真っ白な道をザクザクと音を立てて歩く。はあ、はあ、と乱れた呼吸が白くなる。
指先が冷たい。おれは今どんな酷い顔をしているだろうか。きっと、今まで生きてきた中で一番酷い顔だ。
真っ白な景色が、心まで真っ黒く染まったおれを責めた。お前のせいだ。お前のせいだ。そうだよ、おれのせいだ。
ああ、雪、好きだったのに。綺麗で、幻想的で、大好きだったのに。こんな日に、こんな時に、降られてしまったら、嫌いにならざるを得ない。真っ白な世界の真ん中に、死に際の、有りの侭の、あんな笑みを見せられたら。雪が降る度にきっとこの指先を責めるだろう。どうして気付かなかった、どうして殺した、と。
背負った“彼女”を、一旦雪の上に下ろす。真っ白な雪の上に、真っ白で綺麗な彼女が居る。
『ああ…綺麗だ…』
その、伏せられた瞼を撫でて。
涙が止まらない。
後ろを振り向けば、長い間、彼女を背負って歩いて来たおれの足跡と、背中の彼女の傷口から滴った血痕が、ずっと続いていた。
涙が止まらないのに、何故か笑えてきた。
『見ろよ、惺。綺麗なヴァージンロードだ』
何も答えない、真っ白な雪で飾った、真っ白なその死体に。

『ああ…、綺麗な花嫁だ…』




「…―――惺〜!」

おれを呼ぶ、半ばふざけた声によって、おれの意識は過去から現在に一気に引き戻された。
ぼーっと見詰めていた自分の指先から視線を逸らして、おれを呼んだその声の主を流し目で見据えた。
ロックオン・ストラトス
彼の考えは全く理解出来ない。
何故、こうもおれに関わろうとするのか。マイスターの年長として仲良くしてあげなければ、とか、独りが可哀想、とか、そんな理由だったら殴ってやりたい。おれは誰も信じない。独りで生きる。
「なあ、惺」
すぐ横まで近寄ってきた彼は、にっこりと優しげな笑みを浮かべながら再びおれの名を呼んだ。
「ずっと気になってたんだが、お前って東洋人?西洋人?見た目からは判別出来ないよな」
軽く問うて来た彼に、別にどうでもいいだろ、と内心で毒突く。
「綺麗な黒眼と黒髪だけど、肌は白くて鼻も高いもんな」
此方が何も答えなくても勝手に続けるロックオン・ストラトス。よくやるな。いや、もしかしたら、おれが答えないと分かっていて続けているのかも知れない。だとしたら厄介な奴だ。
ポーカーフェイスで彼を見据える。自分ではよく分からないが、もしかしたら睨んでいるように見えるかも知れない、と頭の片隅で思った。まあ、そう見えても別にどうでも良いのだが。
ロックオン・ストラトスは微笑んだ。
「最近、寒いよな」
この科白で、彼はおれが答えないと分かった上で話しているのだと、確信した。東洋人とか西洋人とか別にどうでもよくて、彼はおれと話す為に此処にいるのだ。
溜め息が出そうになる。
ロックオン・ストラトスは「惺は、寒いのは平気か?」なんてまだ続けている。

「もしかしたら、明日は雪が降るかも知れないってさ」

…―――雪が、降る。

おれの、大嫌いな、雪が、降る。

ロックオン・ストラトスは笑った。その、整った唇が、「楽しみだな、雪」なんて告げる。
おれの眉間には深い皺。気付かれないように、下を向いて誤魔化す。
甚だしく身勝手な話だ。殺したのはおれのはずなのに。奪ったのはおれなのに。終わらせたのはおれなのに。他でもない、おれ自身なのに。大好きな彼女を雪が奪った気がして堪らないんだ。真っ赤なヴァージンロードを歩いて、彼女は、おれのもとから白い空の向こうへと消えた。あの雪が、おれ達を冷やして引き裂いた。
そう、身勝手にも、思ってしまうんだ。
「…雪なんか…っ、」
ボソリと呟く。微かに震えた声。
あの時の雪が、彼女を奪っておれを責める。
おれが悪い。
最初から、今まで、何時だって、これからも。
トリガーを引いた、おれが、悪い。

「…雪なんか…、無くなってしまえば、良いのに…」




2011.07.15
2013.04.20修正


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