不条理を哀す | ナノ
囚われたロマネスク



「おいっ!起きろ!」
「……スバル…?なに…」
「お前がすげぇ魘され方してっから、起こした」



スバルの怒鳴り声に重たい体を起こせば、言われた言葉。酷い魘され方。ああ、あの悪夢のせいか…。何で忘れてたんだろう。私の誕生日の次の日…つまり、今日は二人の命日なのに。私ってば最低。私が二人を忘れたらいけないのに忘れてたなんて。ぼんやりと目の前にいるスバルを見ながら自己嫌悪に浸っていれば、スバルの手が私の目元を拭う。そこで漸くと自分が泣いていることに気が付いた。



「そんなに怖い夢だったのかよ」
「さあ…。ところで何か用があったから来たんじゃないの」
「さっきの詫びとやらにお前の血を貰いに来た」
「ああ…。悪いけど今度にして。行かないといけないところ思いだしたから」
「あ?人の食事より優先することかよ」



腹が空いているらしいスバルに血液錠剤を投げ付けながら墓参りと呟く。どうやら聞こえてたらしく、途端に黙りこんで気まずいとばかり眉間に皺を寄せる。この末っ子は随分と他の五人に比べて、こういった話に素直な反応を返してくる。投げ返された血液錠剤をポケットに突っ込み、部屋を後にして階段を下ってしまう。リビングに置かれたままのロールケーキを適当に切り分け、残りを冷蔵庫に押し込んでおく。それを食べながら歩いていれば、目当ての人物は私の顔を見るなり顔を歪めて見せた。



「貴女と言う人は、廊下を歩きながら何を食べているんですか。これが私の姉だと言うのだから信じられません。穀潰しともどもいい加減にして下さい」
「レイジ、そんなことより庭の花を貰っても良い?」
「別に構いませんが…部屋に飾るのでしたら庭師に私から言っておきますが?」
「いや、その必要はない。欲しいのは今日だけだから」



許可を取ったところで庭に出て、切り取っても目立たない箇所に咲く花を切り落とし、それを簡単に包んでしまう。こんな事も随分と手慣れたものだ。一条の屋敷から、こっそり抜け出す時に自分でやっていたから。それも直ぐに見付かって連れ戻されてしまうから時間との勝負だった。あれから、どのくらい時が経っただろうか。二人が生きていれば、その子供たちも大きくなって新たな家庭を築いていたことだろう。そうして、その子も…。吸血鬼と人間の生きる時が違いすぎるから一緒にはいれないことは分かってた。それでも、それを願っていた私は愚かだ。あの日のように月のない夜の空を歩き、神無町を見下ろしながら目的の場所へと向かう。何度も足を運ばせた墓地。何代ものハンターが眠りにつく静かな場所に足を踏み入れ、一番奥の墓石の前で足を止めた。



「花束…?」



私しか墓参りに来る人物はいないはずなのに二人の墓の前には花が添えられていた。あの日に二人の親しい人間も皆、殺されてしまった。生き延びた者たちも吸血鬼の新たな襲撃を怖れ、この地を離れたはずだ。もしも戻ってきた者がいたところで二人を知る者は生きていないはずだ。では、この花は誰が置いたものだ。先日の吸血鬼?それとも例の人間?分からなかったが、不思議と嫌悪感は沸いて来なかった。だって、その花束は楓の好きな花で作られていたから。



「匂いは残ってない…本当に誰がおいた?」



答えが出ないなか、手にしていた花を手向けてしまう。墓石の下に眠る二人の生前を思いだし、拳を握りしめた。忘れる前に、また同じ業を犯そう。今日を境に、また人間の殻を被る。今度は完全なものではないけれど、それで良い。二人の事を忘れてしまおうとした私への戒めだ。瞼の裏に浮かぶ二人の姿が消えると同時に踵を返す。墓地から出ると携帯へと手を伸ばす。リストの更新を申請し、再びそれをしまった。少し離れたところで足が止まる。停車した車に自然と視線が向く。



「その格好、人間としての活動を終えたあとか?逆巻透吾」
「ふふっ、そうだよ。今日は墓参りかい?」
「…あの花、あんたが?」
「花?私は君がこの近くにいるから来ただけだから覚えがないな。それにハンターの管理下の場所には入らないよ」
「そう」
「乗りなさい。屋敷まで送ろう」



