「ボードウィン特務三佐!!」
先程わかれたはずのアインが後ろから焦った様子で追いかけて来たのを見て、俺は「何だ」と疑問を浮かべる。
「どうした。そんなに急いで」
アインの切羽詰まった姿。もしかしたらこれは相当レアかも知れない。そんな呑気な事を考えていると、次の瞬間、「シンね…っ、ナルバエス一尉が…」と、思わぬ科白がアインの口から放たれる(シンね?)。余裕だった俺の心境は一変。「シンがどうした?!」と食い気味に問うた。
「ちょっと、様子がおかしくて…っ」
息を切らしながら言葉を紡いだアイン。
不謹慎にも、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ、と言いたくなったのをグッと堪える。
「ナルバエス一尉の携帯端末を拾って届けたのですが…、端末を渡した途端、様子が変で…」
携帯端末?あの、よく孤児院の奴らと連絡を取っているアレの事で合ってるよな…と、俺は考える。
「何か端末を弄ったのか?」
「いえ…中は一切見ていません。自分は届けただけで…」
あの端末はシンにしか扱えない事を俺は知っていた。あれには、厳重にパスワードが掛けられているうえ、三回パスワードを間違えると別の端末にデータが転送されて、中身は全部消去されてしまうのだ(俺が何故それを知っているかは深く聞かないで欲しい)。
これを知った時、シンは、映画やテレビで見る特殊工作員か何かかと疑った。
シン曰く、「孤児院出身だから警戒心が強いだけで、やばいデータとかは入ってないよ」との事だったが、本意は定かではない。

「シンはどこにいる?」と、アインに問うと、「向こうの方に歩いて行きました」と指差す。
「分かった。俺が何とかしてくる」
アインの肩をポンと叩くと、彼は安心したように微かに笑った。


■■■


真っ暗な部屋の、前の廊下に、見覚えのある携帯端末が落ちていた。俺は思わず溜息を吐く。
(せっかくアインが届けたのに、また落としたのかあいつは…)
苦笑を浮かべて端末を拾い上げる。刹那、暗い部屋の隅で、膝を抱えて座っているシンの姿が見えた。
「おい、そんなところで何してるんだ」
一瞬、幽霊かと思った。まあ、そう言うの信じてないけどな。信じてないけど、暗闇に体育座りはびっくりする。
声と雰囲気で俺だと分かったのだろうシンは、顔を下に向けたまま「ガエリオこそ、何しに来たの」と、言い放つ。
「お前をさがしに来たんだ。アインが心配していたぞ」
「アインが…?」
そう言って顔を上げるシン。顔を上げたのは良いが、アインの名に反応してってのが気に食わないな。本当にお前らはいつそんなに仲良くなったんだ。

俺はシンの元に近寄って携帯端末を差し出す。
「ほら、届けてもらったのにまた落とすなよ」
「え、あ…。ありがと」
力無く笑って受け取るシン。アインが言っていた通り、様子がおかしいな。
「おい」
しゃがんで彼女の顔を覗き込む。
「お前、大丈夫か?」
シンの前髪を寄せて、額に手のひらを当てた。
「…熱は…無いな…」
と、そこまでやってからハッとする。
(しまった…アルミリアが体調悪そうな時によくこうしていたから…つい…癖で…)
自覚してしまった途端に硬直してしまって動けない。シンの額に手を置いたまま数秒見つめ合うと言う変な状況に陥った。
混乱している俺を見透かしたのか、シンは小さく笑って俺の手を取る。
そして、そのまま頬を寄せて、俺の手に擦り寄る仕草。上目遣いで俺を捉える。
(お、おい…!)

