おれはメリッサを見据える。
『愛していたのに』
メリッサの告げたその科白が妙に胸に刺さった。その、呪いにも似た言葉が、まるで責めるかのように。
「俺は…っ、頭領なんかよりも…っ!ずっと…惺さんを…!!」
身体の底から震える。
「おれ、は…」
小さく息を吸い込んだ。だけど言葉は素直に出てこない。
何時だっておれを苦しめる。「愛」と言う単語。その本当の意味すら分からずに。
『…――おれはお前に嘘は吐かないよ。だから正直に言う。おれはお前の本当の父さんじゃないんだよ』
『…――でも、おれはお前を本当の娘のように愛するよ。』

おれは愛を知らなかった。
愛されずに産まれ、道端に捨てられた。愛とは何か。与えられなかったそれの答えをずっと求めていた。あの時、やっと見付けたと思ったのに。
『……殺して、やる…っ!!!』
おれだって、惺を愛していたんだ――そう言いたいのに、こんな真っ赤に汚れた掌じゃ到底言えない。あんなに愛していたはずなのに、今では憎しみの方が勝っている。じゃあ、本当の愛は何処だ。
「………、っ」
不意に、鼻先にヒヤリとした感触。

「ゆ、き、…が、…っ」

ふわり、ふわり、と。
白いそれが、あの時のように。
真っ白で、大嫌いな。
(ああ、ゆきが、ふっている)
心が泣き叫ぶ。だけど不思議と涙は出て来ない。もう枯れ果ててしまったかのように。
銃口を向けられている事も忘れ、メリッサから視線を逸らし、静かに空を見上げた。「聞いてるんですか!頭領!」なんて怒鳴り声がするが、おれの耳には残らない。ただ、静かに、真っ白な雪を、見詰めて。
(もう、)

愛は、消えてしまったんだ、と。

「…この争いだらけの第五区で、純粋に誰かを愛せる人間はいたと思うか」
「……なにを…、言って…」
「…おれ達、人殺しが、愛を語れるのか?」
問うた。メリッサは後退る。核心に触れられたくないのか、そうでないのか。
冷たさを増す空気。寒くなる心。
「世界は醜さを孕んでいる。だから、必然的に、その世界で生まれる愛情には歪みが生じる。」
おれが惺を殺せたように。惺を憎んでいるように。
「本当は、お前も気付いている。自分の感情は純粋な愛だけではない。少なからず惺を恨んでいた。どうして自分を見てくれない。こんなにも好いているのに」
「…っ、!それ以上…っ!」
ぷつん。何かがはち切れた。
「認めろ!!!!!」
雪からメリッサに視線を移動。半ば睨み付けるかのように。ザクザクと砂浜を踏み締めてメリッサまで詰め寄った。
銃口を鷲掴む。これでもか、と感情を垂れ流して。全てを吐き出した。
「世界が醜いのはそこに蔓延る人間が醜いからだッ!!!愛なんて所詮幻想だ!!!」
ギリギリと握り締める。あまりの握力にパキパキと銃口に亀裂が入る。メリッサの震えとおれの震えが銃口に集まる。吐き出した言葉は止まる事を知らない。
「世界は…!!!人間は…!!!滅びなきゃいけないんだよ!!!」
おれも、お前も。みんな。
全てを失った無色の世界に、ただひとつ、強烈に刻み込まれている甘さに似た絶望。
この、厄介な感情の欠片[かけ]を、捨てる事が出来たら、おれは完璧に成れる。

「傷付き傷付ける世界なんて!!!」

おれが、

「ぶっ壊してやる!!!!!」

そう、その為に、ガンダムマイスターに成ったのだろう?







「雪が…」
惺とメリッサが駆けて行った方向をずっと見ていた。暫く経って降って来た雪に、心配で堪らなくなる。惺は、大丈夫だろうか、と。
最初は追い掛けようとしたが、何と無くそれはいけない気がしてティエリアと二人で部屋に残った。でも、今は、そんな事なんて気にせずに追い掛ければ良かったなんて思っている。
惺が何をするのか、メリッサが何をするのか、考えるだけで寒気がする。
あの時、「故郷に戻ってみればいいじゃないか」なんて、軽々しく答えるべきではなかった。その結果、こうして、再び彼女が傷付こうとしている。
「どうして、うまくいかないんだろうな」
ぽつり、と呟いた。
その刹那、
ダンッ、と荒々しく開く扉。
その先には全身ずぶ濡れの惺が立っている。一瞬、心臓が止まった。彼女の右眸が冷たい。
呆然と見詰める。惺は置いていた荷物を無言で掴み取ると、再び扉の元へ。
「おい、惺…何処に…」
「……終いだ。」
ぽつり、と、抑揚の無いその声が。
「…何が、あったんだよ……」
しかし、惺は答えてくれない。俺とティエリアも急いで荷物を持つと、ツカツカと先を行く彼女の背中を追い掛けた。
「おい!惺!」
呼び掛けても反応すらしてくれない。最後まで目すら合わせずに、そのままガンダムに乗り込んで一足先に飛び立ってしまった。

「…惺……」
小さく呼び掛ける。

終いだ、なんて、悲しい事を言わないでくれ。




2012.09.17
2013.07.10修正


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