怠惰陰陽師 | ナノ
七不思議



先ずは右腕。次に右足。そうやって少しずつ鏡の中に体を沈めていく。既に右腕は鏡を通り抜けきったらしく手は、ただ空を掴むのみ。それを確認してから紗雪は残っていた体を全て鏡の中へと入れた。左右が逆になった光景以外は普通の校舎が広がっていて振り返れば、自分が出てきた鏡が不気味に佇んでいる。多少は薄暗い空間であるが、本当に何も変わった様子はない。暫くして決心が着いたらしいメンバーが鏡から雪崩れ込んできた。彼女にしてみれば、怖じ気付いて来ないのではないかと思っていた節もあり、少々驚きである。全員がいることを確認したところで階段を下っていく。此処に放り出されたのなら先ず向かうならば馴染みのテニスコートだろう。そう思った矢先に廊下の向こう側から何やら物凄い勢いで駆けてくる物体がいた。テケテケと音を立てて四つん這いで這うそれには足がない。



「テケテケですね」
「だね。典型的すぎて面白味もない」
「なに暢気に喋ってんだよ、あんたら!」
「逃げんぞ!」



テケテケテケテケテケテケ。そんな音が何時までも背後を付いて回ってくる。おまけに幾ら氷帝とは言え、こんなにも廊下が長いのは可笑しい。どれだけ走っても階段はおろか、行き止まりにすらならないのだ。だが、異変に気付いたところで止まることも出来ない。紗雪は跡部によって担がれたまま走りもせずに時計を確認し、追い掛けてくるテケテケを観察していた。こんな時にすら走らないとは流石、怠惰の代名詞とも言うべきか。しかし、そんな事をせれたら堪ったものではないのは周りである。このまま追い付かれてしまうことを考えれば、背筋が凍る思いだ。



「こんな時ぐらい走ったらどうじゃ!」
「だってさ、跡部」
「自分に言ってんやで!」
「走らねぇんじゃなくて走らせてねぇの!こいつは、これで良いんだよ!」
「どういう事?」
「あーん?紗雪は普通に50メートル走らせると13秒かかんだよ。俺様もびっくりなタイムだったぜ」
「はぁ!?それマジで走ってんの!?歩いてるの間違いじゃねっ!?」
「ですから紗雪さんを走らすのは寧ろ自殺行為かと…」



鳳の言葉が地味に酷いと思いつつ、紗雪は鞄の中をごそごそと漁る。どうやら目当ての物はなさそうだ。探すことすら面倒になって彼女は早々に鞄を閉めてしまう。それから不意に野球の話を持ち出し始めた紗雪に跡部を筆頭として、はぁ?と首を傾げられたのは言うまでもない。そんな事に気付きもせずにテケテケを見つめたまま一氏の頭の上にいた雛菊を手招くと指をパチンと鳴らした。それに反応するように雛菊は、バットへと変化する。流石、狐と誰かが呟いた。



「あ、安倍さん?何をするおつもりで?」
「烏天狗にね、教えてもらったんだー。代打バッター安倍紗雪」
「ま、まさか…」



切原の呟きに誰もが否定を示したくなった。暢気にも紗雪は跡部の腕をスルリと抜けてバットを構える。既にテケテケとの距離は五メートルもない。にも関わらず彼女は、ゆっくりとした動作でバットをスイングさせる。耳障りな鈍い音が響き渡った。真っ正面から思い切りバットに殴られ仰け反るテケテケに追い討ちをかけるようにもう一発。唖然とする空気のなか、それで動かなくなったテケテケを一瞥し、ポケットから出したチョークで廊下の床に一文字を刻む。即席の結界を造り上げ、繁々とテケテケを結界ぎりぎりで観察し始めた。しかも鯛焼きを食べながら。その横に日吉と芥川もおり、三人には恐怖心の欠片すら感じられない。



「すっげぇー初めてこんな近くで見たCー」
「俺もです。あの時は紗雪さんが直ぐに祓ってしまったんで見れなかったんですよね」
「あの時って何時だっけ?」
「七不思議の時です。と言うか、たぶん今もそうですよね?時計は4時44分で止まったまま。この廊下は無限回廊ですし」
「そっ。正解」
「ちょお自分ら暢気すぎるで!しかも七不思議!?」
「突っ込むところ其処じゃねぇだろ…。バットで殴るわ、鯛焼き食うわ…俺、お前と幼馴染みやってる自信なくした」
「向日、ひどー。小一からの友情どこいった。…取り敢えずお遊びは此処までにしてっと。Xは、どうやら氷帝七不思議を利用してるみたいだね」



