怠惰陰陽師 | ナノ
Xとやら



暫く宙に漂っていた白狐は紗雪の周りをぐるりと、ふわりと消えていく。それを見ると何事もなかったように再び鯛焼きを頬張り始めた。もくもくと食べていた鯛焼きが横から引ったくられ、そちらへと視線を投じる。何様俺様跡部様が不機嫌そうに鯛焼きを持っており、取り返すのも面倒くさいと机の上の鯛焼きを見たが、それもまた取り上げられてしまう。忍足と跡部を見比べ、それから島崎を見た。彼は首を横に振り、彼女の味方が誰一人もいないことを示す。動くのは億劫だが鯛焼きは食べたい。しょんぼりと肩を落とすと、そのまま机へ突っ伏した。食べれないなら寝るまで。その結論に達した紗雪の行動は普段からは考えられないほど速いものであった。



「紗雪ー、起きろー。跡部がキレんぞ」
「ふむ…本当にオンオフの差が激しいな」
「……こんなのに任せて本当に平気なんすか?」
「ふふっ、俺もちょっと不安になってきたかも」
「…はぁ、紗雪さん。こないだ食べたいと言ってた一日限定五十個の抹茶鯛焼き五個、跡部さんが買ってくるでどうですか」
「…八個」
「だそうですよ、跡部さん。さっさと起きて今回の件を説明してください。どうせ貴女の中では答えは出てるんですから」
「ほんと可愛くないね、ぴよしは。あー、もう眠いよ怠いよ。一先ずこの騒ぎだけど…悪霊であってそうでないものの仕業だ」
「悪霊ちゃうんすか?」
「悪霊だけど誰かの使役だね。だから祓っても戻ってくる。…端的に言えば、今回の件も呪詛…厭魅(えんみ)だな」



厭魅――日々、悪霊の力が強くなっていき対象者をじわじわと苦しめて死に至らしめる呪法。呪殺と言うのは術者の怨み辛みを受けた地霊などが対象者を殺すことの方が多い。だが、怨みの強さや術者の力の大きさによっては霊、はては悪霊までを使役するに至る。それが自分には可能かと言われれば紗雪は是と答えるだろう。悪霊を使役するなんて余程の事がなければしないものだ。力が及ばなければ逆に殺されたとしても文句は言えないのだから。説明を終えた紗雪に呪詛返しを行えば良いのではと言う問いがなされた。それを首を横に振って否定を示す。これが単なる呪詛だったならば、等の昔に片付いているはずだ。それが出来ない要因が存在する。



「私は何度も呪詛返しを行った。跡部には話したが…私にも姫さんにとっても相性の悪いものだから。けど、何回返しても相手は呪詛をやめない。いくら成長していない弱い悪霊だとしても、それなりにダメージを負うはずだ。…まあ、それもそのはずだったわけだが」
「勿体ぶらないで話さんか」
「相変わらず馬鹿でかい声だね。呪詛返しを逃れるには他人に、それを転嫁すればいい。ここ数日、氷帝内では欠席者が相次いでいるわけだが返した呪詛は全てその生徒たちが請け負っていた。つまり肝心の犯人はノーダメージ。これでは幾ら返しても意味がないし、そのうち死人が出るからやめた」
「くそくそっ!それじゃあ解決方法はなしかよ!」
「そもそも何故、私達が狙われることに…」
「さあ。でも分かったことは幾つかある。犯人…Xとでも呼ぼうか。そいつは力があるが私よりは弱い」
「その根拠は?」
「犬神の作り方、知ってる?」



意地が悪そうな声で紗雪は問いをぶつける。そんなもの誰も知っているはずがなく、全員が首を横に振った。犬神――それは酷く残酷な生まれ方をする妖。首から下を地中に埋められ、身動きの出来ない状態で水も与えられずに飢餓に追い込まれていく。あと少しで餓死するといった時に目の前に餌を置かれ、それを食べようと懸命に舌を伸ばす。そして舌を出しきったところで首を切断するのだ。切った首を祀り、それは強烈な怨みの念を持って怨めば怨むほどに力を増す。それが犬神と言う妖。