「なあ、シン…」
「ん?」
「それ…煽ってるのか?」

シンは目を見開いた。そして力無く笑って「煽ってない」と答える。
その様子に、思わず溜息が漏れる。いつかのキス未遂事件を思い出した。心臓が苦しい。
シン、お前はまた俺の理性を試すのか。
「…お前は…、俺を何だと思ってるんだ?」
まだ、子供の頃のように、単なる幼馴染みとして見ているのか?
こんなにも、お前に噛み付こうとしている男を。
(頼むから、そんなに無防備に甘えないでくれ)
シンの頬に触れている手のひら。その親指で彼女の唇をなぞる。
そろそろ我慢できない。
(なあ、シン、)
俺は、もう、随分と前から、それこそ、子供の頃から、お前を、幼馴染みじゃなく、一人の女として見ている。
勘の良いお前は、本当は、その事に気付いているんだろう?
あの時、涙目のお前に、俺が何をしようとしたのかも、この抑え切れない衝動も、全部、全部、気付いているんだろう?

無意識に言葉が出てくる。


「シン、俺は…お前を―――…」

「…―――待って!」

大人しく俺の言葉を聞いていたシンは、その言葉を紡ごうとした刹那、突然俺の手を引っ張って言葉を遮る。
暗い部屋だが、引き寄せられて顔が近くなったせいで、お互いの表情がはっきり確認出来た。ものすごく焦った表情のシンが俺の瞳に映る。震える声で「お願い…待って…言わないで…」と、下を向いた。
「…それは言っちゃだめ…ガエリオ…」
「…。」
突然の拒絶に声が出ない。まさか、告白の途中で止められるとは思っていなかった。
ああ、俺はフラれたのか、と、思っていると、ぽたり、と、俺の手の上に温かいものが落ちてきた。
(え…、)
…―――シンが、泣いている。

「私は…、…もう二度と、失いたくない…っ」
それは、初めて聞かされる、シンの思いだった。俺の手首をぎゅっと掴んで、必死で言葉を紡ぐ。
頑なに言おうとしなかったその胸の内を、いま、一生懸命、俺に伝えようとしている。
「私もガエリオと同じ想いだよ…っ、私は…、君を…っ、君を――…」
でも、それを口に出したら駄目なの、と続けて。
「私にはやることがある…。ずっと、ずっと、気が遠くなるくらい、長い間、願っていたことがあるの…っ、それを叶えるまでは…っ、君の想いに応えられない…っ、応えちゃいけない…!!」
「シン…」
その涙を拭う。
幼い頃からの付き合いのシン。涙目の彼女は何度か見たことがあるが、こんなにも感情を露わにして泣いている姿は初めてだった。
(なあ、お前は…何と戦っているんだ…?)
そんなにボロボロになってまで。その、願いとやらの為に。
シンは、耐えきれなくなったのか、俺の胸に飛び込んできた。その華奢な身体を抱きとめた俺は、次に紡がれるシンの科白に心臓を鷲掴まれた。


「伝えることで…っ!君を…っ、危険に晒すことが怖い…っ!!!」


(ああ――…、シン、お前は―――…)
言いようのない苦しさが胸に込み上げる。それが、愛しさと言うものだと、俺は直ぐに分かった。
頑なに言わなかったのは、俺を巻き込まない為だったのか。
「おい、顔上げろ」
俺の言葉で素直に顔を上げたシン。涙に濡れたその瞳を見詰めて、諭すかのように俺は続けた。
「お前が、何と戦ってて、何を恐れているのか…、俺には全く分からないが…。俺は、そう簡単にくたばらない。お前に庇ってもらわなくても平気だ。心配性め」
「ガエリオは知らないんだよ…っ!」
「何をだよ?自分の身は自分で守れる」
だから、いい加減、大人しく俺を受け入れろ。
「でもっ、君とのことを知られたら…っ!!」
尚も食い下がるシンに「大丈夫だ」と、強引に言葉を遮る。
(悪いな。やっぱり我慢出来なかった。)


「…―――今は、暗闇が全部隠してくれる。」


目を見開くシン。
俺は、意地悪な笑みを浮かべると、
噛みつくように、シンに口付けた。




2016.04.29

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