目が覚めると、見慣れている筈なのに若干違った天井が見えた。少しだるい。関節がギシギシ痛い。僕は、いつの間に部屋に帰ってきたのだろう。
疑問が浮かぶ。ゆっくりとベッドから体を起こすと、額からポスッと何かが膝に落ちた。
(…濡れ、タオル……?)
いや、まさか、とある考えが過った刹那、横から「起きたか」とメゾソプラノ。
椅子に座り、脚と腕を組んだ惺の姿。
「あまり動かない方が良い、熱があるからな」
やはり、と確信した。
僕は、彼女との会話の途中で、倒れてしまったのだ。
「お前の部屋、何処か分からなかったから、取り敢えずおれの部屋に運んでおいた」
成る程。だから、見慣れているのに若干違うように見えたのか。
静かに「すまない」と呟く。惺は、声には出さず、一度だけ軽く頷いた。
そして「今は寝ておけ」と告げる。
僕は、素直に彼女の言葉に甘える事にした。正直、自室に戻るのも億劫な程にだるかった。
再び枕に頭を埋めると、僕は部屋をぐるりと見回した。彼女の部屋に入るのは恐らくマイスターの中では僕が初めてだ。だから少なからず興味があった。妙に人間らしくない惺・夏端月の部屋の中がどうなっているのか。
構造は僕の部屋とそう変わらない。
雰囲気は、シンプル過ぎると言う表現ではしっくり来ない。質素、と言うか、そう、生活感が全く無い。
敢えて挙げるならば、テーブルの上にある飲み掛けのスポーツドリンクだけだろうか。それ以外は全く何もない。
「何も無いだろ」
僕の考えを見透かしたのか、彼女は無表情のままでそう告げた。僕の額にタオルを乗せると、テーブルの上に置いてあった本を手に取った。背表紙には「世界に伝わる神話」と書いてある。
「…君は……神を信じているのか…?」
意外に思った僕は、思わず問うた。惺は深く息を吐くと「いや」と答えた。
「興味があって、ただ軽く読んでるだけだ。おれは神なんて信じない」
そして、小さく、「神が居るなら、こんな仕打ちはない」と。一体何の事だろうか。僕には見当も付かない。
彼女の故郷に行った時もそうだが、もしかしたら、彼女の過去にはまだ大変な事が隠されているのではなかろうか。
「…君は……普通の人間とは違うな」
風邪の魔法だろうか。僕の唇からは次々と言葉が生まれる。
彼女は答えた。「…普通の人間では、戦えない」と。僕もだが、今日は彼女も饒舌らしい。
「君は…何と戦うんだ…?少なくとも僕達とは違うヴィジョンを持っている。争いの根絶の為に君はガンダムに乗っているようには見えない」
「戦う理由か…?愚問だな。」
ぴくり、と、彼女が反応したのを僕は見逃さなかった。

「…―――総てをゼロにする為に、だ。」

心臓が、跳ねた。
彼女は、世界を憎んでいる。そして、それに負けない破壊願望を抱えている。全てを悟った瞳。全てを投げ捨てた瞳。ただ、一つの目的だけの為に、それ以外を捨てた瞳。
「…君と…僕は……似ている…」
ヴェーダの為に生きている僕と、破壊の為に生きている君と。ヴェーダが無ければ壊れてしまう僕と、憎しみが無ければ壊れてしまう君と。彼女を見詰めると、向こうも僕を見詰め返す。
「…………。」
妙な沈黙の中、僕達はただそれしか知らないようにお互いに見つめ合っていた。
長い沈黙の中、先に口を開いたのは僕。
「…僕達は…光と影のように、切っても切れない存在なのかもしれない」
らしくない科白。それを風邪のせいにして。
「どうして、そう言える」
「僕もきっと…君と同じ瞳をしているから」
すると、珍しくポーカーフェイスを崩し、目を見開いて僕を見た惺。その反応に、風邪とは言え、何て事を口走ってしまったんだろうか、と後悔しかけたが、刹那、ゆっくりと彼女が口を開いた。
「確かに…おれ達は似ている…。不器用にしか生きられない、おれ達は…な、」
ふっ、と微笑む。
「光と影か…」と反芻して。

「おれが影になろう。」

凛とした声で答えた。
僕は、一瞬だけ浮かべられたその微笑に、目を奪われる。
「おれが影になることで光の存在を示そう。…だからお前は、おれを照らし導いてくれ」
影があるからこそ、そこに“在る”と実感出来る。君が僕を肯定することで僕は存在を示し、その僕の存在は対になった彼女の存在をも知らしめる。
「…おれには…、分からないことがひとつだけある。」
「分からないこと…?」
今まで、彼女とはあまり関わった事は無かったが、これまでの言動から察するに、頭は悪くない方だろう。寧ろ良い方だと思う。そんな彼女が、分からないこととは何か。
「それが未解決のまま、総てをゼロにするのは、少し、惜しい」
彼女は開いていた本に、栞を挟むとバタンと閉じた。
「おれが求めているものを、お前なら、示してくれるかも知れない」
おれに似ているお前なら、と、真っ直ぐな瞳に見入られて。
彼女は囁いた。それは、甘く、甘く、僕の身体中を駆け巡る。
「おれ達は似ている…」
僕は囁き返した。
「ああ、僕達は似ている…」
世界の破滅を願う者と、世界の変革を願う者。目的は違えども、僕達は、確かに似ていた。
(不思議だな、あんなにも惺を嫌がっていたのに)

惺は再び僕の額にあるタオルに触れた。それがまだ冷たいのを確認すると「おれは行こう。このままでは睡眠の妨げになるだろう?」と言った。
テーブルに本を置いて、椅子から立ち上がる。ああ、僕は、僕は…。

その左腕を、咄嗟に掴んだ。

見詰め合う僕達。触れたところから熱が伝わる。
「…一緒に、居て…くれない、か…?」
たどたどしく告げた言葉は上手く彼女に伝わっただろうか。らしくないとは自覚している。だけど、冷たいと思っていた彼女がこんなにも温かいと知ってしまったら、今日は手放したくはない。そう思う。
惺は、僕をじっと見詰めていた。
そして、一瞬だけ無表情を崩すと、

「…分かったよ、ティエリア。」

と、再び椅子に腰掛けたのだった。



2012.10.23
2014.01.25修正

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