怠惰陰陽師 | ナノ
裏世界とやら



「ジロちゃん、来て」
「どうしたの?」



地べたに座る紗雪は、鳳が敷いたハンカチの上に座り直させられながら手招きをする。それに応じるように芥川は、彼女の傍らに膝を折った。そして以前、渡した護符などを全て出すようにと言われ、彼は言われたようにそれらを彼女へと差し出す。そのどれもが真っ黒だったりと普通ではなかった。中には燃えたのか、煤けたものすらある。それらを目の前にして紗雪は、更に眉間の皺を深くさせると護符へと手を伸ばす。しかし、それは彼女が触れた途端に激しく燃え上がって灰も残さず消えていく。紗雪の指先は火傷したのか。赤く爛れていた。護符を介しての呪いに彼女は苛立ったように舌を打った。



「安倍さん!手が…!」
「問題ない。それより厄介だね…ジロちゃんだけでも消えなかったのを幸いと言うべきかな。ふむ、非常に厄介」
「ジロー君にも何かあるのかよぃ…」
「人形が足りないのは分かってるでしょ。その人形には名前が梵字で書かれてる。足りなかったのは消えた五人とジロちゃんのもの。ジロちゃんに持たせた護符とか全部ダメになってるけどギリギリXから守れた。たぶん五人を連れ去るので力が尽きたんだろうな。しかも樺地と侑士以外は丸腰同然だし二人に持たせたので削られたんだろうね」
「よ、よう分からへんけど謙也もそのXとやらのとこにおるんやな?」
「そっ。この学校内にいるのは確か。でも普通には見付けられないと思う」
「どういう意味だ?説明すっ飛ばして話すんじゃねえぞ」
「分かってるよ、跡部。五人は裏世界にいると仮定しての話だ」



普段、私達が住む世界を表世界としよう。裏世界とは、その名の通り表世界と表裏一体に存在するもう一つの世界。何もかも逆さまな可笑しな世界であり、俗に言う魑魅魍魎の住む場所。其処へ迷い込む事を昔から神隠しと言われる。偶然、彼方への道が開いて戻ってこれなくなってしまうからだ。昔から子供に多いと言うのは、子は大人に比べてその道を見付けやすいから。そして入ってしまえば、そのまま妖の餌となるのがオチである。其処まで話を終え、彼女は周りを見た。全員の顔から血の気が引いている。おそらく、それでは、助からないのかと思っているのだろう。短絡的な奴等だと思いつつ、紗雪は手を叩いて注意を自分へと向けさせた。



「最後まで話を聞いてくれないかな。あくまで裏世界の説明しただけでしょ。五人がいるのは擬似的なものだから本物みたいに魑魅魍魎が徘徊してるとは言ってないよ」
「お、驚かせんなよ!それで侑士達がいんのは作り物のやつって事か?」
「裏世界の道を開けるのは、すなわち鬼門を開くこと。流石にやられたら私だって気付く。だからXが作りあげた裏世界…つまるところ異空間に閉じ込められているんじゃないかな。ついでに残りの人形もそこだと思う」



立ち上がり、ハンカチについた砂埃を払って綺麗に畳みながら思考を巡らす。Xの造り出した異空間にどうやって入り込むか。おそらく…いや、きっとXは紗雪が乗り込んで来る事は想定済みだろう。それでは其処で何を仕掛けてくるか。全てを予想することは不可能。だが、少しでも相手の動きを読んどいても損はないと彼女は考えながら鞄を引き寄せる。中身を確認し、中から取り出した鯛焼きを食べながら紗雪は、不機嫌そうに眉を寄せた。



「取り敢えずいなくなった場所が分かるのは忍足謙也って奴だけだよね。取り敢えず其処へ行くから君達は帰ってて」
「ま、待って下さい!まさか安部さんお一人で行くつもりですか!?」
「何があるか分からない。それでも来るつもり?」
「当たり前だよ。これは君ひとりの問題じゃないんだ」



幸村の言葉に紗雪は小さく溜め息を吐きながら、じゃあ運んでと言って座り込んだ。遠回しに同行を許可し、宍戸に背負ってもらうとテニスコートに一番近い男子トイレへと向かった。恥ずかしげもなく其処へ入っていき、辺りを見渡してみたが可笑しな点は見当たらない。それでも何かを感じ取ったらしい紗雪は、日吉に個室のドアを三回蹴るようにと言った。



「蹴るんですか?」
「うん。壊す勢いで蹴って。寧ろ壊していいよ」
「は、はぁ…」



流石に壊すのはまずいので、壊さない程度に三回連続でドアを蹴った。静まり返った空気に場違いな怒号が響いたのは、それからすぐである。蹴った個室のドアが急に開き、男子生徒が飛び出して来たのだ。その男子生徒の姿は半ば透けていて。それなのに誰の目にも、はっきりとそれが見えていた。



【いま蹴ったのはお前か!?】
「ちょ、紗雪さん…」
「トイレの花子さんならぬ花太郎くん。ドア蹴ったら100%出てくれるから助かるよ。花太郎くん、ちょっと話を聞きたいんだ」
【姉御じゃないっすか!男子トイレに来てまで聞きたいことって何ですか?】
「あ、姉御?知り合いなのかよぃ…」
「此処に男子来たでしょ?何処に行ったか知らない?」
【あー、金髪のですかね?何か消えましたよ、此処で。そんで気になって追ったら何時ものとこで気配が途切れたんで俺、姉御の遊びだと思ったんすけど違いました?妖狐の旦那の気配もしないし百鬼夜行もまだ先だったんで変だとは思ったんですけどね】
「Aー、紗雪ちゃん百鬼夜行と遊んでたの?俺も誘ってて言ったじゃん」
「ジロちゃん寝てるんだもん」
「ちょっと待て!何だよ遊びって!」
「昔から紗雪ちゃんが鬼ごっことかしてるんだCー。俺も遊んだことあるよー」
「それは置いといてと。妖たちが使ってる裏世界の入口に重なるように異空間を造り上げた訳だと。場所が分かれば、こっちのものだね。助かったよ、花太郎くん」
「何か色々突っ込みたいんやけど一先ず謙也さんたちがいる裏世界とやらの場所が分かったんなら、はよ行きましょ」



急かされるように男子トイレを後にし、花太郎の行っていた何時もの場所とやらに向かう。階段を登り、氷帝内で最も古いとされる校舎の三階へ。そこの階段の踊り場に設置されている不自然な姿見のための鏡の前で足を止めてもらう。ぐにゃりと鏡が歪んだ気がした。自らの足で鏡へと近付いていき、それへと手を伸ばす。ひやりと掌に感じる冷たさとともに、ずぶりと指先が飲み込まれていく。息を呑む面々に小さく笑って少しずつ体を鏡の中へと沈めた。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -