呪朱 | ナノ
遣らずの夕時雨



質問の問いは簡単だった。何処でこの鍵を拾ったのか。それだけなのに、その時を思い出して再び気分が悪くなった。あんな光景を口にしなければならないと言うのか。けれど、それは仕方がない事だと分かってはいる。この場において情報の共有は大切な事だから。今でも鮮明に覚えている光景を頭の片隅に起きながらも、ゆっくりと口を開いた。震える両手を握りしめながら当時の事を口にしていく。



「人体模型に遭遇した時に尻餅ついちゃって…その時に廊下で拾って…」
「尻餅ついちゃったって…あんたよく生きてられたねー」
「こら、敦」
「それは、その…普通じゃ、なかったし……」
「普通じゃなかったのか?」
「あ、えと…手足が曲がってたので動きが遅くて……それとっ、」



誠凛高校の凄く大きな人の問いに答えようとして更に詳しく記憶を掘り起こして吐き気が止まらなかった。だって、あんなの普通じゃない。まるで生きてるみたいに血が通ってて脳が…。そこまで考えて慌てて脳裏から光景を消すように口許を押さえながら目を瞑った。言わないといけない。でも、言いたくない。口に出すのもおぞましい。けれど、それを許さないとばかりに感じる圧力。同じ高校生のはずなのに周りの人達はそうじゃないみたいだ。一番最初に声を掛けてくれて隣に座ってくれていた人がゆっくりと私の背中を擦ってくれる。それに励まされるように俯きながらも漸くと声を振り絞った。



「まるでっ、生きてる、みたいだったんです…血が流れてて……臓器も本物みたいだった…っ」
「みたいだっつーことは確証はねえのか?」
「……脳が、本物みたいで……床に落ちた時に、それが……」
「分かった、もう良い。顔色が真っ青だね、悪いことをしたよ」



高尾くんが赤司征十郎だと教えてくれた赤髪の彼の言葉は本当にそう思ってるようなものではなかった。一瞬で彼とは仲良くなれなさそうだと直感する。彼が鍵を手で遊びながらそれを見つめて思案を繰り返す。そんな様子を見ていると眼鏡を掛けた関西弁の人に声を掛けられた。狐のように細められた目。此処には何だか苦手な人しかいないらしい。今吉翔一、此処を出るまでよろしゅうしたってや。その言葉に頷くだけに留め、何か用件があるのだろうと無意識に身構えた。だって、そうでもしないと雰囲気に呑み込まれてしまいそうな気がしたから。それにコソコソと霧崎第一校の人達が私に今吉さんが声を掛けた途端に話を始めたのだ。それらの要因によって身構えつつ、出来るだけ先程のような質問ではないことを祈った。



「そう肩の力をいれんといてや。ゆずるちゃん、いま何持っとるんや?」
「……えっ?持ち物、ですか?…あ、えっと……」



あまりにも予想外の問いだった。それ故に暫し反応が遅れてしまい、慌ててセーラー服の数少ないポケットに手を突っ込んだ。別に特別な物は持っていなかったと思う。練習の休憩途中ぐらいに携帯を触る程度だったし。あ、それと友達に貰った飴玉。あとは何があるだろうか。飴玉に痛いほどの視線を送っている一番大きな人を視界に納めつつ、もう片方のポケットへと手をいれる。チリンッと指先に触れた物が音を鳴らす。鈴なんてポケットにいれた記憶なんてない。首を傾げながらも取り出せば、その鈴の紐には何か紙が結び付けられている。見覚えのある鈴に首を更に傾げ、結び付けられていた紙がほどかれていくのを見つめていた。



「……これ、自分のなん?」
「いいえ」
「ビンゴやで赤司。秀徳さんだけ持ってへんかったからもしかしたらやと思ったんや」
「何って書いてありますか?」
「"…あの子が選ばれた。どうして?私の方が技術も勝ってるはずなのに。それに、どうして緑の彼とも話をしているの。何で欲しいものを彼女ばかりが…"」
「うわぁ…もろ嫉妬の文じゃないっスか。その日記みたいのみんなそうなわけ?」
「選ばれた、技術も勝ってるはずなのに…。部活の選抜のようなものか。…君は吹奏楽部と言っていたな」



その問いに何が聞きたいのか直ぐに分かった。コンクールのメンバーに選ばれているかどうか。そして、この文章が指すあの子が私であるかを確かめためたいのだろう。確かにメンバーには選ばれた。けれど、中学から吹奏楽部で漸くと初めて二年で選ばれたのだ。技術が勝ってるとか言われたって比べる対象がいないのだから分からない。それに緑の彼とは誰を指しているのか何て身に覚えがない。そう答える前に高尾くんが緑間くんに何故か覚えがあるかと問いだした。あれ、そう言えば…緑の彼って、もしかして…?特徴が緑なら可能性は大きい。それを裏付けるように一斉に視線が彼へと集中した。



「…特に覚えがないのだよ。朽葉先輩は、どうですか」
「え、……いや、ないと思う…」
「じゃあマジで何でアンタ此処にいんだ?共通点なんてねえし」
「共通点…?」
「此処にいるのは全員バスケ部なんだよ。君は吹奏楽部で…秀徳生って言うのが彼等とだけの共通点かな」



この場において確実に身長が小さい人と泣き黒子の人の言葉に小さくなるほどとだけ呟いた。納得、だから全員が顔見知りで私への警戒心が強いのか。何だか酷く落ち込んでた気分に掌に乗せていた鈴へと視線を落とす。どうして、これは此処にあるのだろうか。だって、これ…。そこまで考えて、どうして此処に私がいる原因がこれではないのかと思った。確かにこれは返したものだ。それを私が持ってるから可笑しいんじゃないんだろうか。それに、あの時に…。



「気味が悪いって言ってた……?」
「その鈴がどうかしたのかよ」
「ひっ…!」
「何ビビってんだよ。轢くぞ」
「こら、宮地。後輩相手に…しかも女子に何言ってるんだ」
「大坪ぉ…さっきからこいつ俺にビビってばっかいるから流石に苛つくだろ」
「それより、それがどうかしたの?ただの鈴でしょう?」
「あ、これ…私のじゃなくて。それに返したはずだし……友達が、気味が悪いって言ってた気がして……」



私が言葉を言い切る前に鈴は、霧崎第一校の麿眉の人に持っていかれた。それを観察しながら、ただの鈴の表面を指で撫でた。何か気になることがあるのか。一点を凝視したまま微動だにしない。不意に彼が腕を振り上げ、それを床へと叩き付ける。真っ二つに綺麗に割れたそれから記憶媒体のようなものが転がり出てきた。



「ふはっ、やっぱりな。…おい、これ返したとか言ってたよな。どういう意味だ?」
「廊下で前を歩いてた人が落としたのを拾って直ぐにその人に。……何となく友達が気味が悪いって言ってただけで後は何も…」
「……なあ、本当にそれだったのかよ、ですか?よく覚えてたよな…」



何だか可笑しな敬語の使い方をする彼の言葉に私は黙ったまま頷いた。記憶力だけは自信がある。だからこそ覚えていたのだが、これを落としたのが女子生徒だったことしか思い出せないのは何故だろうか。それに友達の気味が悪いって言葉が引っ掛かる。彼女は何かを感じたのだろうか?ぐるぐると回る思考を抱えながら壊された鈴へと視線を注いでいた。




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