(シン姉さんって…もしかして、ちょっと抜けてるのか…?)
廊下に落ちていた携帯端末を右手に持ちながら、呆然と考える。

綺麗な瞳をした人だと思った。

シン・ナルバエス一尉――ファリド特務三佐とボードウィン特務三佐から話を聞いていて、どんな人だろうと、気になっていた。
あの二人の部下なのだから、物凄く仕事の出来る方で、クールな性格だと勝手に想像していた。けれど、実際に会ったあの方は、俺の想像を遥かに裏切った。勿論、良い意味で、だ。
会って間もないと言うのに、こんなにも、何と言うか…、
そう、
(あたたかい…)
よく分からないけど、あの方には、何もかもが、お見通しな気がした。
根拠も確信も何もない。けれど、初めて廊下で出会ったあの日、俺が火星人の血を引いていると分かった上で、その手を差し出してくれた気がしたんだ。
その小さな手は、すべてを、分かっていて、俺を、受け入れてくれた気がした。
優しく携帯端末を撫で、ポケットにしまった。
(何処と無く…クランク二尉を…連想させる…)
だからだろうか。
名前で呼んでと言ったあの方に向かって、
シン姉さん、なんて、呼んでしまったのは。
(シン一尉でも、シンさんでも良かったのに…)
もし、本当に、姉がいたら、あんな感じなのだろうか、と。思いを馳せる。


「…アルミリアかぁ…」
ふと、前を歩いていたボードウィン特務三佐が呟く。先程、ファリド特務三佐との会話で出ていた名前だ。ボードウィン特務三佐の妹であり、ファリド特務三佐の許嫁。
呆然とポケットを見詰めていた俺は、顔を上げてボードウィン特務三佐に視線を送った。
「自分の妹をこう言うのも何だが、あんな子供を許嫁にされるなんて…」
困った様子で吐き出す。そして、「アイン」と、俺の名を呼んだ。
「お前、相手は居るのか?」
「いえ…、自分はそう言うのは…」
恋人を作る余裕すら俺には無かった。正直に告げると、ボードウィン特務三佐は「つまらん男だなぁ」と言い放った。
「せっかく部下にしてやったんだ。暇つぶしの会話のネタくらい幾つか仕込んでおけ」
暇つぶしの会話、か…。俺には、そんな、ネタになるようなものはない。
どうしたものか。
(正直、俺の話なんかより、特務三佐とシン姉さんの関係の方が気になる…)
なんて、口が裂けても言えない。
角を曲がって去るボードウィン特務三佐。ジッとその後姿を眺めていると、別の方向から「アインー!!」と声が聞こえる。
「シン姉さん…!」
丁度良かった。彼女の忘れ物を渡そうとポケットにしまった携帯端末を取り出す。
「丁度良かったです。シン姉さんを探していたんです」
先程、ブリッジにはシン姉さんの姿は見えなかった。あの場に居たら渡そうと思っていたのだが、結局、シン姉さんは来なかった。
「なあに?」と、俺のもとに駆け寄る姿を見て、こんな俺の事も、あの孤児院の家族と同様に扱ってくれるのか、と、胸が苦しくなる。
それを誤魔化すように、「あの、これ、」と携帯端末を差し出した。

「…――シン姉さん、これ、忘れものです。」

刹那、何故か、シン姉さんは、分かりやすく固まった。
(えっ?)
突然の違和感に戸惑う俺。もしかして、この端末に気易く触れたことに怒っているのだろうか。一気に不安になった。
「もしかして…これ…触っちゃまずかったですか…?」
持って来ただけで、勿論中身は一切見ていない。
シン姉さんは、不安がる俺に「ううん、違うの」と苦笑すると、制服の胸元辺りをギュッと握り締めた。
「拾ってくれてありがとう。落とした事、気付かなかったから、アインが持って来てくれて凄く助かった」
僅かに歪な笑みを浮かべて携帯端末を受け取る。言葉の感じから察するに、携帯端末に勝手に触れた事を怒っていないのは本当のようだ。
じゃあ、何で、シン姉さんは、こんなにも、苦しげに笑っているのか。
「シン姉…?」
思わず顔を覗き込んだ。
「…ごめん…っ、」
瞳が悲しげに揺れている。
「今の、同じで…」
「え、同じ…?」
何が、同じだったのだろうか。
シン姉さんは「ごめん、すぐにいつもの感じに戻るから…。ちょっと待って…」と苦しそうに吐き出す。
数回深呼吸を繰り返して、再び胸元に手を置くと「もう大丈夫」と力無く笑う。本当に大丈夫だろうか。そうは見えない。
「急に困らせちゃってごめんね」
少し背伸びして俺の頭を優しく撫でた。
(シン姉さん、あなたは一体、何を抱えているんですか…?)


■■■


アインとわかれた私は、急いで誰も居ない真っ暗な部屋に逃げ込んだ。部屋の端っこに膝を抱えて座り込む。此処は一人だ。何も繕う必要も無い。
(びっくり、した…)
服の上からシルバーリングを握り締める。

『…―――シン、これ…、わすれもの、だ…』

『…―――いやっ…!いかないで…っ、!ガエリオ…っ!!!』


アインの言葉は、私の愛する人が、言い放った科白と、綺麗に重なった。
(…っ、わたしは…っ、!)

血の匂いがする。
あの、なまぬるい感覚が、手のひらに蘇る。

「君だって、忘れてるよ…ガエリオ…」

戦慄く身体を抱き締めて。

今はもう、何も考えたくない。



2016.04.26

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