呪朱 | ナノ
涙腺切断



私の周りを囲む化物の群れ。それを目にした瞬間、絶望にも諦めにも似た気持ちが込み上げてきた。もう何も考えたくない。きっと、ここで死んじゃうんだ。意味のわからない事に巻き込まれて結局は、こんな終わり方。何て呆気ないんだろう。もっとやりたいことがあったのに…。はらはらと涙が溢れていく。制服に落ちたそれが染みを作るのを見下ろしていれば、不気味な唸り声が耳元をかする。ぎゅっとキツく目を閉じて、覚悟を決めたと同時に大きな物音がした。それに釣られるように目を開ければ、まさに目の前の化物の顔にイスがぶつかる瞬間。イスによって化物の体が廊下へと叩き付けられ、それによって響いた大きな物音に思わず目を驚きで閉じてしまう。何…?何が起きてるの……!?状況が飲み込めずにいると誰かに腕を掴まれ、座り込んでいた体が立たされる。そのまま走り出すのにつられ、足を懸命に動かした。空き教室まで逃げ込んだところで腕が離され、必死に肺が酸素を取り込もうとするから思わず咳き込んでしまう。近くから聞こえてくる乱れた呼吸音に、ゆっくりと顔をあげた。



「……しゅう、ちゃん……?」
「その呼び方やめろって言ってんだろ。つか、お前何やってんだ!あんな化物の群れの中で泣きやがって死ぬ気か!!」
「だ、だって…」
「だってもくそもあるか、このバカ!」
「ご、ごめっ……」



そこから先は言葉が喉で詰まって出ては来なかった。幼馴染みである虹村修造が、いる。こんな事なんてあるわけないと思ってた。知らない人ばかりで、修ちゃんに会えるなんて。恐怖からではなく、安堵からの涙が流れて止まらない。ボロボロと泣く私を見て修ちゃんが頭を小さく掻いたかと思えば、不器用な手付きで頭を撫でてきた。何時も泣くと修ちゃんか優ちゃんがこうしてくれたことを思い出す。そのせいで余計に涙腺が緩んだ。子供みたいに修ちゃんのことを呼んで泣く私の背中を宥めるように擦ってくれる。



「おら、いい加減に泣き止めよ」
「ううっ…あと、すこし……」
「お前のあと少しは何時も長いんだよ」



否定できない。それから暫く泣いて、少し腫れて痛い目元をこれ以上は刺激しないように制服の袖を押し付けて涙を拭ってしまう。修ちゃんは呆れたように、やっと泣き止んだのかよと言ってくる。けど、それをスルーして何で此処にいるのかと尋ねた。そしたら無視されたのが気に食わなかったのか。容赦ないデコピンを食らった。……痛い。額を擦りながら話を大人しく聞いてみると、こうだ。気が付いたら家庭科室に倒れていて、其処で先ず化物と遭遇。逃げた先では私が泣いて化物に囲まれていたので近くの教室のイスを投げて逃走。今に至ると。



「…修ちゃん、化物と対決ばっか」
「半分は、お前のせいだろ。そんで何でお前がいるんだ?」
「図書室で目が覚めて外に出たら人体模型と遭遇して…それから色々あってまた図書室に行ったら穴に落ちたの」
「間抜け」
「うー…。それから一人で脱出しようとしたら鏡張りの部屋に出たの。其処に閉じ込められてた女の子を助けようとしたら襲われて…また穴に落ちたら化物の群れの中」
「……なるほどな。しっかし、これからどうするかだな。此処も何れは見つかっちまう」
「体育館に行こう?同じ人達がいるの。確か修ちゃんと中学が同じの人達も……えっと、キセキの世代?」



そう言ったら、何だか面倒くさそうな顔をした。だけど、それ以上に嬉しそうに見える。やっぱり知り合いなんだ。やっぱり、面識がないのは私だけなんだって少しだけ悲しくなる。けれど、今はそんなことを考えてる場合じゃない。とにかく体育館に戻ることだけを考えろ。そうは言っても戻り方が分からないのが困りものだ。無闇やたらに動き回っては、また化物に囲まれてしまう。頭を悩ませていると修ちゃんは何の躊躇いもなく、教室の扉を開けた。



「しゅ、修ちゃん!?」
「何だよ、体育館に行くんだろ?」
「そうだけど道分からないし……」
「はっ?変に古びってけど、ここ俺らが通ってた小学校だろ?」
「え?」



本当に間抜けな声が出たと思う。でも、本当に驚いたのだ。確かに言われてみれば似てるかもしれない。体育館が三階にあるなんて可笑しな作りをしていたし。それでも、信じられなかった。こんな化物の巣窟が母校にあたる小学校だなんて。今一つ納得が出来なかったけど、それならば体育館に戻ることが出来るかもしれない。修ちゃんのブレザーの端を持って、置いていかれないように後を着いていく。うざがられたけどらこれだけは譲れない。仮に此処が家庭科室があったニ階なら、体育館は彼方の校舎にあるはずだ。つまり、化物のいそうな渡り廊下を渡らなければならない。それを考えるだけで身の毛がよだった。でも、それにしても妙に引っ掛かる。私が最初にいた一階ってあんな似たような教室ばかりが並んでいただろうか。それこそ気味が悪いぐらいに。修ちゃんの言う通りに小学校なのかもしれないけど、きっと何かが可笑しいんだ。異常なことは分かりきっていたけど改めて考えてみて、更に恐怖が募った。渡り廊下を何とか乗りきって及び腰で進んでいれば、不意に職員室から何かを食べているような音が耳につく。な、何か…いる…?



「……ね、ねえ…修ちゃん…職員室、」
「職員室?」
「変な音……」
「っ、走れっ!!」



私の声に首を傾げながら職員室へと視線を向けた修ちゃんが血相を変えて声を荒げた。それに逆らうことなく走り出す。やっぱり何か化物がいたんだ…!見たくもないから振り返らずに走り続け、足が縺れそうになりながら階段を駆け上がり、漸くと体育館に逃げ込むことが出来た。扉越しで何かが暴れている。それがいなくなると同時に力が抜けてへたりこんでしまった。




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