怠惰陰陽師 | ナノ
カメラ婆



何処からともなく転がってきた毛玉。それに逸早く気付いたのは、ぶつかった白石であった。恐る恐る振り返る様子を目にし、紗雪たちも訝しがりながらそちらへと視線を向ける。転がる毛玉。それが小さくプルプルと震え出した。途端に幽霊がダメな面子は悲鳴をあげる。そんななか紗雪は、小さく声を漏らした。毛玉へと何の躊躇もなく手を伸ばしたが、それは転がって逃げていく。逃げる毛玉を彼女は追い掛けて走り出す。しかし、それは本当に遅かったのは言うまでもない。間が開いては待つように止まる毛玉を追い掛ける紗雪を宍戸が小脇に抱えた。



「何やってんだよ紗雪!罠だったらどうするつもりだ!?」
「違う、あの子は知り合い」
「し、知り合い…?」
「家の周りでうろうろしてる雑鬼の一匹」



だから無問題だと再び後を追い掛けていく。それに着いていきながら不安そうに誰もが表情を強ばらせた。やがて辿り着いたのは、とある教室。何の躊躇もなく教室の扉を開けると三対の目が此方を向いた。そして倒れている金髪の持ち主に四天宝寺が駆け寄っていく。その変わりに中にいた三匹の雑鬼が紗雪へと駆け寄る。その三匹を掬い上げ、彼女は小さく眉を寄せた。



「どうして此処に?」
【今日は界隈が開く日だろ?だから何時もみたいに鏡通ったら閉じ込められて…】
【そしたら彼奴が他の奴等に教われてたんだよ。蜘蛛の兄ちゃんが助けてくれたんだけど苦しがってて】
【紗雪から貰った御守りつけてやるしかなくて…】



苦しがっていた?その言葉に金髪の彼――忍足謙也へと視線を移す。なるほど霊力持ちか。それも相当強そうだが、見鬼の力はなさそうだ。初めて来る異空間の作用に力を削られに削られたらしい。だが、彼女が力の弱い雑鬼達に持たせたブレスレット型、そうは言っても雑鬼は首から下げているその御守りが幸を奏したようだ。今は霊力の放出が弱まっている。これならば目を覚ませば問題はあるまい。



「け、謙也は大丈夫なん…?」
「目を覚ましたら問題ないよ。そのブレスレットは付けさせたままね。ところで蜘蛛の兄ちゃんは何処に行ったの?」
【…何か此処、変なんだよ。御守りの近くにいないと頭可笑しくなりそうで…】
「あーん?つまりどういう事だ?」
【俺たちの他にも閉じ込められた力の強い奴とか皆可笑しくなってる。他の人間襲おうって…だから蜘蛛の兄ちゃんが助けに行った。けど、戻ってこない…!姉御、ど、しよ…】
「おいおい…それってやばくねぇか!?」



告げられた言葉に紗雪は、深く溜め息を吐き出す。七不思議だけではなく、他の閉じ込められた妖達でさえ敵だと言うのか。彼女からしてみれば、妖なんて悪いモノと善いモノとに分けられる。氷帝内の鏡を使えるモノは善いモノ。そう判断しているからこそ、彼らも自由に鏡を使用する事ができた。しかし、Xのせいで閉じ込められて何らかの作用で凶暴化するとは思いもよらなかった。眉間に深く皺を刻んだ彼女は無言で鞄から一枚の紙を取り出す。沢山の文字が並んだそれを睨み付けてから顔をあげた。



「ごめん、皆。今から私たちの守りは薄くなるよ。怪我するかもしれない。それでも良いか?」
「それで四人が助かるんなら当たり前や!」
「此方には紗雪さんがいますから大丈夫です!」
「他も良いって事だよね、その顔。そんじゃ……羅刹、出てこい」



紙に霊力を込めれば、それは消えて変わりに紗雪そっくりな人物が深く頭を下げていた。端的に命令だけを下せば、小さく頷くだけで言葉を発しようとはしない。危害を加えるなら迷わず妖を喰っていい。その言葉を彼女が告げた途端に羅刹と呼ばれた式は口許を三日月に歪めた。もう行けとばかりに紗雪が手を振れば、その姿は無数の鳥へと転じて消えていく。一匹だけ残った鳥は彼女の肩へと止まった。雑鬼は、その鳥に怯えて忍足謙也の頭の上へと登っていく。ちなみに彼はまだ目を覚まさない。



