…―――薄暗い闇の中、水面に映った自分の顔が歪む。






『…――¨  ¨、今日は正午から会合だ。お前も来い』

渋く低い声が、お腹の底に響く。
おれは『分かりました、父さん』とだけ呟くと、その場を後にした。
丘に向かわなければ。
明日は会えないと夏端月惺に言わなければいけない。
おれはゆっくりと暗闇を歩く。
隻眼、隻腕の状態では上手くバランスを取って歩く事すら容易ではなかった。おまけに右足もぶっ飛んだ為に、松葉杖を使って何とか歩いている状態だ。まだ慣れない距離感と、時折訪れる割れんばかりの頭痛がおれを苦しめる。
ただでさえ、苦しいと言うのに、大人達は勘違いをして『おれの為だ』と押し付ける。
知らないんだ。包帯だらけの身体を見る度、おれが何れだけ傷付いているか。
結局は、自分達の為におれを生かしているんだ。
こんな、人間離れしてしまった身体に成ってまで、生き延びたいとは思わない。
こんな、醜い姿を晒してまで、生き延びたいとは思わない。
身体中に機械を埋め込まれ、半サイボーグへと改造され、実験動物の如く生かされる。屈辱以外の何物でもない。
『醜い。全てが醜い』
生き延びた自分の此の姿も、生かした大人達も、その大人達を取り巻く此の世界も。

ふと、同情に満ちた夏端月惺の瞳を思い出した。

『何も、分かってない…っ!』

愛しているはずなのに、何故か全てが憎く思えた。
誰も、おれの苦しみを分かっていない。
誰も、おれの傍に居てはくれない。

世界なんて、無くなればいい。
世界なんて、無くなればいい。


初めて、そう思った。
憎しみの、片鱗が、顔を覗かせる。
おれは、この時からきっと手遅れだったのかも知れない。







「…―――スメラギさん、おれ一人で行けます。」
ブリーフィングルームにて。おれはスメラギさんと向き合っていた。
過去に浸っている場合ではない。おれはどうしても彼女を説得しなければいけない状況だった。
「この間行ったし、平気だって」
ボソリと呟く。その呟きにスメラギさんは「ふぅ」と溜め息をついた。
実は、先日のハレルヤとの怒濤の戦いで義手が壊れてしまったのだ。
人工皮膚を突き抜け、神経を繋いでいるパーツにまで届いた刃。ハレルヤの奴、容赦なく突き刺しやがった。
何時もならばスペアと取り替えて古い義手を処分するところだが、今回は残念ながらスペアは品切れだ。ドクターの元に取りに行かなければならない。
(だから、一人で行きたいって言ってんのに…)
スメラギさんは誰か連れて行けと煩い。過保護、とでも言おうか。
「マイスターの情報はSランクの秘匿義務があるんじゃないのか?」
「貴女の場合はもう故郷の場所もバレちゃってるじゃない。これ以上隠したって仕方無いわよ」
(適当だな)
おれは内心だけでそう思った。
「惺、全てを教えろとは言ってないわ。ただ、一緒に誰か連れて行って欲しいだけ。貴女が心配なのよ」
「………。」
必死に説得するスメラギさん。その表情に、おれは「もう負けた」と思った。
「分かったから。一人だけ一緒に連れてく」
スメラギさんは安心したように笑った。
「誰と一緒がいいかしら?ご指名は?」
おれは無表情のまま「ふざけないでくださいよ」と言いかけて止めた。どうせなら選ばせてもらおう。
「うーん…」と考える。正直誰でも良かった。

だけど、

「ロックオン・ストラトス」

何故か、唇はその名を告げていた。
スメラギさんはにっこり微笑んだ。

「了〜解」




2012.12.20


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