まわる運命の輪をつぶせ | ナノ
これは逃げた方がよさそうだな



何だか寮長と喧嘩を始めたが、それを放置して思考を巡らす。何から説明したものか。だって、十年も魔族と関わってきたんだから、それなりに話は長くなる。ほーんと、どうしよう。それにしても外野がうるさい。そんでもって首に腕を回されるのが気持ち悪いんだけど。知ってるんだから離せよ、寮長。イライラしてきたところで手を振り払えば、指先を押さえながら寮長は顔を赤らめた。…うわー、うざっ。



「それより結局、どんな人狼だったの?」
「ふふっ、右目が潰れた人狼よ。心当たり出てきたかしら?」
「…ああ。五年前までやたらとしつこかった。此方も噛み付かれて大怪我したし、消えてくれたと思って安心してたんだけど」
「貴女もお返しとばかりに目を潰すなんて暴挙に出てたじゃない。でも、あの時の血塗れのユキも凄く美味しそうで良かったんだけど」
「うっとりするのやめてくれない?気持ち悪い」



身体的に痛め付けられたいタイプの寮長は物足りないとばかりの表情を浮かべながら私を見ていた。誰が、そんな期待に応えるか。無視をしていれば、服の袖をくいっと引かれた。そちらへと顔を向ければ、青ざめた表情のユイが。…あー、しまった。頭を掻きながらユイから視線を外したものの再度、名前を呼びながら袖を引かれる。黙ってたのに喋りやがって。ギロリッと睨むと寮長は手を広げながら、殴られるのを待っていた。ホント最低。そんな変態の背後で、まーたボクたち空気になってると、もう一人の変態が言っているのが聞こえてきた。



「もしかして、あの時の野犬に噛まれたって言ってたのが、そうなの!?」
「あー…」
「野犬に噛まれたで納得した君もバカなんじゃないんですか?」
「そ、それは…!とにかく、どうして言ってくれなかったの!?」
「言っても仕方ないでしょ。近所の不良に睨まれただけで泣いてるんだから」
「だっせ!」



おい、逆巻アヤト。ダサいとか言うなよ。ユイに、そんな事を言って良いのは私だけだから。あー、と声を漏らしながら追及を緩めないユイの視線から逃れるように明後日の方向を向く。どうしたものかなぁ。色々と面倒くさいし。一先ず、寮に帰りたいわ。その旨を寮長に伝えたところ、きょとりと首を傾げられた。



「無理よ。狙われてるんだから戻せないわ」
「はぁ?じゃあ、どうしろって言うわけ」
「だから、此処に泊まれば良いじゃない。ねっ、ビッチちゃん」
「断る。…別に此処じゃなくても宛はあるでしょ。双子の所とかナイトメアとか」
「双子は東欧に旅行中でナイトメアは魔界に戻ってるのよ。後は、そうね…他も今は此処の辺には住んでなかったと思うわ 」
「…………夢魔が最近良いカモを捕まえたからって近くにマンション買わせてた」



本当は此処に泊まるぐらいに嫌だけど手段は選べない。此処に泊まるぐらいなら奴の所の方が幾分かマシだ。真面目に切羽詰まってきた私を見ながら寮長は初耳だとばかりに首を傾げる。良いから早く連絡を取ってくださいよ。生憎と奴のだけは、アドレス帳に連絡先を登録していない。だって嫌だったし。またもや自分の知らない交遊関係が出てきたとユイは不満そうに頬を膨らませていた。



「夢魔、ねぇ…前科持ちより嫌なんて随分と嫌われてるわよね。まあ、良いわ。取り合えず聞いてみるわね」
「おい、待てよ。何でオレ様のエサを夢魔みてぇな下級魔族に取られなきゃなんねーんだよ」
「あら、アヤト。嫌われてるんだから仕方ないじゃない。それにユキのお願いを叶えてあげないと殴ってくれなくなっちゃうもの」
「人間のお願いをきくなんて、とうとう頭がイカれたわけ?」
「毒されてきたのもあるわよ。けど、それ以上に初対面で骨をへし折ってくれたあの容赦のなさときたら…思い出しただけでも…イイ…!!」
「ユキってば、そんな事したの!?」
「……加減が出来なかった」



いや、それで一目惚れしましたって言う寮長が可笑しいんだよ。暴力はダメだよって訴えるユイに体を揺らされながら遠い目をしてしまったのは致し方ない。連絡を取る様子を見つつ、漸くとこの巣窟からおさらば出来ることを祈った。夢魔の事だから空いてるマンションを貸してくれるだろうし、奴が襲ってきたところで返り討ちにすればいいだけの話だ。それにしても何で、こんな魔族に狙われるんだろ。彼方の世界の人間って、此方の魔族からしたらご馳走なのか?それは、それで迷惑な話だ。



