眠れぬ暁をきみは知らない | ナノ
せつなさを忘れないで



あれから二週間。すっかり吠舞羅に馴染んだ朱綺はアンナの隣に腰掛けながらストレインの話を聞いていた。自分がそれに当てはまるのだと言われ、困惑したように彼女は眉を下げる。言っている意味は分かるのだが、如何せんそんな能力とやらを使ったことがないのだから判断がつきかねる。別段、危険なものではないらしいが、はっきりさせておきたいと言う気持ちも理解できる。だが、その力を駆使する方法も分からないし自分でも、どんなものなのか分からないから何とも言えない。さて、どうしたものか。頭を悩ませながら能力とやらは具体的にどんなものなのかと尋ねてみた。そうすれば十束が笑いながら見ていてと言い、彼の腕に突然、炎が現れたかと思えば鳥を象っていく。



「相変わらず器用なやっちゃなー」
「わぁ…綺麗」



十束の腕に止まるように鳥の形を模した炎が揺らめく。本当に無意識だった。火の鳥に触れれば、ただでは済まない事は分かっていたが吸い寄せられるように手を伸ばしてしまう。けれど、それは触れる寸前で空に溶けるように掻き消えていく。おそらく危険だからと十束が消したのだろう。だが、消したであろう張本人は驚きが宿った目を朱綺へと向ける。それが何故だか分からなくて。困ったように曖昧な笑みを浮かべることしか出来ない。そんななか十束に八田が声を掛けた。



「どーしたんすか十束さん、そんな顔して。自分で消したんじゃないすか?」
「今のはね、俺が消したんじゃないんだ。たぶん朱綺だと思う」
「わたし…?」
「…もしかして朱綺の能力って他人の力を消すのか?」
「ほな、これに触ってみぃ」



草薙によって生み出された炎へ恐る恐ると手を伸ばす。やはり、先程のようにそれは消えていく。意図して力とやらを使っているわけではないのだが、試しにもう一度と差し出された炎も消えてしまう。これで朱綺の異能は決定的なものとなる。人を傷付けるような害があるものではなかったことに安堵しながらも己の掌へと視線を落とす。はたして、この力を得た意味があるのだろうか。全くもって役に立たない力でいて厄介なものである。何が厄介かと訊かれれば、対象者がいなければ使用しているからも分からないことだ。無意識に力を垂れ流していて今のように勝手に他人の能力を消してしまうかもしれない。吠舞羅の特殊性を考えると、やはりそれは良くないのだろう。目の前に置かれたカップに注がれた紅茶を飲みながら彼女の眉間にはどんどんと皺が寄っていく。その皺を今まで黙っていたアンナが突っついた。



「どうしたの、アンナちゃん」
「皺が出来てる。大丈夫、朱綺の力は役立たずじゃない」
「…そっか、ありがとう」



淡く微笑んで彼女を抱き締めれば、服を掴みながらぎゅっと抱き締め返してくれる。妹がいれば、こんな感じなのだろうか。朱綺は一人っ子で今まで歳の離れた従兄弟などもいなかった。故に櫛名アンナという存在は、そんな感情を揺さぶる唯一の人物。幼いながらも大人びた彼女に何度も助けられ、朱綺は本当の妹のように接する。それに嫌がる素振りもなく慕うアンナ。その光景を吠舞羅の面々もあたたかく見守っている。しかし、困ったことが一つ。異常になつきすぎた為にアンナは朱綺から離れず、彼女がいなくなると泣きそうな顔で帰りを待つようになっていた。つい先日も、そのような事があったために外出を朱綺は自粛中である。



「取り敢えず朱綺の力も分かったことだしご飯にしない?俺、お腹すいちゃった」
「そうやな、もう昼時やし。尊、起こして来ぃや」
「朱綺、行こっ」
「うん」



アンナに手を引かれ、自身も居候をしているバーの二階へと上がる。彼女の部屋はアンナと同室であり、其処とは別の部屋の扉をノックした。けれど、予想通り返事はない。何の躊躇もなく扉を開けて入っていくアンナの後を追うように一言断りを入れてから足を踏み入れた。ベッドに眠る人物は燃えるような赤い髪。その持ち主は王なのだと教えてもらったのは何時だったか。ああ、そうなのか、と。何となく思って納得。一般人とは明らかに違って見えて。一種の畏敬の念すら感じると朱綺は思った。では、残りの六人の王にもそう言った感情を感じるのだろうか。おそらく答えはイエスなのだろう。そんな思考を中断し、寝起きの周防に手に持っていた水を差し出した。



「もうお昼の時間なので下に降りてきて下さいね」
「…ああ」
「それでは草薙さんの手伝いをして来ます」



まだ完全に目を覚ましていないらしい周防をアンナに任せ、朱綺は手伝いのために下へと降りていく。そこで先程、中断した思考を掘り返す。王とは石盤に選ばれし者。ストレインは、その石盤からの力の漏洩により生まれた王の出来損ないなのだと。故に強く畏怖の念を感じるのか。いや、それもまた違うのだろう。何とも言えない感情の片隅には常に伏見がいた。片時も忘れられないのかと朱綺は自身に対する呆れた感情とともに溜め息を吐き出した。






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