不条理を哀す | ナノ
レム睡眠に溺れる



「ぅむ…ふぶ、き……?」
「悪い、起こしたか。こんなに遅くなって悪かった。ちゃんと仕切り直すから」



街で遊び疲れ、絋の家でご飯を食べて絋の妹たちとお風呂に入ってから寝てしまった私を吹雪は、どうやら迎えに来てくれたようだ。起こしてくれても良かったのに…。睡魔に負けそうになりながら、ぬいぐるみを抱いていない方の手で吹雪の服を掴む。そうすると頭を撫でられた。それで、また睡魔が一段と深くなっていく。重い瞼を一生懸命に持ち上げようとしていると鼻先を血液特有の匂いが掠めた。ドクリといやに脈打つ心臓のせいで一気に意識が覚醒していく。この先に住んでいるのは私達だけだ。だとすれば、この匂いは……。



「楓の、血のにおい…?」
「! 悠稀、お前は此処にいろ」
「だ、ダメ…!なにか嫌な気配がするの…だからっ、」
「大丈夫だ。絶対に迎えに来る」



ギュッとぬいぐるみを抱き締めながら小さく頷く。そんな私の頭を撫でてから昼間と同じように吹雪は駆けていく。大丈夫…吹雪は、ハンターで一番強いんだから…。生い茂る木々の中に紛れていく姿を見送りながら、その場に膝を抱えてしまう。どうしようもなく不安が募っていく。集まってきた梟が近くのに木に止まって鳴いている。その声を聞きながら、風が運んできた新しい血の匂いに目をキツく瞑った。吹雪は迎えに来てくれるって言った…でも、この血の匂いは…。頭を過る光景に自然と足が動き出す。やだっ、嫌だよ…。家に近付けば近付くほどに血の匂いが強くなっていく。呼吸が止まるんじゃないかってぐらい息が苦しい。それでも走り続け、中へと足を踏み入れた。茫然としながら爪先に触れたモノへと視線を向けて、小さく悲鳴が口から漏れていく。



「楓っ、楓…!何で、こんな…」



深く肉を抉るように作られた肩の傷から視線が首へと向く。吸血鬼特有の噛み痕。まさか、吸血鬼に襲われた…?でも、普通の吸血鬼だったら楓が負けるはずがない。感じるのは、もっと恐ろしい気配だ。どうして、なんで…純血種が此処にいる。私以外は、自由に動ける純血種なんていない。誰もが行動を制限されて監視の目が向けられてる。そんななかでハンターである神代を襲う純血種なんているはずがない。だって、協定でそう決まってるはずなのに…。体全体に震えが走るのを堪え、ふらりと立ち上がって家の奥へと足を向ける。見えた赤に目眩がした。



「ふ、ぶき…」
「おや、どうやら戻ってきたようだね。初めまして、僕の可愛い姪の悠稀」
「逃げろ…こいつは、玖蘭の…!」
「玖蘭…母さまの…」
「ああ、そうだよ。僕は舞姉さんの弟。そして君の父親を殺した犯人も僕さ」



目の前が真っ暗になった気がした。父さまを殺した男が母さまの弟で?そいつが、楓を殺して吹雪を殺そうとしてる?そんなの、だめ…。身の内に宿る恐怖を押し込め、使い魔へと指示を下す。遥かに力がある大人の吸血鬼、それも純血種に使い魔ごときが敵うはずがないことは分かってる。少しの間の足止めだ。今にも倒れてしまいそうな吹雪の体を使い魔に手伝って貰いながら引っ張り、家から逃げ出す。森に隠れている間に協会にどうにか助けを求めることが出来れば…。



「悠稀、待て…!俺の話を聞けっ」
「あとで聞くから…」
「ダメだ。良いか、悠稀。俺は、もう助からない。奴に噛まれた…時期に体が吸血鬼化する」
「そんなっ、」
「その前に俺を殺せ。対吸血鬼用の武器の使い方は教えただろ?…そんな顔をするな」
「やだっ…吹雪もいなくなるなんて、そんなの…っ、」
「大丈夫だ。お前の母さんが言ってただろ?その人の事を忘れない限り、誰かが忘れてしまっても自分の心の中では生き続けてるって。陳腐な言葉だと昔は思った。だけどな、今ならそれが良く分かる。だから、お前が覚えててくれれば俺は何時も側にいる」



幼子に言い聞かすように、ゆっくりと優しい口調で吹雪は私に告げてくる。そんなの嘘だよ。私には信じられない。涙の膜が張っていく目をきつく閉じて首を横へと振る。そんな私を怒ることもなく抱き締めると頭を撫でながら対吸血鬼用の武器を手渡してくる。そんな吹雪の気配が段々と人間から遠ざかっていく。静かに涙が頬を伝って地面の土へと吸い込まれた。



「何処に隠れても匂いで分かるよ。さあ、隠れん坊は終わりだ。悠稀を殺して僕の所へ連れておいで」



何処からともなく聞こえてきた、あの男の声。其処らじゅうに木霊しているみたいで気持ちが悪い。そして、吹雪の手が首へと伸びていく。ああ、もうダメだ。妙に冷静なもう一人の私が頭の中で呟いた。首を絞められたぐらいじゃ私は死ねない。だけど、この手の中の武器を取られたらおしまいだ。苦痛に歪む吹雪の顔が辛くて見ていられなかった。



「っ、ざけんな…誰が殺すか…こいつは俺たち兄妹の大切な妹だ……悠稀、俺を殺したら逃げろ。約束なんて全部破ってでも生き延びてくれ」
「さあ、殺せ」
「いや、だ……くそっ!俺を殺せ!悠稀!!早くしろ!」
「…っ、ふぶき…」
「……いい子だ」



こんな苦しそうな彼の顔なんてもう見たくない。呼吸が苦しいなか、吹雪の心臓へと銃口を向ける。そうすれば、何時もみたいにいい子だと言って震える手が私の頭を撫でていく。目を伏せた次の瞬間に銃声が月のない静寂の夜を裂いた。途端に気道に入り込んできた酸素に噎せながら体を起こし、武器を抱き締める。吹雪の最後の願いを叶えるために空へと走り出す。新月の夜は純血種でも空を飛ぶことは難しい。だけど、私は月のない夜にしか空を歩くことは禁止されてた。だからこそ慣れから直ぐに浮くことが出来る。空の上を走って逃げても彼奴の声が耳の奥で響く感覚に耳を掌で閉じてしまう。そんな私が空から見た光景は、先程までいた街が赤く燃える光景だった。暴れる吸血鬼。逃げ惑う人々。ハンターを失った街は襲撃に堪えられない。協会本部に報せたところで手遅れだ。これを指示したのは、あの男?私が家にいなかったから?だから、街を襲った?その光景から目を逸らすように背を向け、走り出した。


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