怠惰陰陽師 | ナノ
人形



此処は人喰いピアノのある音楽室。そんな所に自ら籠城を決め込んだ紗雪は、カメラ婆に怯えるだけで全くその事は気にしていなかった。加えて此処は一階ではなかっただろうか。音楽室があるのは三階である。その事が余計に混乱に拍車をかけていた。そんな中でピアノのが、ガタンッと大きな音を立てる。鍵盤は血の痕なのか。赤黒く変色した色が斑に付着していた。それを見て血の気が引いていくのが彼らには分かった。



「ヤバイどうしようカメラ婆が諦めてくれない」
「いやいや!それより前だから!」
「タメ口聞くなよー切原くんとやら。羅刹、片付けて来て」



肩に止まっていた羅刹鳥が可愛らしくパタパタと羽ばたいてピアノへと向かっていく。見た目は本当に可愛いのだが、突如として羅刹鳥の口が大きく裂けた。それこそ口裂け女のように。ひっと漏れた悲鳴すら気にせずに彼女は、カメラ婆に怯えながらピアノの中にいる悪霊が喰われるのを視界の端に納めていた。一回りほど大きくなって戻ってきた羅刹鳥の口の周りは血だらけ。下手したら今までの中で一番、恐ろしい光景かもしれない。ハンカチを紗雪が投げて寄越せば、それで器用に口回りを拭いてしまう。これにて七不思議の四番目、人喰いピアノの終了である。しかし、カメラ婆がいるため移動は出来そうにもない。



「…どけんきゃすっと?」
「退治の仕方は分かるんだろ?早く出ようぜぃ」
「…鏡持ってる人ー。てか、向日持ち歩いてたでしょ。出して」
「ラケバの中だっつーの!お前こそ持ってんだろ女子なんだからよ」
「そんな物ありませんー。何時も姫さんか侑士が寝癖とか直してくれるから必要ない」
「ダメ女。だからお前はモテねぇんだよ」
「連休前に告白されましたけど何か」
「…えっ」
「ねぇ、その下らないやり取りまだ続くの?カメラ婆の前に放り出してやろうか?」
「「すんまんせんでしたー」」



幸村の言葉に素直に謝っておき、紗雪はガサガサと鞄の中を漁る。鏡が入っているわけもなく、どうしたものかと思案に耽った。これは鏡を探すしか無さそうだ。羅刹鳥に食べさせても良いのだが、あれは見た目とは違って力が強い。もしもの時に羅刹鳥が使えなくても困る。深く溜め息を吐き出すと覚悟を決めたように口を開いた。



「たぶん此処の空間は歪み始めてる。ただの教室のはずが音楽室だったりって何処の扉が何処に繋がってるかは分からない。今回は、それに賭けてみよう」
「つまり開けたらカメラ婆はいないかもしれないと?」
「うん。ダメだったら鏡を探して封じる。あれは祓っても執念深いから復活してくる。…どちらにしろ封じないといけないし」
「随分と意味深な言い方じゃねぇか」
「うん、まあ……侑士と真田捕まってみたいだし?いや、絶対に捕まってるよあれ。真田の気配って独特だし、うん」
「御愁傷様だねー。全力で写真の中を逃げ回んないといけないCー」



すぐ近くで感じる気配に確信を持ちつつ、紗雪は立ち上がると符を手にした。そのまま真っ青な表情で音楽室の扉を開ける。其処にはカメラ婆はおらず、美術室に繋がっていた。彼女の考えが的を射っていたと言うことだ。安堵の息を漏らしながら美術室内へと入り、辺りを見渡してみる。特に何も危険な物はなさそうだ。けれど、羅刹鳥が異様に落ち着きがない。もしかしたら四人のうちの誰かを見付けたのかもしれない。



「本当に別の所に繋がっているんですね…」
「これじゃあ移動も大変やなぁ。あら、何やこれ」
「こっくりさんじゃなか?」
「んで、そんなもんが…」
「おい!ドアが開かねぇぞ!?」



跡部の言葉に弾かれたように顔を上げた紗雪は、今しがた自分達が出てきた扉へと駆け寄る。だが、触れようとしたところで手が弾かれた。痛みが指先へと広がるのを感じながら舌打ちをし、こっくりさんの紙が置かれた机へと歩みよる。紙は中途半端に鳥居だけが書かれていない。雛菊に何か書くものを探させてみたが見付からず、Xの意図に気が付いた彼女は面白くもないとばかりに机の前の椅子に座りこんだ。



「Xマジ殺す…」
「紗雪お前キャラ変わってる…そんでどうしろって?」
「此処で、これやらないと出れないみたい。けど、この空間でやるのは相当ヤバイよ。それに鳥居、書かれてないだろ?つまり自分達の血で書けってこと。書くもの雛菊に探させたけどなかったし」
「…それ本気で危ないんじゃないんですか?こっくりさんをやる時に血を混ぜると余計に集まるのでは?」
「まあ、それが狙いだろう。私が書くのは少しまずい。霊力云々で余計に集まるから。だから鳥居書くのと、こっくりさんをやる人を三人決めて」
「安倍がやるんはやめた方がええんとちゃう?自分が居らんくなったら誰が集まったの片づけるんや」
「あー、それは確かにそうだな。よしっ紗雪そこ変われ」



