呪朱 | ナノ
インソムニアの妄執



体育館に飛び込んでから一気に体の力が抜けていくのが分かる。隣を見れば、修ちゃんも似たような感じだ。お互いに無事だったことに安堵しながらも彼が職員室で何を見たのかが気になった。だって、修ちゃんが血相を変えるほどの何かだ。怖いけれど気にならない方が可笑しい。そんなことを考えながら未だに整わない呼吸に肩を上下させていれば、不意に私の上に影が差した。



「おいっ朽葉!無事か!?」
「福井さん…はい、大丈夫です」
「どこがアルか。怪我してるアル」
「あ…そう言えば…」



言われるまで完全に忘れていた腕の傷を改めて認識すると思い出したように痛んだ。傷を労るような言葉を掛けられ、次いでよく頑張ったと頭を撫でられる。陽泉の皆さんに心配かけてしまったことが本当に申し訳ない。そんなやり取りをしていると赤司くんが隣にいた修ちゃんを呼んだ。虹村さん。その言葉に反応するように顔をあげた修ちゃんが、おう、と返事を返しながら軽く右手をあげる。それに反応するようにキセキの世代と言われているらしい緑間くんを筆頭に修ちゃんの元へと集まってくる。わらわらと押し寄せてくる彼等に潰される前にと立ち上がり、秀徳の皆さんの元へと駆け寄った。戻った瞬間に宮地さんに額への強烈な指弾がなされ、意味が分からずにそこを押さえてじわじわと込み上げてくる涙を堪える。



「無駄な心配させんじゃねーよ。ったく、ちびのくせに」
「うっ…すみません……」
「宮地さんってば、むちゃくちゃ心配してたんだぜー?まったく素直じゃないよな」
「高尾ォ!テメッいい度胸してんじゃねぇかよ、ぶっ殺す!」
「まあまあ、落ち着け宮地。…よく頑張ったな、朽葉」



労るように大坪さんに頭を撫でられ、その心地好さについ目が細まっていく。子供のように、こくりと頷いて、そのまま頭を撫でもらう。凄く安心する。怪我の痛みで完全には気が抜けるわけではないけれど、本当に落ち着く。自然と口許が緩んでいるのは自覚していたけれど、それを第三者から指摘されるのは凄く胸に突き刺さった。気持ち悪い、そんな一言だけでもメンタルの弱さに自信がある私の上に心には結構突き刺さる。宮地さんめ……。恨みがましいが、大坪さんの背後に隠れてキッと目尻を上げる反抗しか出来そうにもない。こんな攻防を繰り広げていると、またもや円になるようにとの声が赤司くんから発せられる。これは私と修ちゃんの話が聞きたいのだろう。それならば、修ちゃんの隣にいた方が良い。我が幼馴染みの元へと寄れば、何故か頭を乱暴に撫でられた。髪がぐしゃぐしゃ……。隣り合って座れば話し合いの始まりだ。



「それでは先ず、虹村さん。初対面の方もいますから、自己紹介をお願いできますか」
「おう。虹村修造だ。一応これの幼馴染み」
「え、そうなんスか!?幼馴染みいるなんて聞いたことないっスよ!」
「言ってねぇからな」
「ほんで何があったんや?朽葉さんが別行動するまでの話は聞いたんやけど」
「……もう聞いていると思いますけど、穴に落ちた後に扉を見付けたんです。そこを開けると学校の廊下みたいで、」



出来るだけ詳細に自分が思い出せるだけの話をしていく。女の子についての話に差し掛かった途端に赤司くんをはじめとするキセキの皆さんや桐皇の皆さん。それに修ちゃんまでもが大きな反応を示す。だけど、一番大きな反応を示したのは青峰くんだった。何か焦ったような表情で弾かれたように立ち上がった彼は私を真っ直ぐに見下ろす。



「さつきがいんのか……!?」
「さつきさん……?」
「桃井さつきさんです。青峰くんの幼馴染みで桐皇のマネージャーです」
「何処にいんだ!?おいっ!」
「青峰、落ち着くのだよ。朽葉先輩は、まだ桃井のことについて話終えてない」



桃井さつきさん。青峰くんの幼馴染みの人。それを聞いて彼の表情に納得がいた。そして不意に思い出すのだ、例の壁に刻まれていた文字を。あれは、彼と彼女の事だったのではないだろうか。では、桃井さんを閉じ込めていたのは、その文を書いた少女なのだろうか。おそらく……いや、きっとそうなのだろう。そうでなければ、あんなにも執拗に私の邪魔をしなかったはずだ。ここまで考えて一先ず、この事については後回しにしておく。今は桃井さんの状況を説明するのが先決だもの。



