「――おい、大丈夫か、シン」
マクギリスにユサユサと揺さ振られて漸く意識を取り戻す。
まだ視界に星が舞っている気がする。
どうやら、あまりにも強く頭を打ったせいで、数秒程意識を飛ばしていたらしい。情けない。「大丈夫」と彼の問いに答えると、ダン!と何かが叩きつけられる音がした。
私はここでハッとして勢い良く起き上がった。
(そうだ!ここで三日月達と会うんだった!)
勘違いによって首を絞められているガエリオを見て、急いで車から出た。
彼の苦しむ姿に思わず「やめて!!三日月っ!!!」と、頭で考えるより先に声が出る。
「…――えっ、」
「いい加減にしないか」
一瞬、何でお前が自分の名前を知っているのか、と言う顔をした後、コン、と頭を叩かれて我に返る三日月。しまった、思わず名前を…と後悔したが、そんなことは取り敢えずどうでもいい。後から何とでも言い訳出来る。
私は、咳き込むガエリオを介抱すべく急いで駆け寄る。

「ガエリオ…!大丈夫?」
彼は苦しそうに咳き込みながら私の袖を掴む。
背中をさすってもまだ苦しそうだ。
(嫌だな…君の最期を思い出しちゃうよ…)
色々な事を思い出してオロオロしてしまう私を他所に、ビスケットの妹さん達が「三日月!違うの!」と説明してくれる。
「私たちが飛び出しちゃって…!」
「あの車が避けてくれたの!」
「ご、ごめんね、こっちもちゃんと見てなくて…っ」
と言うか、こんなに酷い避け方をしちゃったのは、ガエリオがこっち見てたせいだよね、多分。
「こちらも不注意だった。謝罪しよう」
かなり大きなブレーキ音だったから、心配した皆が集まってくる。ビスケットとアトラ。多分向こうにはクーデリアもいるのだろう。
懐かしい面々。私は知っているけど、向こうは知らない。
(実は鉄華団と一緒に戦ってた事もあったんだけど…)
(今はそんなことどうでもいいか)

「あの…すいませんでした…」
「なにがすいませんだ…!このっ―――!!!」
「…―――ガエリオ!」
こういう所は彼の悪い所だ。カッとなって振りかざされるガエリオの拳。行動が早すぎて私が止める暇も無かった。
その拳を鮮やかに避けた三日月。
刹那、彼の背中に見えた阿頼耶識。
それに反応する二人を見て、そうか、二人はここで初めて阿頼耶識を見るんだったんだっけ、と思い出す。
「身体に異物を埋め込むなんて…っ」と、軽くえずきながらそう言うガエリオ。こういう所、妙に潔癖だよね。
(孤児院出身の汚い私は平気な癖にね)
苦笑。
取り敢えず、三日月はマクギリスに任せて、彼を車内に連れて行く。ガエリオはまだ「吐き気がする…」と唸っている。
「横になる?」
「いや…お前の肩借りる…」
コテン、と頭を預けてきたガエリオに、心臓が跳ねる。吐き気と言う魔法が掛かった彼は、まるで猫のように擦り寄ってくる。
(かっ、可愛い…!!)
思わず硬直していると、ふと、孤児院の皆の声を思い出す。

『…――林檎農家になるんだ!』
(せめて、孤児院の皆をどこか安全で遠い場所に――…)


(あっ、)
頭を強打したお蔭だろうか。とある考えが閃いた。

「ちょっとごめんガエリオ!!」
「うおっ!!」
肩からガエリオを振り落として私は駆ける。



「…――あの!!桜さんっ!!」
「あ、チョコレートの隣の人の介護士」
ちょっと待って。なんですかその渾名は。しかも長い。
三日月は「桜ちゃんに何か用?」と怪訝な表情で私を見上げる。
「私、ギャラルホルンの監査部付きの武官をしているシン・ナルバエスと申します」
ただでさえ名前を知っている事で怪しまれているんだ。これ以上怪しまれないように、出来る限り丁寧に挨拶をする。
「ごめん、マクギリス、ガエリオを頼んでいい?」とさりげなく彼を遠ざけると、小声で本題に入る。
「折り入って…話があるんです…。桜さんと…、鉄華団のお二人に…」
ビクリ、と二人の身体が跳ねる。
一人は「何故、それを…」と怯え、一人は威嚇に入っている。
私はチラリと後ろを見て、マクギリスとガエリオが聞いていない事を確認すると、話せるとこまで正直に告げた。
「私は怪しい者でも皆さんの敵でもないです…。詳しくは言えないんですが、色々あって、皆さんの事を知っています」
ビスケットが「は、はあ…」と驚きを隠せない表情で相槌を打つ。
「…私には、どうしても救いたい人が居て…、でも、その人を救うのは本当に難しい事で…」
「……。」
「その人を救えるなら自分の命を懸けたっていいと思ってます…。でも、彼を救おうとする事で、他の大切な人たちが…家族が…危険に晒される事になっちゃうんです…」
「ふぅん、それで?」と三日月が言う。
私は、意を決してその科白を紡ぐ。

「…私の家族を、皆さんに預けたいんです…」

ビスケットが「えぇっ!?」と大声を出した。
わ!ちょっと!マクギリスがこっち見た!
私はジェスチャーで「何でもないよ、もう少し待って」と誤魔化すと、再び三人に向き直る。
「林檎農家になるのが、皆の夢で…。ここで、何とか面倒を見てもらえないでしょうか…?」
ギャラルホルンの人間からの思わぬお願いに、ビスケットは戸惑っている。

「…オルガが良いって言ったら、俺は構わないけど…」
「エッ!?三日月!?」
「ほら、良く考えてみて。ギャラルホルンの人間の家族を預かってるとなると、この人は今後俺たちに手出し出来なくなるだろ…?」
「た、確かに…」
「この人、嘘はついていないっぽいし、使えるかもしれない」
三日月はそう言って私を見上げる。
「団長さんに…何とかよろしくお願いします…。あの、これ、私の連絡先です…」
隣の桜さんにも「よろしくお願いします」と頭を下げて懇願する。
もう、最初のあの時のように、大切なものを失うのは嫌だ。
「分かりました、オルガに伝えておきます」
ビスケットの言葉に、思わず笑みが漏れる。まだOKと決まった訳じゃないと言うのに。
「ありがとうございます…!では、私はこれで…!」
最後に「くれぐれも、この話は内密に…」と告げてから、急いで車に戻る。
あとは、孤児院の皆に事情を聞いてもらえば大丈夫だ。勝手に決めちゃったけど…、納得してくれるかな…。
(いや、納得してもらうんだ、何としてでも)

全ては、愛する人を救う為。
もう、あんな別れは、経験したくないから。



2016.04.18

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