不条理を哀す | ナノ
呼吸器官は可動停止



久しぶりの感覚に知らずのうちに首を傾げていた。そんなに長く吸血鬼の体でいたわけではないのに。少しだけ時間が足りなかったから調子は悪いけれど、この体の方が動きやすい。だって、現に血がなくても動くことが出来る。うん、こっちの体の方が良い。制服に着替え終え、リビングへと向かう。多少の違和感を感じつつ、欠伸を噛み殺しながらリビングへと入れば、感じる視線。それを黙殺し、眠気覚ましの珈琲へと手を伸ばす。その手が、目を丸くさせたライトによって掴まれた。



「姉さん?何で人間の…」
「別に此方の方が楽だから。暫く血もいらないし誰にも迷惑をかけてない」
「僕達が聞きたいのは、そう言うことじゃありません。どんな純血種でも人間になったりなんて出来ません。それに、もう覚醒したはずでしょう?」
「…純血種は特別な術式により、一人の純血種の命を代償に人間になれる。そうやって幾人もの純血種は、終わりなき生に終止符を打った。母もその一人。瀕死だった父の命と引き換えに人間になった。その時に肚に宿ってたらしい私には擬似的に人間の殻を被る能力のような体質が生まれた。納得した?」
「そのような術式が…なるほど、それで貴女は母親は人間だと言っていたわけですか」
「そう。覚醒前のは、その体質と術式を組み合わせてたものだけど今は体質だけ。簡単にどちらにもなれる」



これだけ話せば十分でしょ。不満そうな顔をする面々に言ってから中止されていた珈琲を飲む行為を再開させた。母様たちが人間になろうとした本当の理由まで言う必要はあるまい。それは、いらない情報だろう。にしても学校とか面倒くさい。リストの更新を申請したのにまだ来ないから仕事にも行けないし。リムジンが着いたから外へ出るようにと言うレイジの言葉に渋々と外へと出た。この中に八人も乗るなんて何か窮屈そうだし、やっぱり行きたくないなぁ。そう思ってリムジンへと背を向けたところで襟首を掴まれ、半ば無理やりにリムジンへと乗せられた。



「貴女までシュウのような行動をしないで頂きたい。学校にも行かずに留年をされては目も当てられません」
「別にもう黒主学園の普通科で高等部は卒業してるから行かなくても良い。夜間部に席を置いてるし」
「今は嶺帝学院の生徒です」
「だっせ、シチサンメガネに説教されてやがる!」
「先にあっちの頭の悪そうな弟を教育し直したら?」
「んだと!このアヤト様の何処が頭が悪そうなんだよ!」



そうやって自分の事をアヤト様とか言ったりする辺りじゃない?それを黙って口に出さずにいれば、バカにされていると思ったのか。更に捲し立てて来るので、その煩さにスバルがキレた。いっそう煩くなった車内においてシュウは音楽プレイヤーの音量をあげていく。ライトは相変わらず笑いながら止める様子もなく、カナトは煩そうにするもののテディと話をしている。ユイは気まずそうにしながらも飛び火がしてこないように大人しくしている辺りは学習したってところか。レイジの説教を聞き流しながらリムジンが停まるのを待っていた。漸くと学校に着き、さっさと無法地帯の車内から離脱してしまう。靴を履き替え、廊下を歩いていると同じクラスの女子生徒に囲まれ始めた。



「おはよー、逆巻さん。これ、休んでた分のプリントだよ」
「ああ、ありがとう」
「それでね!私、シュウ君とお話ししたいんだ!」
「私は、カナト君!」
「…私に橋渡しなんて頼まないで。近寄りたければ自分で行ったら良い。君達なら彼奴らがいるところなんて知ってるでしょう」



