惺の故郷に来るのは二回目だ。
一回目は隣国との戦争が勃発しそうになったから、それを阻止する為にソレスタルビーイングとして赴いた。今回もそれ関連かと思いきや、実は違うらしい。
暗くて湿っている路地裏を通る。
「何処に行くんだ?」と、その背中に問い掛けても、何も答えてはくれない。
ただ、彼女の後をついて行く。
暫く歩いていると、彼女はある店の前で止まった。
「¨The cafe of the moon ¨…」
月のカフェ。何処か古びた看板にそう記されている。
「なあ、惺。もしかして俺とデートしたかったのか?」
「目出度い頭だな」
惺はそう告げて扉を開いた。
カランカラン、とベルが鳴る。
奥は僅かに暗い。
「何してるんだ?入れよ」
惺の科白に、「ああ」と答えて後ろに続く。

「…――そろそろ来る頃だと思っていたよ」

低い声が鼓膜に届く。
惺は「ただいま」と呟くと、カウンター席に座った。俺もその隣に座る。
しん、と沈黙が流れる。カウンターの奥から四十代半ば辺りの男性が現れた。白衣を纏っている。その手には試験管とスポイト。
「久しぶり、ドクター」と惺は言った。ドクターと呼ばれたその男性は試験管とスポイトを棚に仕舞った。棚には大量の試験管とビーカー。まるで理科の実験でもするかのような雰囲気。
「ここはカフェじゃないのか?」
「それは表向き。ここは研究所」
惺はドクターを見据えたまま告げた。
「ドクター、この男はソレスタルビーイングの仲間のロックオン・ストラトス」
ドクターは俺の顔を見詰め「ほう」と呟いた。
「良い男じゃないか」
「ドクター。からかうのは止めろよ」
「ははは」とドクターは笑った。
惺は立ち上がる。
「早速だけど、あれ、もらって良いか?」
「ああ。持ってけ」
ドクターの言葉に、惺は奥へと歩いて行ってしまった。
(え?俺、知らないオジサンと二人っきりかよ)
俺は思わず惺の消えて行った方向をじっと見詰めていた。
ドクターはそんな俺を余所に再び棚に戻って作業を始めた。
この人マイペースだな、と思ったその時、棚の向こうにあった写真立てが目に入った。
「…その写真…」
三人の子供が荒野を背景に並んで立っている。しかし、その顔はカッターか何かで切り刻まれているせいで誰が誰だか分からない。
「この写真は、幼い頃のあの子だよ」
ビーカーとスポイトを脇に寄せて写真を差し出してくれた。
真ん中の一番背の低い女の子を挟んで、左に男の子、右に女の子。
ドクターは丁寧に説明してくれた。
「この、一番背の低い子があの子だ。隣に居るのは幼なじみ」
「……。」
指を差しながら告げる。
そんなドクターに俺は訊ねた。
「どうして、顔が切り刻まれてるんだ…?」
俺の問いに、ドクターは一瞬だけ眉間に皺を刻んだ。俺はそれを見逃さなかった。
「…これは…あの子がやったんだよ」
「惺が…?」
ドクターは一瞬身体をびくつかせた。そして小さく「そうか、あの子は惺だったな」と呟いた。
ゆっくりとその写真を指先でなぞる。
「この写真は、あの子の心の傷そのものだ」
「心の傷…?」
ドクターが何を言わんとしているのか、俺にはよく分からなかった。
ただ、確認するかのように反芻する。
「左の男の子の事を、あの子はきっと覚えていない。だけど、あの子にとっては大切な人だった。右の女の子は、あの子の一番大好きだった子だ。ずっと一緒に居た」
「へぇ…」
俺は相槌を打つ。
そんな大切な人達の顔を切り刻むなんて、彼女の過去に一体何があったのだろうか。
写真を見詰めながら考えた。
…――この写真の惺は、笑っていたのだろうか。
ドクターは俺の疑問に答えるかのように話し始めた。
「…あの子の父親は、私の友人でね。幼い頃から知っていた。…今はあんな風になってしまったが、明るくて元気で…可愛いげのある子だったんだ」
惺が明るくて元気だなんて、少し想像出来ないな。
「あの子は道端に捨てられていたんだ。それを私の友人が拾い、育てた」
「………。」
惺にそんな過去があったなんて。
ポーカーフェイスで過去を隠して。誰にも知られない海底に真実を沈めて。

「…――あの子は愛される事を知らない。」

ドクターは真っ直ぐな眼差しで告げた。
「愛されたい欲求を、誰かを愛する事で満たしてきた。」
「……。」

「…――お前に、あの子を救えるのか。ロックオン・ストラトス」

ドクターの、冷たい声。
と、同時に奥から惺がひょっこりと顔を出した。
「…――ドクター、暫く此処に戻って来ないから、あの黒いトランクに入れて行っていい?」
ドクターは「好きにしろ」と答えた。惺は「どーも」とだけ告げて奥へと戻ってしまった。
俺はドクターを再度見据える。
先程の問いの答えは、考えなくてももう出ているのだから。



「俺は、彼女の笑顔を取り戻す。」



あの写真のように。
素直に彼女が笑えるように。

俺は――…


ドクターは、微笑んだ。
「お前、無自覚か?」
俺もドクターと同じように微笑んだ。奥から再び惺が戻って来る。
その瞳を見詰めながら。


「そうでも、ないぜ?」



俺は、やっとスタートラインへと立った。




The past story end.
2012.12.20

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