「…キス…されるかと…思った…。」

トイレに行くふりをして逃げてきた。勘の鋭いガエリオの事だから、きっと私の嘘に気付いているだろう。
心臓がバクバクと煩い。もう口から出て来そう。
頬に優しく触れた右手、
強引に引き寄せた左手、
流し目で、こちらを見下ろして。
「突然すぎて…体が…、動かなかった…」
取り敢えず深呼吸をして心を落ち着かせる。
窓ガラスに映った自分を見詰めると、酷く焦った表情。余裕が無いって言葉がぴったりだった。
(ガエリオ…、)
心の中で愛しい彼の名を呼ぶ。途端に、バクバクいっていた心臓は、キリキリと苦しくなる。
(ガエリオ、好きだよ…大好きだよ…)
愛する君の為に、ずっと、この世界を、同じ時を、廻ってきた。
(でも、私がその言葉を口に出すことで、彼を危険に晒してしまわないか…怖い)
彼に、触れてほしいと思っている癖に、触れたいと思っている癖に、触れてはいけないと言っているもう一人の自分が居る。
こんなにも、大好きが止まらなくて、身体から滲み出ているのに。
言葉に出来ない。

『…―――君と、同じことを、考えている。』

あの時のマクギリスを思い出す。
(マクギリスは、絶対何か勘付いている…)
あの瞳は、痛いくらいに見覚えがある。
昔、自分も、あんな瞳をしていた。
あんな、憎悪の炎を宿した瞳を。
あの瞳は、何をするか分からない。今回の戦いは、かなり厄介なものになるだろう。彼の前で、ボロを出さないようにしなくては(…と言っても、さっきのキスまがいの光景を見られてしまったから、もう遅いかも知れない…)。
ああ…どうやって誤魔化そう…。

数分程、唸り、取り敢えず、頭がパンクしそうだったから一旦考えるのを止めた。下を向きながら廊下の角を曲がる。瞬間、丁度そこを通っていたのであろう誰かと派手にぶつかる。
「…――うわっ、」
「…――わっ、!」
申し訳ありません!と、体勢を崩した私を支えた人物を見て、一瞬呼吸を忘れた。
(…――アイン!)

まさか、ここで鉢合わせするとは思わなかった。
どうしよう。まだ心の準備が出来ていない。
「えっと…君は…アイン・ダルトン三尉だね?」
私の言葉に彼――アインは、目を見開いて「何故、自分の事を…」と呟く。私は、力無く微笑んで「私はシン」と取り敢えず自己紹介。
「私、一応、ファリド特務三佐とボードウィン特務三佐の部下でね…。君が今度、ボードウィン特務三佐の部下になるって聞いたから…」
「ああ、ナルバエス一尉ですね…。お話は伺っています…」
本当は、私はまだアインの事を聞いてはいないのだけど、それっぽく適当に答える。
タイムリープしてるから君の情報もバッチリなんだよ、と言いたい所だが、流石にそれは憚られたので言わない。でも、まあ、この答えも強ち間違ってはいないのでよしとする。
「これからよろしくね?」
握手をしようと右手を差し出せば、アインは一瞬戸惑った表情を浮かべて手を彷徨わせた。
「なに、もしかして私と握手は嫌?」
「いえ…、そう言う訳では…」
「じゃあ、握手しよっか」
ギュッと強引に手を握った。手袋の上からでも分かる。細くて骨張った手。
(この手が、誰かを…鉄華団の皆を…傷つけないように、私は何とか上手く立ち回らなければいけない…)
何度も経験したあの悪夢。一度に、カルタ、アイン、ガエリオを失ってまた独りになる。
もう、誰も失いたくない。この子の手も、汚させたくない。
「…君に…汚名を着せたくないな…」
「…えっ、」
「エッ?!」
嘘!声に出てた?!
目を見開くアインに、冷や汗が流れる。
(何かいい誤魔化し方は…、)
「あーっ、あのねーっ、ほら、ボードウィン特務三佐の部下って事は、私の部下って事でもあるでしょう?」
そうなのか?と、自分で言っておきながら自分に突っ込んだ。
「君に汚名を着せないように、上官の私がしっかり守ってあげる!」
ちょっと強引過ぎただろうか。口角が不自然に吊り上がる。
そんな私の心情を他所に、運よく何も気付かなかったアインは、何故か一瞬さみしそうな表情をすると、「自分の…」と言葉を紡ぐ。
「自分の…亡くなった上官も…同じことを言ってくださいました…」
私は、ああ、その人が…と思った。
その上官に実際に会ったことはないが、アインからその上官・クランク二尉の事は何度も聞いてきた。どれ程彼を慕い、尊敬していたのか、そして、そのクランク二尉が、どれ程、彼を思い、対等に接していたのかも。
「ナルバエス一尉は…俺の事を汚いとは思わないのですか…?」
「えっ?」
「半分、火星の血が混ざっている俺を…」
アインは下を向く。
何故。君を汚いなんて思う?
私は、
汚いとか、穢れているとか、
人の事を言える立場じゃない。

『…――うわあ、この孤児院、ばっちい…』

『…――君たち何なの、勝手にやって来て。出て行って』

『…――ねえ、あなた、この間、バイク盗んでいった“シン”って子でしょ』

『…――だったら何。君たち、ほんと何なの?』

『…――えっと、俺はガエリオ。こっちはマクギリスとカルタ』

…――あのバイク盗んだところを見て、すごいと思って!

…――シンを探しに来たんだ!

…――友達になろうよ!


「…私だって、汚い人間なんだよ。」


『…―――シン、これ…、わすれもの、だ…』

『…―――いやっ…!いかないで…っ、!ガエリオ…っ!!!』



…―――まだ――私は――君に――君を―――…



「とにかくっ、君の事は全然汚いとか思ってないから」
これからよろしくね、と、微笑む。
アインは、複雑そうな顔で、小さく「はい…よろしくお願いします…」とだけ答えた。

『…―――ねえ、ガエリオ…っ、私にも…、愛してるって…っ、!ちゃんと…っ、言わせて…っ!!!』



何故だろう、急に、血の香りがした。




2016.04.24

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