怠惰陰陽師 | ナノ
吸血鬼夫人



バートリ・エルジェーベト。その名前に聞き覚えのない紗雪は首を傾げた。どちらかと言うと頭は良くない彼女は、ただ説明されるのを待つのみ。オカルト好きと王様は当然ながら知っているので呆れたような視線を紗雪へと送っている。一度ぐらいなら聞いたことがある話だろうにと三人は思った。樺地と鳳は聞いたことはあるが、詳しくは知らないと言った表情だ。



「所謂、吸血鬼夫人やな。若い女の生き血を搾り取って浴槽に満たして、その中に入ったっちゅー女の話や」
「おまけに血肉まで食べたって話ですからね。今の話からもピッタリです」
「そ、それと同じことをやってる人間がいるって事ですよね?そうなると紗雪さんが…」
「まあ一番危ねえな。本人は危機感の欠片もねえけどな」
「ウス」
「あ、それ同意してるのね。……私より心配なのは向日かな。宍戸は大丈夫だろうしジロちゃんは危機察知に長けてるから逃げられるだろうから」
「…せやな、不安の塊しかあらへん」
「女じゃないが、若くて力があるぶんには申し分のない標的だしな」



跡部の言葉に五人は肯定を示すように頷いた。取り敢えず早急に保護をしよう。誰もがそう思った矢先に近くにあった窓が割れた。砕け散った破片とともに中へと侵入してくる異形のモノ。あ、これ祓えないパターンだ。そう暢気に呟く紗雪を抱えて走り出す。妖狼が足留めとして残ったので何とか逃げ切れそうだ。だが、それは大間違いだった。進行方向から駆けてくる鎌を手にした男。咄嗟に廊下を曲がり、近くの客室らしき場所へと逃げ込んだ。息を殺し、通り過ぎていくのを待った。廊下から足音が聞こえなくなったところで漸くと詰めていた息を吐き出す。流石の彼女も真剣な表情を浮かべ、札の枚数を確認する。



「……祓えない理由、そろそろ教えろ」
「…揃ってないけど仕方ない。あれはね、鬼だよ。鬼とは生前は人間であったものであり、不死の存在。綺麗な形をしたものほど生前は霊力が強かったとされてる。そう言うのは全部、冥府の管理。人間は干渉できないんだ」
「鬼…じゃあ伝承に残ってる鬼退治とかってどうなってるんですか?」
「殺せないけど傷付けることは出来るよ。動けなくなったところを冥府が回収してる。それで退治されたって形になってるんじゃないの。鎌の男は悪霊だから祓えるね。…もしかしたら七不思議の最後があれだったのかもしんない」



短期合宿の出来事を思い出しながら苦い表情を浮かべた紗雪は手にしていた霊符を握り締めた。今は万全の状況。祓えない訳がない。だが、鬼が障害となることだろう。ここは全員と合流してから策をたてるほかない。客室の扉を少しだけ開け、近くに化け物などがいないことを確認してから部屋を後にしていく。集団で行動するのは危険が伴うが、何処が安全地帯なのか分からない以上は致し方ない。戻ってきた式に案内されるままに洋館の階段を上がり、二階へと辿り着く。噎せかえるような血のにおいがした。



「……鉄くさいですね……」
「そうだな。…紗雪さん、もしかしたら上の階の方が危ないんじゃないんですか?」
「かもね。けど、宍戸が近くにいるみたいだから…もしかしたら他の二人もいるかもしれない」
「…あっ!宍戸さんの帽子!」



鳳が少し離れた場所に落ちていた帽子の存在に気が付き、駆け寄って拾い上げた。何かに追われている間に落としたのだろうか。とにかく、この階にいることは、これで間違いのないものとなった。念のために数珠を手にしながら紗雪は注意深く気配を探っていく。



「…っ、上!」
「うわぁあああ!!」



拷問器具のようなモノが上から降り下ろされる。首が半分以上取れた悪霊がそれを振り回しながら不気味に笑う。此処はどうやら何でもありらしい。突然現れるなんて反則以外の何ものでもない。これでは逃げるにしろ隠れるにしろ不利だ。相手のテリトリー内であるのだから仕方ないが、理不尽も良いところだ。手にしていた数珠をバラバラにし、それを投げ付けると一気に霊力を込めてしまう。それによって四散していく悪霊に目もくれず、走るようにと彼女は促した。力を使えば、居場所を明確に教えているようなもの。離れておくに越したことはない。走っていると不意に見知った気配に紗雪は進行方向を急に変えた。それと同時に聞こえてくる悲鳴。これは向日のものだ。悲鳴の出所である部屋の扉を蹴破る勢いで開ければ、今まさに降り下ろされようとされる凶器が映る。樺地が咄嗟に近くにあった椅子を鬼に向かって投げ付けた。体勢を崩したのを見逃さず、向日の腕を忍足が引っ張って部屋から半ば引き摺るように出してしまう。そして紗雪が閉めた扉に呪いを掛け、出てこれないように封をする。この間に五分も要していない。



「……あ、ぶなかった………」
「がっくん、無事で何よりやわ」
「紗雪に感謝しとけ。お前に気が付いて直ぐに走って行ったんだから」
「っ紗雪…!!」
「あー、はいはい。泣き付くのはあと二人を見付けてからにしてよ」



移動しながら泣き付いてきた向日を軽くあしらいつつ、面倒だとばかりに溜め息を吐き出した。此処は悪霊と鬼が入り雑じっている。もしかしたら殺された人間が未練で鬼になってしまっているのかもしれない。そうでなければ此処にいる説明がつかない。鬼は一匹残らず現在は冥府の管理下におかれているのだから。



「……そういや、こんなの拾った」
「テニスボール、ですか…?」
「さっきの部屋で拾ったんだよ。気が付いたら化け物がいたし、すっかり忘れてたぜ」
「…もしかしたらXはテニス部の人間だったんじゃ……」
「日吉、何でそう思うんや?」
「一様に狙っているのは他校も含めてテニス部でした。他に例外なんてありません。そして加えてレギュラーだけです。だとすればレギュラーに恨みがある元テニス部の人間だと考えるのが妥当では?」
「なるほど一理ある。だから氷帝内での異変が多いのか。霊視で見えたのも男子生徒。…なら何で今まで特定できなかったんだろ」
「上手く隠してたんじゃねえのか?」
「かもね。……ふぅ、敵さんは見付けるまで分からなさそうだ。とにかく上に行く。それしかないだろうね」
「ウス」



上に行けば、必ずXはいる。その確信が彼女にはあった。優先すべきことは芥川と宍戸を見つけること。そして上に行くための階段の発見。付け加えるなら、とある人物に話を聞くことも重要項目だ。鬼が絡んでいるなら尚更だ。漸くと戻ってきた妖狼の背に跨がり、手持ちの式が全て戻ってきたことを確認する。そのどれもが有力な手がかりを持って帰っては来なかった。自分達の足で探すしかないと言うことだ。面倒くさいと呟いた紗雪は濃くなった血臭に眉を寄せた。




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