宍戸に立ち上がらせられ、代わりに彼が其処へと座る。正論と言えば正論故に何も言わずに黙って鞄から数珠を出して準備を始める。こっくりさんをやるのは宍戸幸村金色一氏と決まった。鳥居を鳳が書き、手順に従って開始する。こっくりさんこっくりさん。そんな呼び掛けを聞きながら美術室内の温度が下がっていくのを感じる。集まり出した低級を威嚇するように羅刹鳥が鳴く。十円玉は、はいの文字へと動いた。



「さて、何を聞いてみよっか」
「幸村君ごっつええ笑顔やなぁ」
「私達は此処から出れますか?」



横から顔を出した紗雪の言葉に反応するように十円玉が、ゆっくりと動き出す。その先は、いいえであった。それを見ても彼女は何の反応も示さない。ただ十円玉から手を離すなとだけ告げ、小さく詠唱を始めた。それに抵抗するように美術室内の備品がガタガタと音を立てて震え出す。詠唱を続けながらチョークで円を描き、簡易的な結界に全員を押し込める。壁や天井から出てくる無数の霊達。それは一様にこちらを睨んでいた。



「頼むから気絶だけなしないでよ。さて、何れかな」
「探しとっと…?」
「そっ、探してるの。全部、祓っても良いけど力を使うのは最小限に抑えたいわけさ」



近付いてくる霊を見据えながら彼女は動きを止めた。視線はある一点に集中しており、探し物とやらを見付けたらしい。鞄から出した清水を右手に掛け、結界のうちから出ると霊の群れの中に手を突っ込んだ。それから何かを握った手を引き抜き、それと同時に霊の姿は霧散していく。



「おー、やっぱしそうだった」
「…それって人形?」
「形は変わってるけど樺地のだよ。雛菊、燃やしちゃって」
「…つーか、お前あんなところによく手ェ突っ込めたな…」
「ほれほれ」
「ぎゃあああ近寄んなよぃ!」
「小学生みたいなことせんといて下さい、紗雪さん」
「それよりドアの前で羅刹鳥が飛び回っていますが…」
「ああ、見付けたな。其処のドア開けたら居ると思うよ」



軽い言葉で彼女が言うと同時に勢いよく柳生が扉を開け放つ。繋がっていたのは大きな鏡のある部屋で衣装などが山積みであった。予想するに演劇部の部室か何かだろう。その鏡の前に柳と樺地がいた。その傍らには血塗れの紗雪の姿をした羅刹鳥がおり、その足許には妖か何かの残骸が転がっている。非常に気味が悪い光景を目の辺りにし、小さく溜め息を吐きながら羅刹鳥を消した。



「柳先輩っ!やっと見付けたっす!」
「すまない手間を掛けたな」
「樺地お前も無事だったか」
「…ウス」



ぴょんと背中から降りて大きな鏡へと歩み寄る。鏡に触れていれば、声を掛けられて顔を上げた。早く行こう、そう言われて無言で首を横に振る彼女に戸惑いが広がる。緩慢な動作で立ち上がり、柳の手を掴んだ。そのまま足を引っ掛け、組み敷いてしまう。



「何しとるんじゃ安倍!」
「黙ってて。…ねぇ、君は誰?」
「何を言っている、安部。それより早く退いてくれ」
「嫌だ。私は一回疑い出すと止まらなくてさ。お前が柳になんて私には見えない。ただの出来の悪い泥人形だ。どうせ聞こえてるんだろ、X。お前は何時も爪が甘いんだよ」
「ま、待ってくれ…蓮二じゃないのかい…?」
「柳蓮二ではない。Xの操る泥人形にすぎないよ」
「いい加減にしてくれないか。俺が泥人形?どうしたら、そう見えると言うんだ!」
「そう見えるから言ってるんだよ。本物もいるしさ…。それと警告しておく。泥人形を操ってるんだからX…お前とこいつは繋がってる。それを利用して呪詛なんて私には簡単だよ。だから次にこんな気分の悪いことをしてみな。確実にお前を呪い殺すよ?…ジロちゃん、鞄から数珠だして」
「りょーかーい」



芥川から数珠を受け取り、右手に絡める。そんな紗雪を止める者は誰もいなかった。何時もの気の抜けたような様子ではなく、完璧にキレているためである。数珠を目にした途端に暴れだす柳の偽者を、どうやってか押さえ付けて短い詠唱を口にする。それから心臓の辺りに右手を置けば、それは体内へと沈んでいく。周りが目を逸らすなか、表情一つ変えずに手を引き抜いた。握られていたのは、やはり人形で。核を失った偽者は一瞬で土塊へと戻っていく。雛菊を呼んでもいないのに人形は紗雪の手の中で燃えていった。




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