これだから学校に来たくなかったんだ。兄弟に言い寄りたい連中に言い寄られるのが面倒くさい。夜間部にいたころは普通科との接触が皆無に近かったから、こんな事はなかったのに。本当に黒主学園に戻りたい。溜め息を吐き出しつつ、前方から聞こえてくる黄色い声に顔を上げた。…一番、面倒なのと遭遇した気がする。無神コウを中心に形成された女子生徒の塊。廊下のど真ん中だと言うのにみっともない。私に橋渡しを頼んできた生徒たちもそちらへと走っていく。要は顔が良ければ、全て良しと言ったところか。吸血鬼の顔が整っているのは、より効率良く餌を捕まえるためだって言うのに。まあ、知らぬが仏だな。邪魔くさい集団の横を通りすぎる際に無神コウと目が合う。先に目を逸らし、黙って歩き続けた。たどり着いた教室に入ろうとしたところで誰かに腕を取られる。相手なんて気配で直ぐに分かった。だが、すれ違い様に何も言ってこなかったと言うのに、わざわざ追い掛けてくるなんて。



「やっほー、悠稀ちゃん」
「離せ。何のつもり」
「そんな怖い顔しないでよ。俺は少しお話ししたいだけだってばー。でも、此処じゃ人目がありすぎるよね」



相手の言うことは最もであった。こいつのせいで周りは女子生徒ばかり。溜め息を吐きたくなるのを我慢し、黙って腕を引っ張られるままに歩き出した。あの兄弟たちの耳に入らないことを祈るのみだな。無神と接触したとなると煩いから。特に三つ子だ。私は、お前らの玩具でも何でもないと言うのに。足を動かしていれば、不意にそれが止められる。人気の全くない校舎裏。加えて、そろそろ授業が始まる時間だ。当分は誰も来ないだろう。そんな事を考えていれば、校舎の壁へと背中を押し付けられる。痛みはあったが、それを表情には出さずに銃へと手を伸ばす。



「なあ、何なのその姿。可笑しいよねぇ、吸血鬼に戻ったはずでしょ?」
「何だ…カールハインツに聞いてないのか。私は、一時的に人間の体になれる体質だよ。これで疑問は解けた?だったら退いてくれない。背中、痛いんだけど」
「ムカつく…俺を見下したような顔しちゃってさぁ。純血種って皆そうなわけ?」



何か面倒くさいことになった気がする。薄々こいつは裏表が激しそうだとは思ってたけど…。こう言うタイプって下手に刺激すると更に厄介な事になる。かと言って黙ってても無駄なんだろうな。さて、どう答えるが正解か。そもそも見下すも何も元から吸血鬼なんて嫌いだし眼中にないし見下すまでもないんだよね。これを言ったら火に油を注ぐだろうから言わないけど。あーあ、本当に面倒くさいな。私の事を探るように目を細めたかと思えば、腕を掴む手に力が込められる。その痛みに微かに表情が歪んだ。



「今さ、俺のこと面倒くさいと思ったでしょ?」
「へえ、その根拠は?」
「俺の目は特別なの。あの方が下さった、この目は相手が何を考えてるのか分かっちゃうわけ」
「随分と彼奴はいいご趣味をお持ちで。でも、それを私の前で言うお前はバカだね」
「バカ?お前みたいな人間に毒された吸血鬼が俺をバカにするなんて生意気だよねー。どっちが優位だか考えてから喋った方が良いんじゃない?今のお前なら簡単に殺せちゃうんだから」
「その言葉をそっくりそのまま返してやる。その特別な目とやら、どうせ術式の類いだろ?だったら一時的に他人の考えが見えないように術式を上書きすることくらい造作もない。殺すことも右に同じだよ」



無神コウの目の色が変わったのを見た途端に口角が上がるのを自覚する。我ながらいい性格をしている。苛立ったように更に力を込めてくる手を腕から離そうとしたところで誰かに名前を呼ばれた気がした。本当に小さな声であったが、そちらへと視線だけを投じる。かなりの距離があったが、それが誰だか認識できたところで無意識に目を見張っていた。そんなはずない。生きてるはずなんて、そんなの…あるはずがない。

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