偽物さがし | ナノ
静寂の残響



例の事件から数日。一度も会うことなく、平和な日々を過ごしていた。暫くは張り付いて離れなかった泡沫も安心したのか、自らが入りたい部活に入部。部活三昧の日々を送っている。梦はこれと言ってやりたいこともなく、家事が忙しいとの理由で帰宅部である。端末が受信した泡沫のメールに目を通し、今日の献立を考えながら歩いていれば視線を感じた。



「気のせい、かな…。まだ知られてないはずだし…」



忙しなく辺りに視線をさ迷わせ、なるべく人の目がある道を歩いていく。しかし、人目を避けるようにある道を通らなければ家には辿り着けない。覚悟を決め、路地へ入り込んだ。背後を確認したところ誰も居らず、安堵の息を漏らす。だが、それは一瞬のうちに打ち砕かれた。前方に立つ男は先日の誰でもなかったが、その手には陽の光を反射するナイフ。立ち竦んだのがいけなかったのか。逃げる暇もなく組み敷かれ、首もとに切っ先があてられる。



「や、やめっ…!」



声が、体が震える。まさか、こんなに早く見付かるなんて。男の胸で揺れている緑色の石を愕然としながら見つめ、涙を浮かべながら必死に抵抗をする。ナイフの切っ先が皮膚の上を滑り、鈍い痛みが走った。殺されることはないだろうと高を括ることも出来ず、その痛みに呻き声を漏らす。ーー不意に体に掛かる重さが消えた。手を掴まれ、茫然とする意識の中で手を引かれて走り出す。目の前で揺れる金を懸命に追い掛け、男が追ってこないと判断したところで足が止まった。



「良かったー。俺、ケンカ弱いから追い掛けて来なくて安心したよ」
「あ、あの…助けて頂いてありがとうございます」
「良いって。女の子が襲われてたら助けないわけにはいかないでしょ。…首の傷、大丈夫?」
「あ、はい。少し痛いですけど大丈夫です」
「近くに俺の知り合いがやってるバーがあるんだ。其処で手当てをしよっか」
「え、いや…これ以上ご迷惑をお掛けするわけには…」
「へーきへーき」



穏やかな声と笑顔に頷けば、彼は梦の手を引いて歩きだす。青年は歩きながら十束多々良と名乗った。つられるように名前を伝えたところで慌てて口許に手をあてる。泡沫に無闇に名前を教えるなと言われていたことを思いだし、後悔をしたが恩人なのだから良いかと思い返す。辿り着いたバーの扉にはcloseの札が下げられていたが、十束は気にすることもなくその扉を開けた。



「草薙さーん、ちょっと手当てしてあげて欲しいんだけど」
「…あ」
「こないだの…」
「あれ、知り合い?」
「知り合いっつーか、その女!例の奴っすよ!?」
「八田ってば、梦ちゃんが怖がってるから睨まないであげて」



例の奴って?知らない人間にまで顔を知られていると言う恐怖に、この場で最も安全であろう十束の背後に逃げるように隠れた。情けないが彼の洋服の裾を掴めば、だいじょーぶと頭を撫でられる。ちりちりと痛む傷に眉を顰めながら見上げれば、彼は笑顔。膝が震えるなか、恐る恐る顔を出し、気まずいながらも頭を下げた。



「ほら、入って入って」
「わ、わたし…」
「良い奴等ばかりだから安心して。首の傷だってまだ血が止まってないでしょ?」



指摘された通りに首の傷辺りに手を当てれば、ヌルッとした感触がして血が止まっていないことを教えてくれる。制服のシャツが血で汚れたのを視界に納めつつ、手を引かれるままにカウンター席に座りこんだ。背中に刺さる視線に居心地の悪さを感じながら、恐々と先日の草薙と呼ばれた男を見上げる。彼の手には何処からか取り出した救急箱が。



「で、どないしたん」
「変な男にナイフ当てられてて。咄嗟に体当たりして逃げてきちゃったんだ」
「そりゃ災難やったな。ちぃと染みるで」
「っ、」



消毒液に浸されたガーゼで消毒をされ、ピリピリとした痛みが指先まで走った。それから手早く手当てがされ、首に巻かれた包帯に触れながら感謝の言葉を述べる。だが、これで終わるはずもないと無意識のうちに体を固くさせた。






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