「…気分わりぃな」
「犬神を作る時に力が弱ければ逆に憑かれるからね。憑かれなかったなら力はそこそこ。だけど、私の力を削ることばかり仕掛けてくるから私より格下なのは確か。だって、そうじゃなきゃ、こんなミスしないよ」
「ミス?」
「そっ。こないだの立海で使われた呪符と先日の鳳くんの時に使われた呪具だけど同じ思念が残ってる。つまり同一人物が仕掛けたもの。怨みよりも、そうだな…好奇心を感じる。存在を知らしめたい、けど知られるのが怖い。でも自分という存在をやっぱり知って欲しい。…私ならこんな思念は残さないね」
「好奇心で、こんな事を…」



机の上に並べた呪詛の媒体品に触れながら目を伏せる。うっすら霊視で見えるのは後ろ姿。Xが氷帝の男子生徒なのかは分からない。そんな生徒がいれば、紗雪が気がつかないはずがないのだ。相手が誰であれ、幼馴染みに手を出したのだから容赦するつもりがない彼女からしてみれば、そんな事は些細な問題でしかない。そのうち襤褸を出すのだろうから、そこを徹底的に叩けば話は済む。それまで守りに回らなければならないのは歯痒いが。小さく舌打ちを漏らしながら返してもらった鯛焼きを口にし、ぬるくなったお茶を飲んで一息を吐いた。喋りすぎて疲れた。



「力を削るって言ってたけどよ、他にも何か起きてんのか?」
「えーっと…煮卵くん、その面倒くさい話をしないとダメ?つーか話す必要性すら感じなーい」
「に、煮卵…」
「紗雪様が眠いようなので僭越ながら私から失礼いたします。先ず紗雪様への依頼は、この一ヶ月で四十件ほどです」
「お、お前…ダラダラしてるだけじゃなかったんだな!」
「黙れブタ焼くぞ」
「紗雪さん、少し寝ましょう。てか寝てください」



眠気が限界になったらしく軽く人格が変わっている紗雪を鳳は馴れたようにソファーへと運ぶと何処からか出した薄手のタオルケットを上へと掛けた。それからお休み三秒。すやすやと眠り始めた彼女に氷帝は安堵の息を吐き出す。氷帝テニス部においての暗黙ルール。ぐずりだした安部紗雪は直ぐに寝かし付けるべし。さもなければ偉い目に合うことは数年の付き合いゆえに分かりきっていた。同時に彼らは、彼女が眠いのは仕方ないことだと割り切っている。ここ数日、寝ずの番に徹してくれているのだから。



「えっ寝かせとくんすか?」
「黙れ切原。彼奴を今寝かせとかねぇと俺様たちが偉い目に合うんだよ」
「こないだ跡部は顔面に蹴り喰らってたCー」
「…取り敢えず話を戻しますが、そのうち紗雪様がされた仕事は一部です。その一部というものが…」



馴れた手付きで島崎は、プロジェクターを操作して紗雪が片付けた仕事を羅列していく。その全ての当事者達が集まっており、勘の良いものは深い険を瞳に宿らせていた。つまるところ、ずっとXとやらの掌で踊らされていたわけだ。それに怒りを感じるのは人間として当然の摂理である。けれど、財前だけは自分の身に起きた怪奇とどう関係があるのか今一分からなかった。あれは、ただ肝試しに行ったから起きただけで。こんな大層な話に繋がるはずがない。それを島崎にぶつけてみたが彼は知らないらしい。あくまで紗雪から聞いた話を述べているのに過ぎないがゆえに。ちゃんとした説明を聞くには、やはり彼女か。そんな視線を一身に浴びながらも静かに眠りこけていた紗雪は突然、跳ね起きた。心なしか蒼白い表情で胸元を押さえる彼女の元へと忍足が駆け寄る。



「どないしたん?」
「…姫さん、彰子はいま何処にいるの」
「お前が帰らせたんだろ?」
「私の家にいてとは言った、けど…うそ、そんな……」
「…安倍さん、一先ず落ち着いて。藤原さんがどうしたの?」
「私の家の敷地から出て、それで…。ヤバい今は身動き出来ないのに…跡部、私、帰る!話の続きは家でする。どうせ今日辺りから呪詛が活発化するから私の家にいた方が良い。特に赤ブタは。ザキ、車!」



無表情だった顔に焦りの色を浮かべ、自ら走って会議室を出ていく。その様子に全員が全員、胸のうちが冷えた。彼女が血相を変えるほどの出来事が起きているのだ。氷帝は、それと同時にもう一つ他の事で顔色を変えていた。紗雪は胸を押さえていたのだ。それが意味することは一つしかない。少し遅れてその事に思い当たった向日と芥川は慌てて、その後を追った。




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