行っちゃったなあ――広くなった施設内を見詰めて思う。
家具も玩具も人の気配も何もない。
ただ、遊戯室の真ん中にポツンとソファがあるだけ(これは、たまに私がこの施設に来た時に寝る用だと皆に言われた。ならベッドを置いていけって話だが、まあ暫くはこれで我慢する)。
アインも、皆が乗る船で一緒にギャラルホルン地球軌道基地グラズヘイム2へと戻って行った。
ちょっと細工して地球に来たアインがまさか皆と一緒に戻るなんてことはできないから、少し先に戻ってもらったのだ。

「…さて、」
携帯端末を見詰める。ナルバエスからの連絡も無視している。もうそろそろ潮時かも知れない。
「…行きますかあ…」



■■■



少し離れた裏路地のような所に、ひっそりと隠れるように佇む古書屋がある。
人気も何もない。普通の人が見たら、そんなところで古本を売っていて売り上げは大丈夫なのか、と言いたくなるが、ここは、本当は古本屋などではない事を私は知っていた。
古本屋は表向きの店で、本業は、情報屋と武器の密売人。工作員として働いていた時に、随分とお世話になった。
「いらっしゃーい…、おっ、久しぶりだねえ!005!」
気さくに迎え入れてくれた店主は「おっと」と言うと、言葉を続けた。
「工作員から左遷させられたんだっけ?もうこのコードナンバーじゃ呼べねぇかぁ」
「左遷じゃない。引き抜かれたの」
「ははは!まあ、知らないとはいえ、流石にセブンスターズの坊や達に引き抜かれたら、工作員辞めない訳にはいかねぇわ」
「優秀な工作員だったのにねぇ…勿体ない」と呟く。
そんな科白を聞き流しながら私はカウンターに肘をかける。店内には私以外は誰も居なかった。
癖になってしまったのか、誰もいないのに「いつもの」と小声で言って、お金を渡す。店主は「相変わらずだねえ」と苦笑して店の奥まで入って行った。
「ナルバエスが必死でお前さんの事を探してるって聞いたぞー。お前、何やってんだー?」
「おじさんには関係ないでしょ」
分厚い本を持ってきて「冷てぇなぁ」とそれを差し出す。
「新型入荷したけど、本当にいつのものでいいのか?」
「うん。これの方が慣れてるから」
本を開いて確認する。
本に見えるそれは、実はページの中身が刳り貫かれていて、そこには拳銃が一丁収まっている。
うん、いつものだ。
「今時リボルバータイプ使う奴はお前くらいしかいねえよ」
「そう?硝煙の匂いとか、いい匂いじゃない」
「お前…染まってんなぁ…」
おじさんは煙草に火を点けた。
「それと、もう一つ、お願いがあるんだけど。いい?」
「おう、なんだ?」
「モビルスーツ、用意出来る?」
おじさんは「ブフォッ!」と噴き出した。
衝撃で飛んでいく煙草。火事にならないように、靴で踏んで火を消した。
「お、お前…モビルスーツなんて、何に使うんだよ…さすがの俺もそこまでは用意出来るか分からねえよ…」
「武器商人なのに…」
「普通の銃やナイフとは訳が違うだろう…。だいたいお前、モビルスーツを何に使うつもりだよ…」
「ちょっと、喧嘩に」
「どんな喧嘩なんだよ」
おじさんは二本目の煙草に火を点けた。

幾度もタイムリープを繰り返しても、マクギリスに一度も勝てなかった理由の一つに、モビルスーツの性能の差があった。最後に彼が乗っているのはグリムゲルデ。ガエリオの操縦しているあのガンダムキマリスでさえ敵わなかったそれ。あれを倒すには、もっと良い機体が必要だった。
私は、裏では工作員としてモビルスーツの訓練も受けて来たし、過去に、鉄華団の皆とも戦闘訓練してきて、阿頼耶識のある人間の戦い方も学んできた。操縦スキルはマクギリスといい感じに互角だとは思う。
「なんとかお願いします」
「なんだよ。そんなに丁寧にお願いさせると調子狂うな…」
頭を掻くおじさんに、にっこりと笑うと、私はドアノブに手をかけた。
「…お前さん、気を付けろよ。」
「……分かってる」



■■■



「実家には帰らなくて良かったのか?」
ボードウィン邸に向かう途中の車内にて。ガエリオの声が響いた。
それに対してマクギリスは「父上には会ったさ」と答える。
「そう何度も見たい顔ではない」
ガエリオは肘をつきながら「まあ、そうだな」と苦笑した。
「見なくて済むのならその方がいい。お前も…シンも…」
そう言って、窓の外を眺めるガエリオ。きっとここには居ないもう一人の彼女の事を考えているのだろう、と容易に想像できた。
つられるようにマクギリスも外を見詰めた刹那、マクギリスの携帯端末が震える。
「…どうした?」
「…すまない。ガエリオ、少し用事が出来た」
「用事?ここまで来たのに?」
「すぐ戻る。すまないがここでおろしてくれないか?」
「別に…構わないが…」
車を停めてマクギリスをおろす。
去りゆく車を見詰めながら。マクギリスは一人笑った。

「…ついに動き出したか、シン…」

携帯端末を確認する。そこには、無機質な文字が不気味に光っている。

『ファリド様、先程、シン・ナルバエスが来店されました。拳銃一丁にモビルスーツ一機。それと、関係があるのか分かりませんが、ナルバエス家に追われているようです』

(…ほう…、)
マクギリスは画面を見ながら前髪に触れる。

「面白くなってきたな。」




2016.05.02

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