あんなに強引に、アインに地球に一緒に来るように言ったのは、ここに、彼をつれて来たいと思っていたからだ。

「わあ!!本物のアイン兄だ!!」
「アインが来たあ〜!!」

通信を介してでしか話せなかった彼をその目で見た孤児院の子供達は、三ヶ月ぶりに会う私を無視して彼のもとに一斉に駆け寄る。
こんな事は、経験した事が無かったのだろう。子供達に囲まれたアインは困った目でこちらに助けを求めている。
(助けてあげないけどねぇ〜)
意地悪に笑うと、「シン姉…ッ!」と切羽詰まった声が聞こえた。うんうん、ちゃんとお兄ちゃんしてるじゃないか、と、子供達に絡まれている彼を見詰めて再び笑った。

「シン、おかえり」
そんな私の横に、年長組の一人が並ぶ。
先程の私のような意地悪な笑顔を浮かべて、「子供達をアインに取られて寂しい?」と訊いてきた。
「寂しくない。むしろ嬉しい」
アインはいつも難しい顔ばっかりしているから。
分かっているんだ。彼がどれ程クランク二尉を慕っていたのか。だから、鉄華団を倒し、上官の敵討ちをしたいと思っていることも、その思いが静まらずに、葛藤していたことも、気付いていた。
正直、私は、昔から、ギャラルホルンの人間でありながらも、鉄華団を敵とは認識できなかった。
生き延びる為になんでもしてきた。自分達の身を守る為に、家族を守る為に。そんな私達の幼少期が、彼らのあの姿によく似ていると思ったから。到底、敵とは思えなかった。
ずっとずっと前に、彼らにお世話になったこともある。
そんな鉄華団を、倒すなんて、私には出来ない。アインの気持ちも分かるけど、私はうんと頷く事は出来ない。彼らを一緒に倒そう!なんて言う事も出来ない。
だから、せめて、彼の怒りが、復讐心が、少しでも薄れるよう、私は、私なりに、彼に向き合ってきた。こうして、子供たちに会わせたのもそう。
クランク二尉を忘れろとは言わない。ただ、彼には前を向いて生きて欲しかった。クランク二尉もそう望んでいるはず。

「…シンも、まざって来なよ…。もう当分の間、会えなくなるんだからさ」
「…そうだね」
三ヶ月前にここを発った時とは違って、少し寂しさの漂う施設内。積み上げられた段ボール箱を見て、「もう明日かあ…」と呟いた。
「ごめんね…。全部…勝手に決めちゃって」
地球に帰って来た私とは反対に、孤児院の皆は、明日、火星へと発つ。
実は、結構前に、鉄華団と桜さんから、少しの間なら孤児院の皆の面倒を見てやってもいいと連絡が来ていた。私自身、宇宙に居たし、船の手配もあったから、このタイミングになってしまったが。
「そりゃ急に火星に行くように言われた時はびっくりしたけどね」
ポン、と頭に手を乗せられる。
(…、!?)
「あんたがする事はいつも私達の為になる事だった。きっと、今回の火星行きも、私達の為を思っての事でしょう?」
「……。」
「聞いてる?」
「え…、あ、うん。聞いてる…」
(なんだ…これ…)
思わず頭に触れた私。
彼女は、「はあ」と溜息を吐いた。
「もう。暫く会えないって言うのに、あんたってば本当にいつも通りね」
「ごめん…。」
「寂しくないの?」
「寂しいよ」
(でも、)
「永遠に届かない所に行っちゃう訳じゃないでしょう?」
死なれるよりだったら、遠くに行っても、二度と会えなくなっても構わないから生きてて欲しい。
「シン…あんたって子は…」と再び溜息が聞こえた。

「突然だけどさ、あんた、ボードウィンさんの事、好きなんでしょう?」
「えっ、」
本当に突然すぎる。
「あんた、小さい頃はボードウィンさんの事あんまり好きじゃなかったじゃない。“あんなお坊っちゃまよりだったらマクギリスの方がマシ”とか言って」
「ま、まあ…」
(そんな事も言った気がする)
「いつから好きなの?」
「それは…ちょっと…説明するには難しいと言いますか…」
最初の頃の話だから…時系列的に説明が…。
私の焦りを他所に、彼女は「ま、言いたくないなら良いけど」と笑った。
「…あの頃と逆ね」
「…え?」
「あんたが私達の為にナルバエスと契約して引き取られた時と」
同じ時間を永遠と繰り返してきた私には、もう、随分と昔の話だ。
あの頃が懐かしい。
まだ、自分の両腕に収まるものしか守れなかったあの頃。
「あの頃は、私達を守る為に、ボードウィンさん達を遠ざけた…。でも、今は逆」
「……。」
「今度は、ボードウィンさんを守る為に私達を安全な所まで遠ざける。違う?」
「……違わない。」
「はあ…。やっと認めた」
彼女は安心したように笑う。
私は、地面を見詰めて、あの頃を思い出すかのように語った。もう、彼女とはいつ会えるか分からないのだ。今まで思っていた事、言えるとこまで伝えよう。
「知っていたの…。ナルバエス家は何をするか分からない…」
良いところの家系とは言え、黒い噂も飛び交っていた。スラムの子達や、顔見知りの裏社会に詳しい大人達から情報を得てナルバエスの実態は大方知っていた。多分、皆は知らないだろう。
ナルバエスが本当に後継ぎとしての子供を欲しがっていたのならば、孤児院と言う名ばかりの孤児の集まりの此処じゃなくて、もっとちゃんとした施設から引き取るに決まっている。大人達も居ない、悪ガキ達の集団から子供を選んで連れて行くという事は、良くない仕事をさせる為だと、薄々勘付いていた。
実際、引き取られて直ぐに、私は特殊工作員になるべく、厳しいトレーニングを受けさせられる事になる。
(まあ、今となってはこのスキルが役立ってるから、有り難いとは思ってるけど)
静かに苦笑した。
「たまに信じられなくなるけど…、ボードウィンさん達はセブンスターズの一家門なんだもんね…」
「…うん。」
だから、黒い噂の絶えないナルバエスに、私達が繋がっていると知られてはまずいと思っていた。あの頃はまだ子供で無力だった。大人達には敵わない事を知っていた。
孤児院の皆は――私の家族は――私の命を懸けて守る。
でも、そうしたら、ガエリオ達は?
私の命は一つしかない。守り切れる数には限界がある。
だから、私は、三人の前から姿を消して、繋がりを絶った。
「…ごめんね。」
「なんで謝るの?」
「だって…」
私は、皆より、ガエリオを取ったって事になるでしょう?と答える前に、「あんたは…」と先手を打たれた。
「私達の為に、本当に一生懸命やってくれたよ…。だからさ…、」
私の目を見て、真っ直ぐに告げる。
「これからは、もう、自分の好きなように…、シンの愛する人の為に、生きてもいいのよ…」
「………っ!!!」
思わず彼女に抱き着いた。「よしよし、こんなにあんたが甘えてくるのも久しぶりねえ…」と、背中をさすられる。
「私達はいい加減、シンから自立しなきゃいけない…」
「…っ、!」
「あんたは、私達の為に、最高の場所まで用意してくれた。…向こうで気ままに林檎農家をやりながら、自分達で生きるわ」
だから、あんたは好きにやりなさい。シン。と、続ける。

「…うん。ありがとう…っ」

ここまで思ってくれている、家族の為に、
私は、何が何でも、ガエリオを救わなければ。

「…お願いだから、鼻水はつけないでよ。」




2016.05.02

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