全てを壊す為に、
おれは何でも利用すると決めた。

『…――月が、綺麗ですね…』


あの優しい声が仮面を被っていたのだと気付いたその時から。
おれは、全てを壊そうと、
そう、決めたんだ。




その日は妙に静かな雰囲気が漂っていた。見慣れぬ廊下をカツカツと靴音を鳴らしながら歩き続ける。目の前にはスメラギ・李・ノリエガと言う女性。彼女はおれをこの私設武装組織ソレスタルビーイングに勧誘した張本人である。何がどうなってそうなったのか分からないが、何でも、量子コンピューターのヴェーダがどーのこーの。正直、話は六割程しか聞いてない。
「心の準備はいいかしら?」
スメラギさんが振り向いた。
心の準備、とは、きっと、他のマイスター達に会う為の心の準備の事だろう。その前置きは有り難いが、緊張など一切していない。取り敢えず、身形でも整えるか、なんて、ワイシャツの襟を直す。ネクタイとベルトを締め直し、左目に着けている眼帯をチェックした。別にだらしなくても構わないのだが、この眼帯だけは、外れてしまったらまずい。“彼女”の瞳は、誰にも知られたくない。“おれ達”だけの秘め事だ。
内心に渦巻く厄介な感情達を抑え込み、何時ものように無表情で静かに頷けば、スメラギさんはにっこり笑って「なら、行くわね」と、その空間に足を踏み入れた。
瞬間、ガンダムの整備をしていたマイスター達がおれの視界に入る。
ロックオン・ストラトス
アレルヤ・ハプティズム
ティエリア・アーデ
前以て資料をもらっていたから、誰が誰なのか直ぐに分かった。この三人が、おれと同じガンダムマイスター。そして、後々おれの敵になるかも知れない人物達。
「みんな、ちょっといい?」
マイスター達は作業を一時中断して、その声の主であるスメラギさんに注目した。
そして、おれを見る。困惑の色を宿した瞳が此方を捉えている。おれは冷たく彼らを見据えた。
彼らは、世界から争いを無くそうとガンダムマイスターになった人達だ。ソレスタルビーイングやガンダムを利用して世界を壊してやろうと思っているおれとは根本から違う。
「みんな、聞いて。この子は、今日からガンダムベリアルのパイロットになる惺・夏端月よ」
「ちょっとスメラギさん…!」
突然の科白にアレルヤ・ハプティズムが声を洩らす。「女性じゃないですか…!」と一言。
女だから何なんだよ。
第五区に居た時もそうだ。女、女、女、って。女だったらいけないのか。
「ええ、だけどパイロット基準値はクリアしてるわ。それに、あなた達に勝るとも劣らないわ」
スメラギさんが答える。しかし、まだ納得出来ていないのか、「でも…」と歯切れ悪い言葉が返ってくる。
「彼女はヴェーダが選んだのですか」
「ええ、そうよ」
ティエリア・アーデの科白にも至って冷静に答えるスメラギさん。「決定事項よ、異論は認めないわ」と言いたげに。ティエリア・アーデは「なら構わないが」と呟くと外方を向いた。
アレルヤ・ハプティズム、ティエリア・アーデ、ときたら、後は一人しかいない。スメラギさんとおれの瞳は、自然とロックオン・ストラトスに向いた。
何を言われるのだろうか。
お前なんか認めない、とか言われたりして。しかし、何を言われようが、おれはガンダムマイスターを辞めるつもりは毛頭無い。世界を壊して全てを無に還す。そんな、欲望に似た願望を満たす迄は、おれはソレスタルビーイングに居続ける。スメラギさんだって、そんなおれの憎しみを分かった上で、ガンダムマイスターにスカウトしたのだ。結局、利用している事はどっちも同じなんだ。
「お嬢ちゃん、本気なのかい?」
優しいようで、優しくない。お嬢ちゃんに出来るのか、そう問いたそうに。
おれは無言でロックオン・ストラトスを睨み付けた。
お前に何が分かるんだ。本気なのかい、なんて。おれはもう失うものなんか何もない。他人には理解出来ないような、果てしない苦しみと血の滲むような決意と共に、全てを捨てて、命さえも捨てるつもりで、此処に来たんだ。
「へぇ、随分クールな子なんだな」
ロックオン・ストラトスは苦笑を浮かべた。
が、直ぐに真面目な表情になる。
「マイスターになったからには、女も男も関係無い。それ相応の覚悟が必要だ。…君には出来るのか?」
覚悟。馬鹿言うな。
そんなの、
あの時、あの瞬間から、
疾うに――…


『…―――愛していたのに…!!!』

『…―――この世界が醜いから、お前は歪んでしまった』

『…―――愛してる…!夏端月惺…!』


「惺、答えてあげて」
スメラギさんの声。おれは、その声に、漸く言葉を発しなければいけない状況に陥っている事に気が付いた。ロックオン・ストラトスがじっと此方を見据えている。おれは乱暴に前髪を掻き上げた。

「…世界が醜いのはそこに蔓延る人間が醜いから。」

きっと誰も知らない。世界はこんなにも汚いと言う事を。
この汚れた世界と人間達のせいで、おれは一番大切だったものを失ったんだ。
片目だけで、半ば睨み付けるように。
「…――おれは、人間を許さない。」
あいつにそうさせた世界と、あいつを失った世界、そして全ての元凶である、全人類。全てが憎くて堪らない。消えてしまえばいいのに。全部、全部。
「…――勿論、お前達もだ」
等しく灰に還れたならば、さぞかし楽だろうに。

「…成る程な」
ロックオンが呟く。その表情は笑顔を浮かべてはいたが、瞳は笑ってはいなかった。成る程、と言いつつも、何処かまだ納得していないようだ。
「これは厄介な奴だ…」
そう言って、おれに近付く。
「まあ…、世界を変えたいのには変わり無い……。よろしく、惺」
「………………………。」
その、真っ直ぐな瞳を此方に突き刺して。その奥に、何れ程の偽りが隠されているのだろうか。そう考えただけで戦慄が走る。おれは、もう二度と、他人なんて信じない。

その、差し出された手を、静かに振り払った。




2011.07.07
2013.01.29修正
2013.04.18修正


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