先の見えない廊下を見つめながら紗雪は、困ったように眉を下げた。別に此処から出れないと言うわけではなく、どれだけ脱出に時間が掛かるからだ。あまり異空間と言うものに滞在するのは良いことではない。時と共に体力も精神力も削られていくものだ。加えて霊力を持つ人間からしてみれば、何もしなくたって力が削られていく。故に紗雪は、術を使わない僅かな霊力での退治を行った。祓ってはいないので、いずれ復活してしまうことだろう。一先ず無限回廊を抜けてから七不思議の話をしようと言い、彼女はそのまま近くの窓を開けた。



「面倒だから出る」
「てか、お前さ…一回七不思議体験してんだよな?」
「ぴよしと一緒にね。でも五つ目で五狐が迎えに来て達成はしてない」
「だったら、この回廊抜けられるんじゃないんすか?」
「つべこべ言わず……おっ、外はダメらしい」
「ダメ?…ぎゃあああああ!なにその手!?」



窓の外を覗きこんできた丸井が叫び、それに反応して何人かが窓の外へと視線を移す。地中から生える何本もの白い腕。それが紗雪の足にまとわりついており、彼女はバットでそれを払って窓を閉めた。一氏が後ろで雛菊に何させとんねん!と騒いでいたが、スルーして雛菊を元の姿へと戻す。それにしても短時間で情が移ったらしい。さて、正攻法で行くしかないと思った矢先にドンッと何かがぶっつかる音がした。音の出所は、結界に体当たりするテケテケである。



「そろそろ本気出して貰わないと困るよ、安倍さん?」
「はーい。取り敢えず走って。出口は分かってるから」



それからテケテケとの鬼ごっこの再開である。出口は分かっていても其処まで距離があるのだから仕方がないと言えば、仕方がない。しかし、こんな楽しくもなんともない鬼ごっこをさせられる方は堪ったものではないと言うのが心情である。それにしてもテニス部と言うものは体力お化けの巣窟である。彼女からしてみれば、こんな速さで長時間も走っていられること事態が考えられなかった。自分なら間違いなく死んでいると。



「あ、そこ右に曲がって」
「み、右!?窓だぜぃ!?」
「良いの良いの。所詮は子供騙し」



直線しかない廊下から窓へと方向転換。ぶつかると目を瞑ったのが何人もいたのは言うまでもない。だが、予想に反して何かにぶつかる痛みもなく、足は進み続けていた。テケテケも追って来てはおらず、全員が安心したようにその場に座り込んだ。



「お疲れー。暫くは大丈夫だから休憩がてら七不思議の話をしようか」
「その前に一つ良いですか?何して窓しかあらへんかったのに普通に廊下があるん?」
「所謂、幻術ってやつ?本当は道があるのに見えなくしてるだけ。テケテケから逃げてると見破るのが大変で出来なきゃバットエンドというやつだな。さて、七不思議の話といこうか。ぴよし頼んだよ」
「はぁ…分かりました。俺達が体験したのは五つ目までですが、一つ目は4時44分にチャイムが鳴ると学校に閉じ込められると言うものです」
「ばってん、チャイムは鳴っとらんとよ?」
「七不思議を利用しているだけ。だから鳴っても鳴らなくても関係ない」
「それで二つ目が無限回廊。三つ目がテケテケです。此処まで全て片が付いているので残りは四つ。四つ目は音楽室の人喰いピアノ。五つ目が、ひきこさん。六つ目が首吊り教室で七つ目は俺も知りません」
「…四つ目からヤバい感じがするんやけど。紗雪ちゃんは、どう思うん?」
「近すぎや小春!」
「ぶっちゃけ七つ目がヤバいと思う」
「えっ…知ってるんですか?知らないって言ってたじゃないですか」
「まあ、落ち着け日吉。それで七つ目っつーのは何なんだ?」
「余所者ってやつ。知らないと言えば知らないよ。そんな妖いないし対処法も分からない。だからヤバいと思うんだ」



彼女すら知らない七つ目の正体に背筋が冷えた。だが、六つ目までの対処法は分かると言うこと。それに気付き、僅かにだが肩の力を抜いていく。そんな折りに毛玉らしきものが転がってきて白石の背中に当たった。




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