まわる運命の輪をつぶせ | ナノ
堂々巡りの世界の果てに



それから直ぐに何が起きたかは分からないけれど、私がいたのは江戸の町ではなかった。これから、どうしようかとさ迷い歩いているうちに疲れが出た私は眠ってしまったのだ。そうして気が付けば、まったく身に覚えのない場所。更にさ迷い歩いた結果、孤児と判断されて教会に保護されることとなった。そして、此処が江戸ではないことを知ったのだ。正直、頭が回らない。一体、何が起きたと言うのだろうか。勝手に教会の人間は、私の首に残った首を絞められた痕に虐待された子供だと思っているらしい。念のために私の親を探しているとの言葉を耳にしたが、どうせ無駄なことだ。そうして三日後には私の引き取り手が見付かった。同じ年頃の娘がいる教会の神父の元。



「今日から此処で暮らす子だよ。ユイ、頼んだよ」
「うん!お名前は?」
「…ユキ」
「そっか、ユキちゃんって言うんだね。宜しく!」



第一印象、ふわふわしてて危なっかしそう。初めて目にする同年代の子供に目を瞬かせてしまう。握手だと差し出された手に戸惑いながらも触れれば、ぎゅっと握られる。バカみたいな怪力の夜兎の血が流れているけど半分は、人間のもの。だから力加減をしなくても彼女の手を握り返すことぐらいは出来る。それでも、そうしなかったのは戸惑いが大きかったのか。自分でも分からなくて彼女の手を少しだけ握ると花が咲いたように彼女は微笑む。不思議と穏やかな気分になり、気恥ずかしさから首に巻いていたマフラーを鼻先まで持ち上げた。これが此方に来て最初の出来事。



「ユキ!またやってる!」
「え?…ああ、」
「ああじゃないよ!そんな血が出ちゃって…消毒と手当てするからやらないでね!!」
「はーい」



ユイと出会ってから一週間が経った。彼女は、初めから私が家族の一員であったかのように接する。それが擽ったく感じると同時に困惑があった。家族らしいことなんて何一つしてこなかったから、どう接すれば良いのかが分からない。それなのに構い倒そうとするから、そのペースに飲まれてしまう。今だって、そうだ。別にこのぐらいの傷なんて、どうってことないのに。未だに父に首を絞められているような感覚が気持ち悪くて、それを消すように首を傷付けてしまう。もはや無意識すぎて言われるまで気が付かなかった。爪に入り込んでしまった血を拭っていれば、ユイが救急箱を手に戻ってくる。すっかり私のせいで手慣れてきた手付きで消毒をし、包帯を巻いていく。最初は拙い手付きだったのに。



「…ありがとう」
「もうダメだよ?」
「反省は、してる。けど、無意識にやってるから分からない」
「そっか…じゃあ、見付けたら絶対に止めるから。それで、その変な癖やめさせるの」
「頑張って。…外に行くけど何か買い物ある?」
「ううん。でも、不審者多いから完全に暗くなる前に帰ってきてね」
「ん」



不審者、ね…。そんなの私には大した問題じゃないんだけど。夜兎の血のせいで日光に当たると肌が真っ赤になったりするから、夕方にならないと外には出れない。だから、こうして夕方になると教会を出て外へと出る。そして街をフラフラして地形を把握していくのが日課となっていた。けれど、何となくそんな気分になれなくて路地裏に座り込む。もう暫くしたら帰らないとユイに怒られちゃう。膝を抱えたところで足音が耳についた。



「あら、残念。美味しそうな匂いがするから来たのに子供…加えて女だなんて。んー、でもなぁ…とっても美味しそうなのよね」
「……不審者」
「そんなのと一緒にしないでくれるかしら?私は――吸血鬼なの」



ニッと女が笑うと鋭い牙が覗く。向こうで変な生き物は見てきたけれど、吸血鬼なんてものは初めて見る。制服を着てるから何処かの学生なのだろう。つまり、人間に紛れて暮らしてるのか。そこまで考えたところで女の手が首へと伸び、包帯を剥ぎ取ろうとする。そんなことをされれば、またユイに心配されて説教だ。思い切り加減なく、相手を蹴りつけた。夜兎の力を使ったから死んだかな?そもそも、こいつら死ぬのか…?動かなくなった女を見下ろし、爪先で頭をつついた。途端に、がばりと女は起き上がる。



「うわっ…生きてた。しかも無傷とか…」
「無傷なわけないじゃない。油断してたから骨がやられたわ…貴女、本当に人間なの?でも、そんなことどうでもいいわ。ああ…この痛み…久しぶりすぎて気持ちいいわ」



……あ、ヤバイのに捕まった。本物の不審者だ。汚い物を見るかのように目を細めながら後ずさったところ、不機嫌そうな顔をされる。その顔をしたいのは私の方だ。追い掛けて来られても迷惑なので、もう一発だけ蹴ってからその場を逃げ出した。まさか、そんな女と十年も付き合うことになるとは思いもせずに。


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