それは、不可抗力の出来事だった。

夕暮れ。いきなり入った保守派の会合に、彼女との約束を泣く泣く破る羽目となった。別の日にしようか、今日の話し合いは長くなりそうだ、と彼女に伝えたのだが、珍しく今日の彼女は「やだ。待ってる」と食い下がったのだった。目を丸くするおれに対し、至って平然と彼女はおれの背中を押した。早く帰ってきて、ずっと待ってる、と。
そうして、おれは海に彼女を待たせたまま会合に向かう。後味が悪かった。何時ものように見えて、彼女は僅かにおかしかった。会合の最中も意識はそちらの方にばかり向く。早く終わらないか。早く終われ。

『…――今日の会合は以上。今後も革新派の出方を見つつ動く。では、解散』
父さんの声に、おれは弾かれたかのように立ち上がった。お疲れ様もそこそこに、真っ直ぐ彼女の元へ走り出す。『今日はお前が夕食当番だぞ!“   ”!』と、何処か間抜けな声が聞こえたけど無視してやった。父さんが急に会合なんて入れるからあいつとの約束を果たせなくなったんじゃないか。
会議室の扉を乱暴に開いて駆ける。此処から海までは十分もかからない。早く、日が沈む前に、彼女に会いたい。

『…―――惺…っ!!!!』
漸く海に辿り着いたおれは、息を切らし、肩で呼吸を繰り返しながら叫んだ。が、しかし、返事が無い。もしかして気付いて無いのか。もう一度彼女の名前を呼ぼうと息を吸い込んだ刹那的に、おれの瞳は予想外の光景を捉えた。
『……メリッ…サ……?』
彼と、彼女が、海辺で何かを話している。
おれは咄嗟に木の幹の陰に隠れた。どうして、メリッサが惺と一緒に居るんだ。

『……ごめんなさい。』

惺が呟く。何の話だ。波の音が邪魔をして聞き取れない。
メリッサは小さく苦笑した。
『それでも良いです…。俺は…諦めませんから』
眉間に皺を寄せる惺。彼女がこんな表情をするのは珍しい。本当に、何があったのだろうか。
割り込んでやるべきか否か、迷っているうちに、メリッサは『では』と告げて去ってしまった。
(なんだったんだ…?)
彼の背中が見えなくなったのを確認して、木の陰から出て行く。

『ごめん、遅くなった』
『うん、遅い』
ぐいっ、と、左手首を引っ張られる。そして、おれより少し大きいが華奢なその腕で力一杯抱き締められた。
『惺…?どうしたの…?』
本当に、珍しい。惺はおれの耳許で『何でもない。でも、もう少しこうさせて』と囁く。ああ、大体の理由は察した。おれの勘も考え物だ。そして、彼女も聡い女性だ。
(だから、おれと離れたくなかったのか…)
小さく嘆息。それでも、まだおれを頼ってくれているんだ。不謹慎にも喜びの方が勝っている。

『惺は……狡い人間だよ…』

今思えば、おれなんかよりも遥かに彼女の方が“月”だった。







「…――惺、」

おれを呼ぶ声で、おれは過去から今へと戻った。目の前には「大丈夫かー?」と手を振っているロックオン・ストラトス。その後ろに溜め息をついているティエリア・アーデの姿も捉えた。
「随分ボーッとしてたけど?」
「何でもない。少し眠かっただけだ」
適当な言い訳を吐き出して外方を向いた。彼は彼女と同じくらい、否、もしかしたらそれ以上に聡い人間だ。たまに怖くなる。もう既に全てを彼に見抜かれているのではないか、と。
「そう言えば、メリッサ?だっけ?そろそろ来る時間じゃないか?」
壁の時計を指差して告げる。気が付けばもう針は丑三つ時を示していた。眠いと嘘をついた癖に、時計を見た途端に眠気が生まれる。
おれは汚い天上を見上げた。色々思い出していたせいで気分が悪い。早く、こんな所から出て行きたい。
刹那、丁度良く開かれる扉。その奥からメリッサの顔。小さく「遅れました。スミマセン」と呟いた。おれ達三人はやっと訪れた彼に向き直った。
「遅かったな」
おれの科白に、彼は一瞬だけ眉間に皺を寄せた。そして直ぐに取り繕うかのようにニッコリと微笑んだ。
「ちょっとした用事がありまして。スミマセン、頭領」
おれは、彼の瞳をジッと見据えた。ああ、おれは気付いてしまったかも知れない。彼の瞳は、おれのよく知っている鈍さを秘めている。その事実に気付かない振りをして、誤魔化すかのように「ああ」とだけ吐き出す。メリッサは何も知らないような笑顔を貼り付けて続けている。
(ああ、)
おれもなかなか聡いらしい。
もう、修復不可能だと、気付いてしまった。そう、悟った瞬間から、この場所は無意味と化す。おれはどうすれば良いんだ。どうすれば。頭は一気に真っ白になる。直ぐ後に一気に色が氾濫を始める。
半ば無意識にロックオンを見詰めた。おれ以上に聡い彼ならば、こんな時、どうするのか。いや、わかっている。これはおれの問題だ。おれが、おれ自身が、終止符を打たねばならないのだ。その為に、此処に戻って来たと言うのに。
小さく息を吐いた。
「…折角来てもらって悪いが…、今日は話し合いを止めて明日にしないか…」
「そうですね。こんな夜中まで待たせてしまいましたし、スミマセン…。明日の正午、また伺いますね」
にっこりと微笑むメリッサを見送り、おれは明日を憂う。

「きっと、すべてが、おわる」

小さく呟いた言葉は、空気に混じって消えた。




2013.06.18追加


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