の前から姿をくらました後だ」
「それは…っ、ガエリオから聞いて…」
「ほう…、ならば、何故、君は、火星に居た少年と農場に居た女性の名を知っていた…?」
「…、!」
やらかした…。あの時はガエリオの苦しむ姿に動揺して…。
肝心な時に何てバカなのだろう!と内心だけで自分を叱咤した。
「何故かは知らないが…、君は、これから起こる事を、未来を知っている。違うか?」
グイッと顔を近付けられる。綺麗な顔だけど、好みじゃない。ほんと、ムカつく。
「教えてくれ。今言ってくれたら、悪いようにはしない」
「絶対に言わない」
睨み上げる。悪いようにはしない?どの口が言うの。もう、君の事なんて信用出来ないのよ。
「なら、吐き出したくなるようにするしかないな」
不敵に笑ったマクギリスは、ジワリと距離を詰めた。
「…何があっても絶対に言わないから」
無限に続く時の中を苦しみもがいて生きてきた。それに比べたら、どんな痛みや苦痛だって耐えられる。
強気にキッと睨み上げるけれど、予想通り、この男には全く無意味だった。
面白そうに私を見下して、ジリジリと楽しそうに追い詰める。殺されちゃうのかな、私、と、こんな時なのに客観的に見ているもう一人の自分が居た。
負けじと睨み上げていると、ふと、マクギリスの瞳が揺らいだ気がした。
「君は…いつ、変わってしまったんだ…」
(え…、?)
「君は…、私の…唯一の…」
首元に手をかけられる。
冷や汗が止まらない。マクギリスの瞳がこちらを無機質に見据えている。どうする…?仮にも、特殊工作員として鍛えられてきた私だ。少し本気を出せば、多分、マクギリスをボコボコの返り討ちにする事だって出来る。
だけど…、だけど、

『…―――私と君は似ている。…君も、この世界を恨んで、怒りの中を歩んでいる。』

(どれだけ許せなくても、私は…ッ!)
刹那、その油断がマクギリスに伝わってしまったのか、抵抗する前に素早く私の首を絞め上げるマクギリス。
容赦無い力加減。男女の差を見せ付けられた気がした。マクギリスは、いつでも私を殺せる。
「自分の部屋だからと、油断したのがいけなかったな」
「…っ、!」
(あ、あれ…、)
力が、入らない。
「ようやく薬の効果が出てきたようだ」
(まさか、)
「紅茶に…何を入れたの…!」
「なに、ちょっとした痺れ薬さ」
身動きが取れないまま、ベッドとマクギリスに挟まれる。本当に腹が立つ。この男が何もしてこない保証なんて無かったのに、なんでこんなに油断していたのだろう。
「…ガエリオは、これから起こる事を見たら何と思うだろうな」
「…っ、!」
戦慄が走った。
嫌な予感が止まらない。
これから起こる事って何。マクギリスは、何をする気なの。獣の様な瞳で、私を見下ろした。
「いっ、いやっ、!」
「逃がさないぞ。君が素直に吐き出すまでな」
髪の毛を掴まれて、強引に上を向かせられる。ジワリと悔し涙が浮かんできた。「ほう、そんな表情も出来るのか」と笑うマクギリス。すう…、と彼の長い指が私の輪郭を艶かしく這う。
その指を噛みちぎってやりたくなるくらい腹が立つ。
「言う気になったか?」
「絶対に、言わない…っ、」
「これは脅しじゃないぞ」
つう、と、顎から首筋へとマクギリスの指が移動した。背中に寒気が走る。首筋の指は、鎖骨を通って隊服のボタンまでたどり着く。
これから起こる最悪の事態が容易に想像出来た。
それが引き金になったのか、ボロボロと涙が止まらない。情けなくて堪らない。
(でもっ、ここで負けてしまったら…っ、ガエリオは…っ、救えない、!)
もう、彼を死なせるのも、時を回るのも嫌だ。
絶対に、救うと誓った。
ここで、終わらせる訳にはいかない。ただ一つの目的の為ならば、私は、何だってする。何だって耐え抜いてみせる。
「…っ、絶対に、言わないんだからっ!」
「そうか、」
マクギリスは、静かに笑う。
「なら、身体に直接聞こう」
さらに首を絞め上げられて、かはっ、と余裕のない呼吸をする私の上に、マクギリスが楽しそうに跨った。
まるで、食い千切ろうとするかのように、鎖骨に深く歯型をつけられる。
ぷつり、と皮膚に刺さる音。噛まれたところが熱を帯びる。
「…ッ、!!」

『…―――シン、俺は、』

(…ガエ、リオぉ…っ、!)

会いたい。声が聞きたい。この手で触れたい。
(でも、)
それは、今この瞬間だけじゃない。
この先、ずっと、ずっと、彼と一緒に居たい。
彼に、生きていて欲しいから。
だから、
君を守る為なら、
私は―――…

涙でぼやけた視界に、今までに見た事のないような、楽しそうな笑みを浮かべて、
乱暴に隊服を脱ぐ、マクギリスの姿が映った。




2016.05.03

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