眠れぬ暁をきみは知らない | ナノ
あなたは触れても消えませんか



元の世界に戻ってきてから二ヶ月以上が経った。あちらで過ごしていた一ヶ月の間は行方不明だったために様々な質問をされて酷く気分が害されたことを今でも覚えている。それにしてもイラつく。本当に些細なことで気が立って仕方ない上に、この二ヶ月まともに眠れた日が一日たりともない。そのために目の下には色濃く隈が作られている。原因はなんとなしに分かっており、それ故に手の打ちようがなかった。ただ、朱綺がいないだけだと言うのに。あいつがいないから俺はダメになっていく。未だに恋しくて仕方がない。あー、何してんのかな朱綺のやつ。俺がいなくなって泣いたか?上の空でデスクの上の書類を片付けながら顔を思い浮かべれば、イラつきは収まっていく。でも、本物には会えない。そう思った途端に先程とは比べ物にならないイラつきを感じた。



「…巡回に行ってきます」
「伏見、その前に仮眠室に行きなさい。目の下の隈が酷いわ」
「別に寝れないんで結構です」
「伏見っ!」



咎めるような声が追い掛けてきたが無視して椿門へと向かう。ほんと眠れればここまで苦労はしていない。このイライラも美咲とやり合えば、すっきりするだろうか。そのために巡回と称して美咲を探し回る。いっそうのこと、やり合って気絶でもすれば睡眠がとれる気もしてきた。ほんと重症だわ俺。普段なら気絶なんてもんプライドが許さねぇのに。ふらふら歩き回り、漸く鎌本とともにいる美咲を見付けた。これで、この感情も消えれば良い。



「美咲ぃ、今日もまた尊さんのとこに行くのかよ?いい加減、尊さん離れしたらどうだ?」
「名前で呼ぶんじゃねぇよ、クソ猿! あ?何だ、その面」
「うるせぇよ。美咲の分際で人の心配か?」
「誰がてめぇの心配なんかするか。今日はてめぇに構ってやる暇はねーよ。迷子の回収に来てんだからよ」
「迷子だぁ?」



吠舞羅に迷子になるような奴なんかいただろうか。アンナが一人で出歩くはずがない。地理に不馴れな新入りがいるはずもないだろう。不思議に思いながらも、言葉通りに俺の相手をしようとしない美咲に苛立ちが募っていく。無理矢理にでも戦闘に持ち込めば良いかとサーベルに手をかける。抜刀しようとしたところで坂東とともに小柄な影が姿を表した。間違えるはずがない。あれは朱綺だ。どうして吠舞羅なんかに。いや、何でこの世界にいるんだよ。訊きたいことは沢山あったが、考えるより先にあいつの名前を呼んでいた。それに反応し、こちらを見た朱綺の瞳には薄く涙の膜が張られていた。



「さる、ひこ…?なんで、」
「何ではこっちの台詞だ。ちょっと来い」
「え、ちょ…待って、」



戸惑う様子の朱綺に近付き、その細い腕を取るとそのまま抱え上げる。呆然とする美咲に、こいつは貰っていくとだけ告げて、さっさとセプター4の寮へと戻っていく。二ヶ月で少し痩せたかと抱えあげた朱綺を見て思う。混乱した様子だったが、俺の存在を確かめるようにペタペタと体を触りだした。それにされるがままになりながら早足で歩いていれば、朱綺が今にも泣きそうな表情で俺を見ている事に気が付く。どうしたと問えば、首を否定するように振る。それから、ぎゅっと首に腕を回してきた。



「本当に猿比古だ…じゃあ此処は猿比古の世界?」
「そうなるな」
「…痩せたね。それに隈が酷いよ」
「お互い様だろ」
「私、そんな隈なんて作ってないよ」
「俺よりマシかもな。…逢いたかった」
「私も。猿比古がいなくなって寂しかった…」



泣くのを堪えながら吐き出された言葉に朱綺を抱える腕に力がこもる。心が満たされていく感覚とともに睡魔が襲ってくる。タイミングよく寮の自分の部屋に辿り着き、片手で鍵を開ける。邪魔になるからと降りようとする朱綺を制し、そのままベッドへと雪崩れ込んだ。仕事中だけど良いかと、そのまま目を閉じてしまう。どうして良いのか分からないであろう彼女を腕の中にしまいこんでいれば、ゆっくりとした動作で頭を撫でられた。



「寝る前に放してくれると嬉しいな」
「やだ。お前がいなくなりそうだし」
「流石に無断外泊はいけないと思うんだ。端末、忘れてきたから連絡とれなくて」
「そんなの良いだろ。頼むから此処にいろよ」
「…ん、そうする。おやすみ、猿比古」



絶対に離さないと腕に力をこめれば困ったように笑った気がした。かけたままのメガネが外される感覚とともに告げられた、おやすみと言う一言。寄り添う体温に安堵しながら深い眠りについた。






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