怠惰陰陽師 | ナノ
守り神



バンッ!と襖を蹴破らん勢いで開け、紗雪は結界が幾重にも張られた部屋へと入り込んだ。左右からの近付くな、離れてくれとの声を一切合切無視をして苦しそうに横たわる幼馴染みの傍らに膝を折る。まるで伝染するように紗雪も苦し気に表情を歪めて胸元を強く押さえつけた。強烈な痛みに下唇を噛み締め、彰子の右腕へと触れる。深く深く探るように横たわる彼女の中を霊視していく。――あった!



「ふ、ぐっ…うっあ…」
「紗雪様!離れてください!貴女の体は!!」
「わかって、る…すぐ、終わるから…」



蒼白いを通り越して土気色の表情で途切れ途切れの言葉を吐き出す。そのまま数珠を巻き付けた腕を彰子の腹部へと置いた。それが、まるで吸い込まれるように体内に沈んでいくと同時に彼女の悲鳴が響く。ごめんね、ごめんね。そう悲痛な声で漏らし、幼馴染みの体内に埋め込まれた異物を取り出してしまう。ぐったりと体を弛緩させる彼女から離れ、紗雪は掴んだそれを強く睨み付けた。一本の黒い髪。これが幼馴染みの体内に埋め込まれ、アレを刺激していたのだ。そのせいで幼馴染みも彼女自身も苦しむはめになった。おそらく、これを仕掛けたのもXなのだろう。何処までもふざけたことをと、自分の体内に入り込もうとする髪に、まじないを掛けて傍らに控えていた人間の持つ懐紙の上に落とした。それから糸が切れたように紗雪は倒れこんだ。



「紗雪様!!!」



悲鳴にも似た声が屋敷中に響いた。倒れたまま動かない紗雪。そんな彼女を持ち上げたのは狐であった。狐と言っても五狐と呼ばれる五匹の狐で歴とした安倍の守り神である。尾裂き狐と呼ばれる妖で大層、紗雪になついており二足歩行も可能な彼等は即座に彼女の自室へと運び込んで適切な処置を施していく。へたりと尾と耳を垂れさせながら不安そうに周りを取り囲みながら座り、その顔を覗き込むことを繰り返す。そんな五匹の耳が、ぴくりと動いた。誰かが来た、と。



「でかっ…」
「純和風の平屋建てか…敷地の一部は神社か」
「稲荷神社のようですね…」
「すげぇ!てか神社にずかずか入って良いのかよぃ!」
「あーん?別に俺達は入り浸ってるけどな」
「お前らって罰当たりだね」



そんな会話を繰り広げながら前触れもなく跡部は家の扉を開け放つ。マジこいつ罰当たり。氷帝以外の誰もがそう思ったところで玄関から大量の鼠が飛び出してきた。神経質なのか何なのか。もっとも早く反応を示した仁王が物凄い勢いで離れていく。それに少し遅れるようにして立海と財前もまた距離を取る。そんな事すら気に止めず、ずかずかと靴を脱いで上がり込んでいく向日と芥川。まるで、その二人だけを通すように鼠は道を開ける。だが、二人が通りすぎてしまえば再び鼠は進行方向を塞いでしまう。



「あー…アカンな、これ。五狐の機嫌が悪いんやろ」
「しかもあの二人を通したとなるとアレ関係と…」
「御影様が機嫌悪くないだけでマシじゃないですか」
「ちょ、何あんたら鼠に囲まれて話しとるんすか!頭可笑しいんちゃう!?」
「は、早よ、鼠をどうにかしてくんしゃい!」
「大丈夫ですよ。狐に化かされているようなものですから、これは本物の鼠ではありません」
「本物ではない…?」



真田がそうっと手を伸ばしたところ、見事に噛まれた。本物ではない。その言葉に嘘はないのだろう。現に氷帝は、ケロリとしている。それでも疑いの眼差しを止めない彼らの前で鼠は、ぼふりと煙に包まれたかと思うと跡形もなく消えてしまう。代わりに大量の葉が散らばっており、それは急に吹いた風によって一ヶ所に纏められていく。何かがいる。そう恐怖にも似た好奇心が膨れ上がるなか、揃いの甚平を来た五匹の狐が仁王立ちで玄関に現れた。