「許可、出たわよ」
「流石、期待を裏切らない。これで巣窟から出れる」
「んふっ、でもぉ……ボクたちは出してあげるなんて言ってないよ?」
「そうですよ。下級魔族に盗られるぐらいなら今ここで君を殺します」
「はぁ……お前たち、此処に人狼が来た場合は自分達で始末をしなさい。私は知りませんよ」
「わーってるよ」
「…三つ子に捕まるなんて運がないわねぇ。そんな目で見ても力関係的に私の方が弱いのよ。痛いのは好きだけど死ぬのは面白くないもの」
「…死は祝祭の始まりじゃなかったっけ」
「それとこれとは話が別」



ニッコリと寮長は微笑んで私を地獄へと突き落とした。やはり、いくら人間に混じって生活していても本質は残忍な吸血鬼。何て鬱な事だろうか。背後から回された変態の腕を振り払いたかったが、色々と力関係的に無理だった。ねえ、何でそんな馬鹿力なの。可笑しいでしょ、可笑しいよね。変なところを撫でられ、ぞわっと一気に鳥肌が立つのを自覚しながら背後にいた変態の襟首を掴んで無理やり前方へと投げて手を引き剥がした。それを見た寮長は暢気に感嘆の声をあげながら手を叩いている。



「いったぁ…」
「気持ち悪い無理無理絶対に無理!夢魔のところが無理なら彼奴のところに行くから、もう良い放っておいて」
「彼奴って、あんた、まさか…いやいや、それだったら精神衛生的には此処の方がマシよ!」
「肉体的には、あっちの方がマシ!と言うか私からしてみれば、精神的にもマシだから」



そう捨て台詞を吐き、本日二度目の逃走。出来れば、アレにも関わりたくはない。夢魔以上に関わりたくはないけれど仕方がないんだ。頑張れ私。堪えろ私。ポケットの中から携帯を出し、走りながら電話を掛ける。数秒の機械音の後に目的の人物である彼奴ことラミアは電話へと出た。



『こんな朝早くから何だよ』
「もう夕方。それより厄介事があったから今日一日、泊めて」
『は…?え、何?漸くオレ特性の蝋人形になる気になった!?お前の目が珍しいから、ずっとコレクションに加えたくて加えたくて仕方がなかったんだよ!』
「誰が蝋人形になるって言った?言ってないから興奮するの止めてくれない?あと迎えに来てよ。此処どう足掻いても出れないから」
『おしっ任せとけ。とっておきの蝋人形にしてやるからな。そんで何処にいるわけ?』
「だから蝋人形にならないって…はぁ、もう何でお前こんな話が通じるようで通じないんだよ…あー、もう疲れた。逆巻とか言う吸血鬼の巣窟にいる」
『逆巻…?逆巻カナトっつーのがいるところか?』
「え?そうだけど…知り合い?」



電話の向こう側から聞こえてくるラミアの声のトーンが変わったことに何だか背筋が冷えたような気がした。あれ…選択間違えたか?そう思っているうちに電話は切れていた。え、えーっと…これは力関係的に無理なパターン?いや、でも彼奴は自分は上級だとか強いとか、だから蝋人形になれとか何時もワケの分かんないこと言ってるし…。逃げ出した手前、戻れないし、此処には本当に泊まりたくないのに…!絶望から足を止め、長い廊下のど真ん中において打ちひしがれていれば、何処からともなく大きな音がした。何だよ、煩いよ。悲しみに浸らせとけよ。フードを被り、完全にやさぐれモードになりながら近付いてくる物音を聞いていた。そして走り去っていく人影。あれ、来た。気付かずに通りすぎて行ったぞ、彼奴。来るんなら何で電話を切ったんだよ。



「あれ、待てよ…さっきの物音って玄関の扉を壊した音?」



それに思い当たった瞬間に自分でも顔が輝くのが分かった。これなら逃げられる。ラミアの奴は気付かずに何処かに行ったけど、そのうち戻ってくるだろう。足取り軽く玄関まで向かい、外に出ると同時に安堵の息が漏れた。何て綺麗な夜空でしょう。もう暗くなってんじゃねーかよ。彼奴らどんだけ人の事を追い掛け回してたんだか。あー、それにしてもいい気分。



「オレの蝋人形候補のユキを何処にやったんだよ、逆巻カナト!」



うわっ何か聞こえてくるけど空耳だろうなぁ。誰が蝋人形候補だ、ふざけんな。そもそも私の目を珍しがるな。偶然、見られたにしても最悪。包帯で覆った左目を押さえていれば、低く地を這うような唸り声が聞こえてくる。舌打ちをし、ナイフへと手を伸ばした。


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