…――ああ、またこの夢か。

マイスターとして紹介される、少し前の出来事。

おれは目の前に立つスメラギさんをじっと見据えていた。彼女は何かをずっと考えているようで、『うーん』とか『えーっと』とか洩らしている。
対しておれは無言とポーカーフェイスでずっと待っていた。何を言いたいのか。何の用で呼び出したのか。全く分からない。
数分後、スメラギさんは苦笑を浮かべながらこちらに問い掛けた。
『コードネーム、何がいいかしら?』
それだけかよ。
正直、そう思った。が、当然顔には出さない。
(…コードネーム、か。)
別に、これ以上無くすものなど無い。命すら捨てる覚悟でソレスタルビーイングに来ただけに、本名がばれて危険が降り掛かったとしても、別に何とも思わない。無理にコードネームを決める必要なんて無いのではないか。頭の片隅で考える。
(どうしようか、)
何と無く下を向いた。やっぱり、本名の“        ”でいいや、と、スメラギさんに伝えようと口を開い―――…

(…あ、れ……?)

おれの名前って、何だっけ。
おれの、名前、
おれの、名前は―――…



『どうして…っ、』



『おれの名前を呼んでくれないの、惺――…』







掌に、不意に舞い降りた温もり。
この温もりは一体何なのだろうか、と、微睡みの中の完全に稼働していない脳が考えを巡らす。
ぐるぐる、と考える。これは、何だろう。温かい。安心する。
(あたたかい…、あんしん…)
「…惺…、おまえなのか…?」
瞳を閉じたまま、呟くように産み出した科白。温もりは未だ無くならない。ああ、やっぱり、惺だ。
起きなければ。彼女が待っている。おれが寝坊したから、おれを起こしに来たんだ。きっと。
ぐりぐり、と目を擦る。
ぼーっとした思考のままで、目を開く。ぼやぼや。まだ視界が本調子ではない模様。焦点が合わないまま、空中を行ったり来たりする視線。
(ああ。もう、めんどいな)
眼帯をずらして左目を露にする。うん。これなら焦点も合って、クリアに見え、…る。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
しまった、と思った瞬間にはもう遅かった。目の前に広がったのは、愛しい人間の顔ではなかった。
ロックオン・ストラトス。
彼が、目を丸くして此方を見下ろしている。
「おは、よう」
ナチュラルに眼帯を外して見詰めてしまったせいで、目の前のロックオン・ストラトスも驚いている。おはよう、なんてすっ飛んだ科白を紡いだ。
「………。」
どうして、彼が此処に居るのだろうか。そもそも、此処は何処だ。ここ数時間の記憶があやふやだ。
一体何があったのだろうか。僅かに不安がちらついて来たその時、目の前のロックオン・ストラトスが御丁寧に状況を説明してくれた。
「大丈夫か…?お前、事故に遭ってから、丸三日眠っていたんだ」
事故…。ああ、あのミッションの時か、と納得する。ロックオン・ストラトスは続けた。
「お前、自分の足で此処まで帰って来たんだけど、力尽きて倒れたんだ」
で、今に至った訳だな。おれは「はぁ…」と静かに溜め息をついた。流石、サイボーグの身体だ。簡単には死なないか、なんて、遠くで考えるもう一人のおれ。三日眠っただけで、こんなにも傷が回復している。我ながら泣けてくる。
自ら望んで、こう成った訳では無いと云うのに。
「で、さ…」
来た。おれはそう思った。彼の事だから、このまま逃がしてはくれないだろうとは思っていた。
「…その、左目は…」
予想は的中。ロックオン・ストラトスはおれの紺碧の左目について問うた。
「お前には関係無い」
そう吐き捨てて、外した眼帯を再びつけた。ロックオン・ストラトスは、渋い顔でおれを見据える。
「関係無いとか言うなよ…」
「寂しいじゃねぇか」と付け加える彼は、おれの事を妹か何かと重ねているのだろうか。こんなにも拒絶してきたと言うのに、しつこく構ってくる彼には軽く脱帽する。
「この瞳は…誰かに話して良いようなものではない」
彼がこれ以上深く突っ込んで来ないように釘を刺す。
故郷の事も、彼女の事も、おれの過去の事も、話して許されるものではない。話して許すものでもない。そして、話す事すら許されない。おれ独りで抱え込んで、死ぬまでずっと苦しまなければいけないのだ。それが、おれに科せられた罰であり使命なのだ。
「…惺、お前…、過去に何があったんだよ…」
問うでもなく、呟くように出てきた科白。何があったとしても、誰にも言えない。言ってはいけない。

おれだけの、甘い痛み。
きっと、無くなる事なんて、無い。




2011.10.07
2013.05.03修正


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