「来るなら来ると前触れを寄越さんか貴様ら!」
「玄関も勝手に開けるではない!そして少しは慌てふためけ馬鹿者が!」
「実に面白くない人の子だな貴様らは!」
「紗雪なら只今お休み中だ!邪魔をしないなら上げてやらんこともない!」
「茶菓子は何時もの練りきりか!?」
「…ぎ、ぎゃああああ狐が喋ったぁぁぁぁぁ!!」
「相変わらず面倒くせぇやり取りだな。ほらよ、五狐ども」
「むっ!気が利くではないか跡部」
「ほほう…あの店の油揚げだな」
「よしっ上がって良いぞ」
「何時もの所にいろ」
「今日は羊羮もつけてやろう」



跡部から貰った油揚げに嬉しそうに尻尾を揺らしながら奥へと入っていく。毎度ながらのやり取りだが、それを見ていた他多数はポカーンとした表情を浮かべている。そのまま促されるままに上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。財前に限っては本家に入り浸っているため見渡すことなく跡部の後をついていく。広い屋敷内を歩き回り、何時もの部屋へと移動をする。其処だけは純和風ではなく、完全に洋風だった。外見とのギャップに何も知らない面子は再び呆然とする。暫くしてお茶や茶菓子を盆に乗せて五狐達がやって来た。子供のような背丈で動き回り、お茶を置くとそのまま座り込んだ。



「これまた面白い人の子だな。素質はあるようだ」
「え、あ、はい…?」
「五狐、大人しゅうしぃや。初対面やのに自分等があないな事するから戸惑ってんやろ」
「煩いわ忍足!紗雪に言い付けるからな!」
「な、なあ…五狐?お前ら狐、だよな…?何で喋んだ?」
「ふん、其処らの狐と一緒にするでないわ。我ら尾裂き狐は、この安倍の守り神。喋るなんぞ造作もないわ」
「興味深いな。御影様とやらもそうなのか?」
「無論、御影殿もだ。あの方は滅多に人の子の前には現れんがな」
「ところで安部さんがお休み中って?」
「…それ退散!」



まるで話したくないとばかりに逃げていく五匹の狐たち。走るたびに尻尾がゆらゆら揺れる。それを見ていた仁王と鈴原は触りたいと思ったが、あれもまた妖。それも守り神だ。何があるから分からないが故に、ぐっとそれを堪えた。



「…この家は、あのような方ばかりなのですか?」
「いや、普通の人間の方が多い。ただ五狐は別だな。御影様も滅多に姿は見ねぇし犬神なんぞは、ただの大型犬と変わらねぇ」
「御影様って何の妖なんだ?」
「蛇神や。大層大きな蛇らしくてな…普段は人の姿しとるし会わへんからええけど…」
「タメ口利いた時点で終わるから気を付けた方が良いな」
「ほう、それは我のことかのう?」



氷帝一同、ピタリと音を立てて硬直した。そんな彼らの背後で笑っているのは平安時代に着られていたような和服を身に纏った中性的な顔立ちをした髪の長い人物である。ちなみに男物の和服だが性別は定かではない。尋ねた瞬間に人生が終わるような気がして尋ねられた者は誰一人もいない。



「み、御影様…」
「お主らまた妙な念をくっ付けてきたのう…何じゃ見ぬ顔が増えたの」
「初めまして御影様。幸村精市と言います」
「ふむ、なかなか肝の据わった人の子じゃ。紗雪の人間関係は相も変わらず興味深い」
「そ、それより紗雪はどうしたんですか?」
「跡部…お主が敬語とは気色悪いことこの上ないのう。不遜な態度で紗雪の頭をひっぱたいとるのは知っとるぞ。まあ良い…少し弱っとるだけじゃから時期に目を覚ます。それまでの間は我とちと遊んでいけ」
「………」
「俺、五狐のとこ行ってきます」
「俺もそうするわ」
「あー、じゃあ俺も」
「そこな新入りも遊んでゆけ」



逃げる前に笑顔で釘を刺されたメンバーは、さっと青ざめた。彼もしくは彼女は蛇神。それも巨大な大蛇なのだ。氷帝の様子からも下手に関わるとヤバイのは目に見えている。だが、この蛇神に逆らう勇気もないのだ。




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