「…―――くたばれ惺・夏端月!!!!!」

それは突然の事だった。
今日は地上の王留美の隠れ家にて、マイスターのトレーニングをする予定だった。おれも、トレーニングに励もうと長い長い廊下を歩いて、大きな大きなトレーニングルームに向かっていた。
のだが、
突如降り注いだその乱暴な科白。そして一拍遅れて物凄い殺気。おれは咄嗟に振り向いた。
「ア、アレルヤ・ハプティズム…!!」
思わず口にしたその名前。しかし、目の前に居るのは明らかにアレルヤ・ハプティズムではない雰囲気を醸し出している。
ゴッ、と空気を裂く音。アレルヤの拳がおれの顔面目掛けて幾度も放たれる。
(い、一体何なんだ…っ)
突然の事に頭がついていかない。
取り敢えず、繰り出される攻撃を避けてやり過ごす。
戦争を経験し、兵士として訓練してきたおれにとっては、造作もないが、彼がどうしてこのような行動に出たのか、明確な理由が見付からないまま、混乱に満ちた思考で攻撃をかわす。
怪しげな笑みを浮かべたまま攻撃を続ける彼はまるで別人。
おれは「アレルヤ!」と叫んだ。
右腕を使えば簡単に彼を黙らせる事が出来る。しかし、彼を傷付けてしまうのは流石にいけない。
板挟みにあったまま、おれは徐々に壁に追い詰められる。

「…――惺っ!!!」

アレルヤの向こう側から走って来るロックオン。おれはその姿に冷や汗が止まらなくなった。
(これ以上、邪魔が増えたら、)
「来るなバカ!!!!!」
おれは叫んだ。同時に、アレルヤの腕を掴んで投げ飛ばす。ズジャァ、と床に身体を打ち付けたアレルヤ。痛そうだが、この右腕で切り刻まれるよりは余っ程マシだろう。
おれはロックオンの元まで駆け寄った。
「おい!なんだよあれは!」
彼は焦った表情で答える。
「ハレルヤって言う、第二人格だ…!お前、よく互角に戦えたな…」
「そんなことはいい。お前は向こうに行け」
「でも惺…!!」
「おれは大丈夫だから!」
どん、と彼を押す。同時に頭上を掠めた何か。
(ナ、ナイフ…!!!!)
何時の間に準備したんだ。
パラパラ、と数本舞っている自らの黒髪を見てヒヤリとした。
「惺・夏端月…!!!お前の力はこんなもんじゃないだろ!!!」
シュンッ、と頬の直ぐ横の空気が裂ける。
こんなところで右腕の存在をばらしてしまったらいけない。
おれの目的の為にも。
固まって動かないロックオンを押しやり、おれはアレルヤ――もといハレルヤに向き直った。
「お望みならば…っ!!!」
クルクル、とターン。空手でも拳法でもない、型に嵌まらないこの武術は、今まで戦争で生死を懸けて戦ってきた経験の産物だ。戦争で培った経験を今こんな所で使うだなんて思わなかった。
「…っ、」
飛んできた蹴りを避けてムーンサルト。
(くそ…、防御だけじゃ駄目だ)
ハレルヤの右手にあるナイフを見詰める。
せめて、おれにもナイフがあったら。
と、思った瞬間、おれの身体は勝手に動いていた。
キィン!と甲高い音を立てて、ナイフがおれの右腕に刺さる。一瞬だけ痛みに顔を歪めるが、それも想定内。
「いい加減…っ!!!!!」
拳を振りかざす。
「目を覚ませアレルヤ!!!!!」
パシッシィィイイン!!!!と、乾いた音が響いた。グーパンじゃなくて平手だったのは僅かに残っていた良心と罪悪感のせい。左手がじんじんと痛い。
おれは直ぐ様後ろに下がって、右腕に刺さったままのナイフを抜いた。義手とは言え、神経は繋がっているから痛いもんは痛い。
腕捲りしていたから良かった。バレないように然り気無く傷口をシャツで隠した。
「お、お前…」
予想外の平手打ちに、おれをじっと見据えたままのハレルヤ。しかし、おれの右手を確認して「成る程な」と呟くと続けた。

「喜べ。お前は今日から俺様の玩具だ」

ニヤニヤ、と楽しそうに告げるハレルヤ。
「次も期待してるぜ」と吐き出すと黙り込んでしまった。そして、次の瞬間には優しい雰囲気のアレルヤに戻る。
「…っ!惺、ごめん…っ、ハレルヤが…!」
「おれの事は構わない。それより頬…。ロックオン、濡れタオル頼む」
「ああ…!」
赤く腫れ上がった頬。容赦なく叩いてしまった結果がこれだ。流石のおれも罪悪感を覚えた。
右手の甲を彼の右頬にあてる。
「…冷たい……。」
アレルヤは呟いた。
そして、おれの手に触れる。
おれの冷たい手に温もりを吹き込むように。
だけど、おれの偽物の右手は温もりを感じない。その温もりを吹き込まれる事も無く、ただ、冷たいままそこに在った。

「…ごめん…」

叩いてしまったこと。温もりを受け取れないこと。
おれはどっちに謝ったのだろう。

「別に痛くないよ、平気」とアレルヤは微笑んだ。




2012.12.19


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