「あのっ、それで彼女が閉じ込められてる場所なんですけど、先程お話しした通りに鏡の部屋なんです。硝子に阻まれていて、おそらく赤司くんに渡した鍵で開くと思うんです。調べていたら鍵穴が見付かったので今のところ鍵らしい鍵は、それだけですから」
「なるほど……別の鍵の可能性もありうるな。そうなると鍵を探すことも視野に入れた方が良さそうだな」
「それで虹村と合流したっつーことで話は終わりか?」



笠松さんの問いに小さく頭を振り、否定の言葉を口にした。次の話は自分からしてみれば、酷く恐ろしいことだった。けれど、それと同時に桃井さんを助けると誓った瞬間の話だ。小さく深呼吸をしてから拳を握り、未だに焦燥の色を浮かべる青峰くんへと視線を向ける。今の彼は物凄く幼馴染みである桃井さんの安否を気にかけているからこそ話さなければならない。……正直、青峰くんのイメージは怖い人だったけれど、そんな事はなかった。やはり、見た目と言う先入観での評価は、あてにならない。



「もう一人、別の女の子がいたんです」
「それって同じ様に囚われていたって事かしら?」
「いえ……半透明でしたので亡くなった方だと思います。たぶん、例の日記のうちの一人だと」
「この件を仕組んだ奴等のうちの一人か……死んでるっつーことは仲間割れが相当酷くて殺されたってことか。ふはっ、ざまあねぇな」
「その子がナイフを片手に桃井さんに対して出してあげないと言っていました。私のことを排除したかったようでナイフで襲い掛かってきて……それで足元がなくて真っ暗な闇に落ちた先で修ちゃんと合流したと言うか助けられた感じです」



一先ず話を終え、あとは黙って皆さんの考えが飛び交うのを聞いていた。頼まれれば、また桃井さんの元までの案内もするつもりだ。体力が持つかは不安なところだけど、そんな事を言っている場合じゃない。それに早く助けてあげないと……。不安と焦燥が増していく。今の彼女は閉じ込められているだけだけど何時、危害を加えられるか分かったものではない。皆さんもそれを気にしている。相手は幽霊、それもナイフなんて物騒な物を持っているのだから。だけど、あの女の子は、どうして殺されたのだろうか。仲間割れは分かる。だけど、殺されるほどの事だろうか。殺すなんて他の人たちもどうかしている。それにしても、あの壁に刻まれていた文……やっぱり、桃井さん達の事だったのだろうか。一旦隅へと追いやった思考を掘り起こし、考えを巡らせていく。そんなことをしていれば、不意に背中に痛みを覚えた。叩かれたことを自覚しつつ、隣の修ちゃんへと視線を向ける。修ちゃんや優ちゃんが私の背中を叩くときは大抵、言いたいことがあるなら言えと言うときだ。内気で自分の意見すらまともに言えなかった私の背を押し出すように何時も叩くのだ。まあ、二人だと加減が違うから修ちゃんだと痛いのだけど。



「……痛いよ、修ちゃん」
「言いたいことあんなら、さっさと言え。隣で葬式みてぇな面されたまま考えられてんと気が滅入るだろ」
「朽葉さん、何か意見があるなら言った方が良いんじゃないかな」
「えっと……意見と言うか、そのっ、壁に刻まれてた文のことが気になってて……」
「文?ああ、俺たちが階段を探しに行った時のか」
「はい。"無条件で側にいられるなんて許せない"、これって桃井さんのことを指していたんじゃないかって」
「は?どういうことだよ?」
「つまり青峰のお馴染みやからって側にいるのが許せへんちゅーことやろ」
「……ふむ、大輝関係の日記はこれだな。筆跡が壁のものと酷似しているか判断してくれないか」



壁の文字を見たのは秀徳だけ。秀徳の皆さんの元へと移動をし、一緒に日記の文字を確認する。……うん、間違いない。この筆跡だ。 "青君が好き。遠くから見るだけで満足だったけど他の子と話をしているのを見るとどうしようもなく話している子が憎くなる" この筆跡は壁のものと同じだと断言する。大坪さんたちもおそらくそうだと賛同をしてくれた。一つだけだが、ピースが繋がる。日記について調べていけば、この廃校から脱出できるのだろうか。

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