第五区にて。
保守派に居た時に、おれの右腕として活躍していたメリッサと言う男と合流した。メリッサもこの島同様、何一つ変わらない。ただ生傷が増えただけ。彼は女性的な名前であるが、その名の通り、男にしては綺麗な顔立ちであり、中性的な見た目だった。昔は、それを利用してハニートラップやら潜入やらに活用していた。生傷が増えたと言う事は、まだそのような事を続けているのだろうか。おれは用意された控え室で、ロックオン、ティエリアと共に情報を待ちながら思考する。

この島を守るか否か、答えが出せないまま、ロックオンの言う通りに此処に帰って来てはみたが、やはり答えなど早々に出るはずがない。
(この島には、何もかもが溢れ過ぎている)
おれが、愛した証。
おれが、憎んだ証。
おれが、手放した証。

駄目だ。この島に来ても何も変わらない。答えなんて簡単には出ない。そうだ。一旦リセットする為に外に行こう、と、おれは立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「………外の空気、吸ってくる。」
ただそれだけ告げておれは外に出た。
向かうはただひとつ。
おれの始まりであり、終わった場所。

外に出ると、空気がひんやりと冷たかった。
雲ひとつ無い。空気が澄んでいる此処は、昔から星々がよく見える。これも、全然変わらない。
変わらないと言うのに、おれ達だけが、急激に、物凄い早さで、変わっていく。
「虚しいな」
誰にでもなく呟いた。
そのまま、近くの林を越え、月明かりに輝く沼の直ぐ脇を行く。何かに導かれるように足を進めれば、もう行き慣れたその丘に辿り着いた。
丘の上には、歪な墓がひとつ。
おれが作った墓だ。名前はまだ刻まれていない。墓と呼ぶにはあまりにも簡単過ぎるそれ。
(ああ、来てしまった…)
そう、漠然と思った。
またこの場所に帰って来るなんて思わなかった。その歪な墓の前に立ち、冷たい目で見下ろす。
今も、覚えている。
この場所に、彼女の死体を持って来た日を。この場所の、土をただ壊れた人形のように堀り続けた日を。爪が、血で滲むくらい、ただ、墓を作っていたあの日を。現実だと認めたく無かった。土を堀りながらこれは虚像だとひたすらに言い聞かせた。悪夢だ。早く醒めろ。
『どうして…っ、世界は…こんなに…っ、』
視界が滲む。その原因を降っている雪のせいにして。指先が凍えそうだから、寒くて泣いてるんだよこれは、と、無理矢理な言い訳を頭で繰り返しながら。

「…おれは、まだ此の悪夢から醒めないままだ。」

小さく呟いたはずなのに、不思議と遠くまでその声は谺した。

『死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちてくる星の破片[かけ]を墓標に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢いに来ますから。』

不意に、“惺”の言葉を思い出す。

『急に何言ってんだよ』
『今のはね、私が大好きな作家が書いた小説の中に出てくる台詞なんだよ』
『へぇ…』
『文豪と呼ばれる日本の作家さん。…でね、この台詞を死ぬ直前の女の人が男の人に告げるの』
『そうなんだ』
『“百年、私の墓の傍に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから”――…そう言って、女は息を引き取り、男は墓を掘るの』
『………。』
『彼女を埋めて、大きな真珠貝で穴を掘って…。そうして天から落ちてくる星の破片を墓標に置いて、ずーっと…墓の傍に。』

綺麗な話だ。
ただ、呆然とそう思ったのを覚えている。
『結末は言ーわないっ。面白いから“   ”も読んでみて!!この他にもお話がいっぱいあってね――……』

「なあ、“惺”」
唇は、静かに墓に問い掛けた。
「ちゃんと…埋めたよ…。真珠貝で穴を掘って…天から落ちてくる星の破片も墓標にしたよ…っ」
涙が、つぅ、と一筋。頬を伝う。
「でもな…、おれには……、百年待つなんて…っ、無理だったよ…」
どんな想いで、どんな顔で、百年待っていろと言うのだ。おれ達とその物語には決定的な違いがあると言うのに。そう、男は女を殺してはいない。眠るように死んでしまった女を傍で看取っていたんだ。でも、
おれは、
“惺”を、
この、
指先で、
(きっと、おれは、あの世でも彼女に恨まれている)
その物語のタイトルも知らない。
結末だって、勿論知らない。
男がどんな心情で百年待ち続けたのかも、百年後にちゃんと彼女に巡り逢えたのかも、何もかも、知らない。だけど、きっと、ハッピーエンドだろうとは思う。ハッピーとまではいかなくても、バッドエンドはきっと無い。
おれ達二人とは大違い。
おれ達には、愛情の間に、憎悪と云う厄介な感情が紛れ込んでいる。
(そもそも、おれの片想いだしな…)
苦笑を洩らす。
その物語を読んでいたならば、何かが変わっていたのだろうか。こんなにもつらい想いを、どうにかする事が出来たのだろうか。
今浮かぶのは愚かな考えのみ。
もうどうにもならない事は分かっている。

刹那、
―――ガサリ、と、後ろの草むらが揺れる音がした。
おれは急いで目尻に溜まっていた涙を拭い、腰にかけてある銃に手を伸ばした。何時でも撃てるように、と意識を音の出所に集中する。
「…………。」
すると、再びガサガサと音が聞こえて。
「…――惺〜っ」
間抜けな声が聞こえてきた。
「……どうしてここにいる」
ひょっこり現れたロックオン・ストラトスに嘆息しながら問うた。この男はどうしてこう悉くおれの中に入り込んで来るのだろうか。
彼はにっこりと「外の空気吸ってくるって言ってたけど…治安悪そうだし…ついてきた」と告げる。
「はあ…」
再び嘆息。
生身ならば誰にも負けない自信があるのに、心配してついてきたと言うことか。余計なお世話だが、身体の秘密は誰にも明かせない。唯でさえ、彼にはこの眼帯の奥の左目の事もばれている。

「…ん?」
近付いたロックオンが、ゆっくりと声を発する。どうやらおれの前にある墓に気付いたらしい。
「誰かの墓か?」
「…たぶんな」
「お前の知り合いの墓じゃないのか?」
「…争いの犠牲になった誰かの墓じゃないか。ここらへんはそう言うのがたくさんある」
ロックオンは「ふーん…」と呟いた。何かを探るような目だ。
「…でも、この墓を作った人間は良いセンスしてるよな。人が来なそうで静か…それでいて空と緑が綺麗なこの場所に埋めるなんてな」
夜空を見上げた彼。
「…きっと、大切な人なんだな…この人は…」
ロックオンは全て気付いているのかも知れない。この墓を作ったのがおれで、この中に眠っているのはおれの大切な人間なのだと。
おれは、ゆっくりと呟いた。


「……ああ、きっと、…殺したいくらい、愛してたんだろうな…。」


名前も無い墓を見下ろす。
ああ。おれは随分と長い間、悪夢を見続けている。
認めたくない。この残酷な今が現実だと。
名前の無い墓を見て、これは彼女の墓ではない。他の誰かの墓なのではないか、と逃げ道を作って。
ずっと、逃げている。

名前を刻めるようになるのは、何時なのだろうか。

「……戻ろうか。」

おれとロックオンは暗闇の中を静かに歩き出した。


そうして、残酷な夢の続きを。




2012.09.16
2013.06.12修正


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