まわる運命の輪をつぶせ | ナノ
雲泥



鏡を見ていると無性に苛つく。包帯で覆ってしまった左目が見えないだけ幸いか。此方に来てから一ヶ月ほどで、そうしてしまった目に違和感は残ってはいない。ユイには目が悪くなると怒られたけど。それにしても年々と似てきているような気がしてならない。髪の色まで一緒だったら今頃、発狂しているレベルだ。それにしても、もう十年も経つのか…。今の生活を考えれば、あの時に逃げ出して正解だったのだろう。此方の生活に馴染みすぎたせいなのか、夜兎としての力は少しずつ失われていった。残されたのは身体能力と人より少しばかり傷の治りが早いと言うことだけ。それと元来の肌の白さと日光への耐性ぐらいだ。これでいい。もう私には必要ないものなのだから。



「あら、ユキ。何かあったのかしら?凄い顔よ」
「…寮長、何でいるわけ」
「愚問ね。この寮のマスターキーの管理は私よ?」



何故、この寮長がいる全寮制の学校に入ってしまったのだろうか。あの時の吸血鬼が付きまとってくる度に何処かの学生だとは思っていたけれど、まさかミッション系の学校にいるなんて誰が想像しただろうか。こんな事ならば、授業料免除なんてものに目を眩ませないでユイと同じ学校に行けば良かった。しかも、この人は普通に何も言わずに入ってくるから嫌になる。同室の子がいないから良かったものの…。小さく溜め息を吐きながら、開けっ放しでいた蛇口を捻って水を止めてしまう。しかし、こいつはどうやって十年も此処に居座ってるんだろうか。そんな私の思考を他所に寮長は、手紙をちらつかせる。見覚えのある封筒は、テーブルの上に置いてあったものだ。



「テーブルの上に手紙を出しっぱなしなんて不用心ね」
「勝手に読むのは貴女ぐらいだよ」
「大切な家族が他に居候なんて落ち着かない?だから、そんなに不機嫌なのかしら?」
「父さんが決めたことだから仕方ないよ。それに一人で暮らさせる方が問題だから。……顔、似てきた気がしてイラついた」
「ああ…見たことないから私には何とも言えないわね。でも、そうね…ユキの父親なら顔も良さそうだし、美味しそうね」
「あんなの食べたら確実にあたるよ」
「酷い言い草ね」



クスクスと笑う寮長から手紙を取り返し、勉強机の棚の中へしまいこむ。本当に碌なことをしない女だ。やけに笑みを浮かべる寮長を軽く睨み付け、着ていた指定のワイシャツを脱ぐと私服へと手を伸ばす。それを阻むようにしてきた寮長の鳩尾を容赦なく蹴り、手早く着替えてしまう。外出届をつきだし、外へ出る準備を整える。ユイが居候を初めてから二ヶ月ほど経った。漸くと様子を見に行くことが出来る。寮の外まで出ると陽が暮れ掛かっていた。だけど、これぐらいにならないと外になんて出たくはない。珍しく外まで見送りに来た寮長が口を開いた。



「ユキ」
「なに?」
「何かあったら連絡しなさいよ。迎えにぐらいなら行ってあげるわよ」
「そんなのないことぐらい分かってるのに?」
「そうであることを願うわね」
「ふぅん、変な寮長。何時にも増して変だよ」



日傘を広げ、学校の敷地を後にする。同封されていた住所を目指していたところ、家よりも寮からの方が其処に近いことに気が付いた。だったら、此方の学校でも良かった気がするのに。父さんが決めたことだから口出しはしないけど。それにしても嫌な予感。首筋がピリピリとするのを擦りながら歩く速度を速めた。別れ際に寮長が変な事を言うから過敏になっているのかもしれない。そう思いつつ、漸くと辿り着いた其処は建設当初は素晴らしかったのだろうが、外見も年月が経て随分と古びた大きな屋敷。インターホンなんてないから声を掛けてみる。暫く待ってみたが、誰も出てくる気配はない。さて、どうしたものか。



「いないなら帰るしかないか…」
「お待ちなさい。この家に何かご用ですか?」
「…小森ユキと申します。此方に姉がお世話になっているとのことでしたので姉に会いに来たのですが…」
「小森…。彼女なら身支度をしている最中でしょう。お上がりなさい」



何時の間に、この男はいたのだろうか。それにしても身支度をしてる最中って…まるで昼夜逆転してるみたい。普通なら朝やることなのに。急に声を掛けられたことに僅かな不信感を覚えながらも屋敷の中へと入ろうとした。だが、敷居を跨ごうとしたところで掌が嫌な汗をかいて警鐘が鳴り響く。此処から先に足を踏み入れてはならない。そんな気がしてならなかった。父さんがユイを預けたところだ。そんなはずはない。嫌な予感を無視し、先を歩く男の後を黙って追い掛けた。



「此処でお待ちなさい」



その言葉に黙ってソファーへと座った。それにしても鼻につく態度の男だ。あんなのにユイがいじめられてなければいいけど。待っていれば、五分もしないうちに焦ったようにユイは走ってきた。何をそんなに焦っているのだろうか。転ばれた方が問題だ。立ち上がり、そちらへと足を向けると歓迎の印とばかりに抱き締められる。地味に苦しいんだよね…。そんな彼女にされるがまま状態を脱するべく、体から引き剥がすとユイの首に巻かれた包帯へと目が止まる。普通に考えたって、そんなところを怪我するはずもない。眉を寄せる私に気が付いたのか。何でもないとばかりに言い訳を並べていく。これは少しばかり話し合う必要がありそうだ。



「ユイ、」
「それよりユキ、外で話さない?久しぶりに一緒にカフェとか行きたいな!」
「え?…まあ、別に良いけど。それ、制服でしょ?大丈夫なの?」
「うん、大丈夫!早く行こっ」



何をそんなに焦っているんだか。早く早くとばかりに私の背を押して外へと出ようとする。疑問には思ったものの、私も此処から外へと出たかったので大人しく足を動かそうとした。だが、それを阻むように赤い髪をした男が目の前に現れた。


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