怠惰陰陽師 | ナノ
霊であってそうではない



酷く肌寒かった。手足が冷たく悴むほどの寒気に自然と目が冴えてしまう。辺りを見渡し、何となく天井を見上げると女の首が逆さまに浮いているの網膜が認識する。家中に誰かの悲鳴が響き渡った。



ここ最近、テニス部レギュラーなどの自宅やあらゆる場所に霊が出るそうだ。それは例外なく彰子や紗雪にも被害を及ぼしている。だが、紗雪の家は神域にあるために被害と言うほどの被害を受けてはいない。そんな日が何日も続いているのだが、いっこうに解決する兆しがない。それもそう。彼女にとって、それらが霊とは認識できていないからだ。霊ならば祓ってしまえば良い。しかし、何度祓ったところで意味がないのだ。そして紗雪には霊ではないと判断するだけの要素があった。



「姫さん、大丈夫?私がいるから寝て大丈夫だよ?」
「ごめんなさい。私は平気よ…それより皆の方が…」
「大丈夫。結界張って仮眠とらせてるから。寝ずの番ぐらいしか今は出来ないから、ごめんね」



部室に結界を張り、霊の侵入を阻みながら彰子に膝を貸す。彼女が眠りに落ちたところで、それを察したように何かが窓を叩く。結界に弾かれ、すぐさま消えたが間違いなくあれは霊であった。けれど霊ではないもの。矛盾はするが、それが真実なのだ。深く溜め息を吐き出し、スマホが着信を告げる震動を感じた。知らない番号に首を傾げながら通話を開始する。



『安倍紗雪で間違いないな』
「誰?」
『ああ、すまない。柳蓮二だ。お前の力を借りたくてな』
「ふーん。用件だけなら聞くけど」
『そうか。実はレギュラー全員の元に霊が現れてな…今日の昼に丸井が屋上から落とされかけたそうだ』
「―!! そう、そっちも…。ねぇ、東京に出てきてよ被害者全員で。こっちも同じでね、動けないんだ」
『氷帝もか…分かった』



通話を終え、画面を見るとメールが届いていた。久し振りに見る名前に眉を寄せながら電話をかける。その間にも続く霊障に鬱陶しげに顔を歪めて直ぐに話を聞いてしまう。辿り着いた結論に東京に出てくるようにと促す。場所が場所なので本家の権力を使って根回しをするのを忘れずにおく。さて、彼等が来るまでの間に場所の確保だけをしておかなければ。面倒くさかったが校長に電話をし、第一会議室を開けてもらう。持つものは権力だとこの時ばかりは思った。



「ごめんね、姫さん起きて」
「ん…なぁに…?」
「今日は忙しくなりそうだから側にいれない。だから私の家にいて。彼処なら大丈夫だから」
「…何かあるの?」
「同じ現象が他の場所でも起きてるの。私は未だ動けないから」



すぐに迎えの車が来て彰子を紗雪の家に送っていく。まとわりつく霊を払い除け、部室に戻ると何人かが窓を叩く音のせいで目を覚ましていた。端的にこれからの予定だけを説明し、第一会議室へと移動をする。ふかふかのソファーに転がりながら一先ず収まった霊障に周りが安堵の息を漏らすのを見つめていた。全員の腕に付けさせた水晶が濁っていることに気付き、微かに瞳を揺るがす。彼女は自身の力を過信しない。しないからこそ今の現状には苦い思いをしていた。



「すまない、待たせたな」
「立海じゃねぇか!紗雪どういうことだ!?」
「同じ被害者さん。まだあと一人いるんだけど…」
「何や、俺が最後なん?」
「財前!?」
「おっ、早かったね」
「おん。紗雪さんのとこのヘリ乗ってきたんで」
「うちのじゃないけどねー。取り敢えず座りなよ、皆」



珍しく、きちんと座る紗雪に誰もが緊張を示した。怠惰の代名詞、安倍紗雪。教師に怒られようが態度を改めようとしない彼女が真面目な態度を取るのは厄介事に対してのみ。パシりと化した島崎にお茶を煎れて貰い、目の前に置かれた鯛焼きにかじりつく。さて、誰から話そうかと彼女は問い掛ける。紗雪の中では既に答えが出てはいたが、被害の程を知らなければ話は進まない。



「では、俺から話そう。霊が出るとは伝えたはずだ」
「うん。それで、そいつらはどうしてる?」
「あ、俺のとこは睨んでくるだけかな。でも、目を逸らすとヤバイと思って最近ずっと睨みあいしてる」
「俺も同じじゃな」
「氷帝も右に同じ。で、えーっと誰だったけ…ま、まる?」
「丸井だ!」
「ああ、そうそう。それで君は屋上から落とされかけたと」
「…あ、ああ。急に出てきたかと思ったら思い切り腕、引っ張られてよ。ジャッカルがいなかったらマジで死ぬとこだった」



ジャッカルって誰だよと思いはしたが、今は別に問題になることでもないので置いておく。取り敢えず立海においての怪奇現象の話を全て聞いてしまい、次に財前と向き合った。



「うちも大体同じっすわ。部長がいっちゃん被害受けてるんやろうけど。俺は紗雪さんから貰うたコレと本家行っとるから平気やし」
「その部長さんとやらって元から憑いてるって話の?」
「おん。金切り声がして敵わんって話の」
「大変だね、お前は目じゃなくて耳が良くなったから。その部長とやらは相乗効果で早死にしなきゃ良いけど」
「……てめぇらさっきから親しげだが、知り合いだったのか?」
「元依頼人」



はむはむと緊張感なく鯛焼きを咀嚼していき、三つ目を食べ終えたところで漸くと手が止まった。いや。止まらざるおえなかったのだ。天井から逆さまの状態で血走った目を向けてくる女。その横には犬の首が浮かんでいる。騒然とするなかで紗雪が動くなと一喝し、そのまま二体の悪霊と睨みあう。女の口からは何か棒状の物が伸びており、それを手にとって口から出していく。それは鎌だった。その様子を頬杖をつきながら無表情で見つめていた彼女の口許が弧を描いた。



「随分と数日で成長したもんだな。しかも犬神まで着いてくるとなると…本気で私を殺しに掛かってきてると。面倒くさいなぁ」
「い、犬神って自分のとこおったけど…こない首だけやあらへんかったよな…?」
「うちの犬神と一緒にしないでよ、あれは年季が違う。数百年単位で生きてる安倍の守り神なんだから。まあ人を殺すのなんて簡単なことだろうけど」
「……こないだ枕にしちゃったC…」
「俺も…」
「…あんなの枕に出来るとかジロー君…」
「違うよ丸井君!あの犬神は普通より大きい概見してるだけなんだもん!」



紗雪の家にいる犬神は先祖が捉えた正真正銘の妖だが、現在の姿は大型犬そのもの。妖力がつくと何でも出来るわけであり、つまり彼女の家の守り神と化した犬神は相当の力の持ち主であった。枕発言から緊張感のない話が繰り広げられるのを聞きながら、片時も目を離さずにいるとついに女が動いた。逆さまだった体を戻し、ぶらりと鎌が揺れる。それに反応するように犬神も低く唸り出す。ぴたりと、その場の全ての音がかき消えた。襲われると分かっているのに身動き一つすらしない紗雪の手を隣に座っていた忍足が引くのを制し、そのまま動かない彼女の横を何かが通り過ぎていく。その何かは女と犬神に襲い掛かり、二体の悪霊を蹴散らしてしまう。空を漂うのは五匹の白狐であった。




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