「今の…あの可笑しなもんやな」
「連れている式が視えるとは珍しいよ、本当に」
「今のやつ大丈夫なんか?笑っとったじゃろ…おまんが喰っていいと言ったら」
「ああ。羅刹鳥と言う妖は人に化け凶暴かつ狡猾。好物は目玉と言うが…私の式は変わり種でね。好物は妖らしい。最近はアレを使う機会がなかったから腹が減ってたんだろ」
「つまり共食い…こいつらが逃げた理由が分かりましたわ。そんで肩に乗っとるちっこいのは?」
「見付けたら案内してくれる。そろそろ忍足謙也には起きて貰わないと困るから強行手段で」



ひらひらと手を振って手首を解すと容赦なく気絶した謙也の頬をひっぱたく。実に良い音がしたと感心しながら痛みで目を覚ました相手を見やった。何が何だか分からない。そんな表情を浮かべ、混乱する謙也を白石が宥める。簡潔に話だけ纏めて伝え、彼のポケットを紗雪は指差す。其処からは人形が転がり出てきた。



「な、なんやこれ…」
「処分するから頂戴。そんで移動しよう」
「ちょ、ちょお!頭の上の何なん!?」
「あんたの恩人っすわ。土下座して感謝しとき」
「土下座!?」
「ちょっと煩いよ、忍足。次は何処に行くの?」
「無難に音楽室で。四人を捜さないとならないけど七不思議も片づけないと帰れないから」



五番目からは本当に面倒くさいから。そう呟いて宍戸に背負われながら紗雪は雑鬼達に一旦、別れを告げて教室を後にしていく。先頭を歩きながら黙々と進んでいた宍戸の足が止まる。その向こう側には何がいるのか。しかし、覗いて見ても何も見当たらない。不意に向日と芥川が硬直した。そして紗雪は、宍戸の背から降りると幼馴染み同士で顔を見合わせて、もう一度だけ振り向いて悲鳴をあげる。そう、あの彼女まで。



「何!?何が視えたんだよぃ!?」
「お、教えんしゃい!」
「嫌だぁああああ!」
「は、はやっ!?安倍さん足遅いんちゃうん!?跡部君!?」
「普通に走ったらっつただろ。彼奴は自分の嫌いなもんから逃げるときはすげぇ速いぜ」



既に四人仲良く廊下の向こうまで走っており、つられるように他も走り出す。好奇心に負けた面子が振り返って視れば、物凄い勢いでカメラを構えた婆が駆けてきていた。何でカメラ?そう思いはしたが、口には出さずに紗雪の後を追う。適当な教室へと飛び込み、全員が入ったところで扉を勢いよく閉める。そして霊符をぺたぺたと貼り付けた。それでも飽きたらず、手持ちの塩を撒いて水を掛ける。その行為を繰り返し、漸くと床の上で動かなくなった。



「さ、最悪だC…」
「くそくそっ!何であれが此処にいんだよ!おいっ紗雪!」
「私にあたらないでよ…うわっ鳥肌が…」
「カメラ構えた婆やろ、あれ。そんな怖いん?」
「お前らは知らねぇから言えんだよ…俺達が紗雪と関わる事になった最初の奴だぜ。ありゃトラウマもんだ」
「巻き込まれた私が哀れだった…」
「それで、あれはどんな妖なんです?」
「日吉の目が輝いてる…Aーっと美少年追いかけ回して写真を撮る妖?」
「「「…はっ?」」」



何言ってんのこいつら。そんな目を向けられながらも四人は本気で怖いらしく、身を寄せあって震えていた。通称カメラ婆。悪霊なのか妖なのか、はっきりとしないモノである。気に入った美少年を写真に納め、写真を撮られたモノは、その中に閉じ込められてしまう。その写真がどうなるかはご想像にお任せしましょう。そう早口で説明をし、扉を開けようと奮闘するカメラ婆の気配に体を竦み上がらせた。



「…それだけだよな?」
「あれは私達が小学校に入る前だったよ。当時、行方不明者が続出してる頃で公園でだらけてたら奴が来て…私の近くにいた三人を撮ったんだよ。それに偶然写りこんで閉じ込められるわ…ふふっ」
「何か語り出しましたよ、この人。それで、どうなったんですか?脱出出来たんでしょう?」
「あの婆…自分が閉じ込めた奴を愛でると言う悪趣味極まりねぇ趣味してやがってよ…き、キスされたり…」
「うわっそりゃトラウマもんじゃな」
「心中ご察しします」



当時を思い出した四人は死んだ魚のような目で遠くを見つめていた。そんななか財前が、ちょおええですかと声を掛ける。曰く、ここって音楽室ではないのかと。氷帝七不思議の四つ目、人喰いピアノの場所である。




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