『シン姉ーーーーッ!!!連絡くらいしろよーーーーッ!!!』
『やっと繋がったぁ!!』
『ちょっと私にも見せてーっ!!』
ポケットで震える携帯端末。
非通知からの着信だった。しかも、有視界通信。これは…と、ピンときた私は、空いている部屋に勝手にお邪魔して通信を繋いだ。
端末の向こうに映ったのは予想通り、孤児院の皆の姿。この子達は、こうやってたまに非通知で連絡してきて驚かせるのが好きなのだ。もうバレバレだけどね。だから、毎回驚いた振りをして子供達を喜ばせる。
私の姿を見るなり騒ぎ出す皆。静かに苦笑しつつもなんだかんだで嬉しい。タイムリープのせいで時間の感覚が狂っていたが、よく考えると、地球を離れて結構な月日が経っていた。
バタバタと慌ただしい様子が画面を通してこちらに伝わってくる。
小さい画面に収まって、私の姿を必死に確認しようとしている皆に、思わずほっこりして疲れもぶっ飛んでしまう。
「ごめんね、忙しくてなかなか連絡取れなかった」
『今は大丈夫〜〜??』
「うん、大丈夫だよ」
これはきっと長くなりそうだ。
壁に凭れながら子供達の近況報告に耳を傾ける。種から育てていた朝顔が綺麗に咲いたとか、今朝のご飯は美味しくなかったとか、学校ではテスト百点取ったとか、赤点取ったとか、気になる異性に告白した、振られた、両思いになった、とか、良い事、悪い事、いっぱい聞いた。
皆、笑顔で話してくれる。その笑顔に、「勝手に火星に行くと決めて、私は、この子達から笑顔を奪う事にならないだろうか…」と、そんな考えが浮かんだ。
(いや、もう、決めたことだ…)
恨まれたっていい。憎まれたっていい。
死なれるより、ずっとマシだ。

『シン姉は?!シン姉は最近どうだった?!』
話したい事が出尽くしたらしい。私の近況を訊ねる子供達に、どう答えようか、と迷った瞬間だった。

「…――シン姉」

(えっ?)
明らかに端末じゃないところから私を呼ぶ声。しかし、こう呼ぶのは孤児院の子達しかいないはずだ。ならば、誰が、と、声がした方を振り返る。
そこには、口元を片手で押さえて恥ずかしそうに固まっているアインの姿があった。
「もっ、申し訳ありません…っ!ナルバエス一尉を呼ぶようにボードウィン特務三佐から言われたのですが…!端末から聞こえる声に思わずつられてしまい…っ!!」
私は思わず微笑んだ。
子犬みたいだ。
「ううん。別に気にしてないよ」
アインは「もっ、申し訳ありません…っ」と再び謝った。そんな彼に向かって手をくいくいっとしてこちらに来るように促すと、顔を赤らめたまま素直に私の隣にやって来た。
やっぱり子犬みたいだ。

『シン姉〜、その人誰〜??』
「アインお兄さんだよ。一緒に仕事する事になったの」
画面の向こうで『アイン兄〜』『アイン〜』と叫び出す子供達。その勢いに押されたのか、アインが控えめに「ナルバエス一尉のご兄弟ですか?」と問う。
「うん。みんな家族。血は繋がってないけど」
「えっ」
声を漏らす彼に、苦笑を浮かべる。
「私、孤児院の出身で、ナルバエスに養子として引き取られたの。本当の家族は知らない。孤児院の皆が私の家族」
今でこそ、どうでもよくなったが、“最初”の頃は、幼い私を捨てた両親が憎くて堪らなくて、殺してやりたいとさえ思ってた。顔すらも分からないその二人と、残酷な運命を呪いながらずっと生きていた。
(そう言うところがきっとマクギリスに親近感を持たれたんだろうな…)
漠然と思う。
目の前のアインは複雑そうな顔している。今はもう何も気にしていないと言うのに。どうも彼は真面目過ぎていけない。
私は何度目かの苦笑を浮かべると「だからね」と言葉を紡ぐ。
「ナルバエス一尉なんかじゃなくて、名前で呼んでほしいな」
目を見開くアイン。畏れ多い…!と言いたげな表情だった。
『そうそう!シン姉はナルバエスじゃないもん!』
『シン姉はシン姉だもん!』
追い打ちをかけるかのように子供達の声。そうだ、いいぞ、もっとやれ。
アインは「えっと…」と吃る。
そして、下を向いてしまった。
(ちょっといじめすぎたかな?)
軽く後悔していると、アインの唇が僅かに開く。

「シン、姉…さん…」

「、!」
予想を遥かに裏切った呼び方だった。
シン一尉とか、シンさんとかを想像していた。まさか、シン姉さんをチョイスするとは!
(可愛いなあ…)
半ば無意識に彼の頭を撫で撫で。端末の向こうで『アイン兄ずるい!!』『シン姉を独り占めするな〜!!アイン〜!!』と皆の叫び声が聞こえた。「帰ったら皆にもしてあげるから」と、何とか宥める。

『…なんか騒がしいと思ったらシンと通信繋いでたの』
『あれ?』と画面の向こうから新しい声が聞こえたと思ったら、洗濯物を抱えた年長組の一人がこっちに寄って来る。『やっほーシン。元気?』と画面を覗き込んだ。
『あれ。あんた、新しい男なんか連れて…』
「いや、」
「新しい男じゃなくて部下…」と反論しようとしたが、それより先に『ボードウィンさんはどうしたのよ?』と、とんでもない爆弾を放り込まれた。
「ちょっ…!!ガエリオはいま関係無いでしょう!?」
焦ってそう言うが、それが墓穴を掘っていたらしく、アインが「“ガエリオ”…?」とこちらを見た。
「えっ、あっ、!」
先程とは立場が逆転だ。
今度は私が焦って赤面してしまう。アインの前では「ボードウィン特務三佐」と呼んでいたから、そこが引っかかったのだろう。
『あれ?知らないの?ボードウィンさんとシンは幼馴染みって言うか腐れ縁よ。ついでにファリドさんも』
「そ、そうだったのですか…」
私を見て驚いた顔をするアイン。しかし、直ぐに「でも、なんか、納得しました」と笑う。

「ボードウィン特務三佐の、あなたを見る目が…妙に優しかったから…」

「えっ、…」
思わずアインを見詰める。
何か口にしなくては、と、中途半端に口を開くが、何も言葉が浮かばずにそのまま固まった。
アインはにっこりと微笑んだ。
「…そう言えば、そのボードウィン特務三佐にあなたを呼ぶように言われてたのをすっかり忘れていました」
昨日は、触れるのを戸惑っていた手が差し出される。私は、まるでエスコートされるようにその手に導かれた。

「ごめん。切るね。また今度連絡する」と皆に謝れば『『『えええええ〜〜』』』と、ブーイングの嵐。『アインが独り占めした!』『一発殴らせろアイン兄〜!』の声も聞こえる。その言葉遣いが過去の私の影響じゃない事を切に願う。
「いいから!!早く寝なさい!!おやすみ!!」
そう言って強引に会話を終わらせる。通信を遮断する寸前、滑り込むように、『こっちは朝だよシン姉!!』『お土産買って来いよ〜!』と言う科白。続けて、『大好きだよシン姉ぇ〜〜っ』と声が聞こえた。
これはずるい。
通信を切ると、アインがくすくす笑う。
「…さて、怒られる前に行きましょうか」

「…シン姉さん、」と、言葉の最後に小さく続けて。

「うん。そうだね」

優しく手を引くアイン。
その手を静かに握り返した。




2016.04.24

- 15 -

[*前] | [次#]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -