轟々と、鼓膜まで届く音。
炎の中を駆け回る。視界が滲んできた。息が苦しい。空気が熱い。
身体中が熱い。焼けそうだ。いや、もう逸そ焼けてしまいたかった。
『…――私のせいで…っ!!』
涙が止まらない。
皆の居場所を奪ったのは私だ。

『…―――お前に、そんな闇の仕事は似合わない。』

闇に生きてきた私に言う事じゃない。闇を駆け抜けて来た私には、闇でしか生きられない。そんなの、分かっていた。分かっていたはずなのに。

『…――お義父様。私、もう、こんな事したくないです』

一瞬でも願ってしまった。一瞬でも、光の中を生きたいと。
その代償が、これだと言うのか。

燃え盛る孤児院の中を、ただ、為す術もなく佇んだあの時を―――…


「…随分と大人しいな。そうしていると、昔の君を思い出す」
不意に言われたマクギリスの言葉に、私はハッとして前を向く。長く長く続く、とうもろこし畑を見ながら、いつの間にか感傷に浸っていた。
「そ、そう…?」
咄嗟に平生を装えたか心配だ。マクギリスはバックミラー越しに此方を見て微かに笑った。その笑みが何だか気に食わなくて目を逸らす。拍子に、運転しているガエリオの姿がミラー越しに見えた。ああ、まずい、運転してる姿、かっこいい…。
「眉間に皺を寄せて難しい顔をしていたぞ」
「そんなに…?」
マクギリスの言葉に、そんなに表情険しかったかな、と考える。自分では分からないから何とも言えない。と言うか、私って小さい頃そんなにいつも難しい顔してたっけ…?!
「何か考え事か?」
ガエリオが問う。その言葉に「いや…、ちょっと昔の事を思い出して…」と小さく答える。車のエンジン音で消えてしまえばいいのにってくらい小さな声。
「……そうか。」
勘の鋭い彼は、私の雰囲気を察してそれ以上追求して来なかった。

「……。」
そう、あれは、タイムリープする前の事だった。
あの頃は、ガエリオすらも信用出来なくて。
一人で何でも片付けようとして。
孤児院の皆も、私が守ってあげなくちゃって思っていて。
(でも、)
結局私は、皆を守れなかった。
『…私のせいで…っ!』
あの、炎に包まれた孤児院を思い出す。
「…(どうすれば、いいのかなあ…)」
外を見る。流れる景色をじっと見詰めて密かに頭を抱えた。
ポケットに入った携帯端末が震えている。
問題は山積みだった。
(はあ…やっぱり…)
数件の受信メッセージ。
孤児院の皆からの「早く帰って来てね」や「ご飯ちゃんと食べてる?」のメッセージに混じって、ナルバエスからのメッセージが見える。
――定期連絡はまだか。
――早く帰って来なさい。
――返信くらいしなさい。
(はあ…)
溜息が出ちゃう。
実は、こうして、ガエリオとマクギリスの下に異動させられた事をナルバエスに伝えていない。
伝えることなんて、出来ない。
伝えたことで、失敗してしまった過去がある。
もう、あの炎は消えたというのに、耳元であの時の炎の音が聞こえた気がした。

二人の直属の部下にされる前、私はとある中隊に所属していた。仕事内容は主に要人警護。めったなことが無い限り、戦闘に出る事もなかった。
が、それは表向きの話だ。
私たちの本当の仕事は、多分、ガエリオとマクギリスも知らない。
私の所属していた中隊の実態は、特殊工作員の集団だ。
普段は、準軍事的トレーニングと、スパイとしてのノウハウを学んでいて、仕事があるときは各地に赴く。主な役割はターゲットから重要な情報を盗んでくる事。そして、その情報を更にナルバエスに流すことで、孤児院の皆の生活は保たれていた。
仕事の内容としては何も苦はなかった。子供の頃、必死で生きてきた時の延長のような内容だったし、泥まみれの私にはあの汚い仕事はお似合いだったと思う。
(まあ、タイムリープをするようになってからは工作員としての能力は落ちてしまったみたいだけど…)
この間、孤児院まで後をつけてきたガエリオの気配すら察知できなくなっていた。これは工作員としては致命的だ。実戦だったら死んでた。
乗り物の運転技術や白兵戦はかえってタイムリープによって更にスキルアップしたと思うけど…。
(スパイとしての生命は終わっただろうなあ…)
何処か客観的にそう思った。
(異動させられて、おまけに工作員としてのスキルも低下してしまったとばれてしまえば、私の命はおろか、孤児院の皆も危ない…)
(もう、どうすればいいのかな…)
(…孤児院の皆が危険に晒されるのも嫌。ガエリオを救えないのはもっと嫌)
どっちも嫌だけど、両方を守るには、今の私は力不足過ぎた。

タイムリープして分かった事がある。
それは、ガエリオを救う事は、本当に難しいという事だ。
彼を救うには、全てを擲つ覚悟が必要だ。
でも、孤児院の皆を危険に晒すなんて、私には…、
(せめて、孤児院の皆をどこか安全で遠い場所に――…)
ぼーっと前を見ると、ガエリオがミラー越しに此方を見た。何も言わないけれど、ジッと此方を見詰めている。
(な、何だろう…)
何か言いたい事でもあるのだろうか、と私も彼を見詰め返した刹那だった。

「…―――ガエリオ!!!!」
マクギリスの叫び声。
瞬間、急ハンドル。
シートベルトをつけていなかった私は、ド派手に窓に頭をぶつける。
(いっ、…!!!)
そして、キィイイイイ!という派手な音と共に、盛大に車は止まった。

(たんこぶ…できた、…かも……)

私の視界はブラックアウトした。



2016.04.17

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