言われた通りにリムジンへと乗り込み、空いたスペースへと腰を降ろした。カールハインツが手を振れば、無言で運転手は車のアクセルを踏む。走り出した車の車外へと視線を向けながら適当に話に相槌を打っていく。相手は、どうやら話を聞いていようが構わないらしい。淡々と運転をしていく運転手と会話をしていればいいのに。近付いてくる屋敷に漸くと私の重い口が開いた。



「私、また人間の姿に戻るから。今度は戻そうなんて考えるなよ。どうせ完全にはなれない。両親が残してくれた体質を利用するだけだ」
「君の母親が純血種でありながら人間になった際に君は、その肚の中にいた。そして人間になった母親の影響によって純血種の誰もが持ち得ない体質…君だけの特殊能力を得たわけだが、それを利用するとなるとリスクを伴うんじゃないのかい?」
「別に。術式と能力の駆使による以前のよりは、リスクは低い。吸血鬼因子を眠らせることによる体への負担は後々考えれば良い」
「それでは困るのは君だが?色々と昨晩はあったそうじゃないか」
「…殺されたメイド、誰だったの」
「君の世話を良くしていたメイドだ」
「墓は、」
「我々、吸血鬼には墓を作る概念があまりないのは承知だろう。無論、ないが君が望むなら今日にでも作らせるよ」
「作ったら場所、教えて。それ以外の連絡はいらない」



車が屋敷の前で停車する。車を降り、ドアをしめようとする手を遮るように言葉が投げ掛けられた。人間に感化され過ぎるのは毒だ。その言葉に唇の端が持ち上がる。そんな忠告なんて手遅れだって気が付いているくせに。吸血鬼にとって死は祝祭、悲しむものではない。人間にとって死は永久の別れであり、悲しむものであって祝うものではない。正反対の考えを持つ両者は相容れることがないから何百年も争ってるんだ。そして私は、人間側の考えしか持てない。だから、お前の忠告も聞くつもりはないよ。だって、どうせ相容れないんだから。相容れる存在が現れるとしたら――。その考えを打ち消すように足に力をこめ、バルコニーまで上がってしまう。それと同時に中からバルコニーへと誰かが出てきた。



「悠稀ちゃん、どうしてそんな所にいるの?部屋に戻ったんじゃなかったけ?」
「ちょっと出掛けてた。…ユイは、そのままでいなよ。吸血鬼になっても人間の心のままで」
「え?」
「…ごめん、忘れて。代わりに空中散歩なんてどう?」
「新月だよ?吸血鬼って月の満ち欠けに左右されるから満月にしか飛べないって…」
「私は、あまり左右されないから」



少しだけ考える様子を見せた後にユイは、私の手を取った。ゆっくりと足を動かすように促し、怖がりながらも私の指示に従ってユイは歩き出す。暫くすれば、慣れてきたのか感動したように足を動かしながらも笑顔を浮かべる。



「凄い!こんな風に歩けるなんて物語の中だけかと思ってた!」
「新月なら散歩してても誰にも見られない。月がない夜は、それなりに楽しいんだよ」
「…ねえ、悠稀ちゃん。やっぱり何かあったの?さっきの事も…」
「ないよ。ただ、仲間が欲しくなっただけ。私と同じ考えを持つ仲間がね」
「それは、私じゃなれない?」
「ユイは、半分吸血鬼になってる。だけど、まだ半分は人間。だから、なれないよ。吸血鬼になったとしても無理かもね」
「どうして?悠稀ちゃんが言ってることって、人間が当たり前に持ってる考えってことだよね?それなら私は…」
「多分、それだけじゃ足りない。きっと、もっと残酷な事を今の私は考えてる。同じ考えを持つ自分の眷族が欲しいんだ。それをやることは人間の私が赦さない」
「眷族…」



真っ直ぐな瞳が私の考えを理解しようと必死に見てくる。それに小さく笑い、彼女の部屋にあるベランダへと誘導してしまう。未だに悩むユイの頭を撫で、おやすみと告げる。理解しようとしなくて良いよ。こんな醜い願望なんて。

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