偽物さがし | ナノ
こころをひと粒飲み干せば



街中を歩いていく千夜は何時ものように真っ白な服装をしていて真っ白なスカートの裾を揺らしている。それを見ながら梦は、これから向かう目的地を思い浮かべて緊張したような面持ちを浮かべた。暢気な様子の千夜は、目的地の前まで来るとウサギ特有の仮面をつける。その服装とのチグハグ具合に彼女は不安そうに眉を下げた。知らずと溜め息が漏れていき、それから小さく不安げな声を漏らす。それを聞いたためか。仕方ないとばかりに鞄に詰め込んでいたらしいローブを引っ張り出してそれを羽織る千夜。幾分かマシになった姿で千夜は何事もなかったように東京法務局戸籍課第四分室に足を踏み入れた。此処においてウサギなんて顔パスも同然。ウサギとともにいることから向けられる視線に梦は元から被っていたフードを更に深く被った。



「やーやー青の王様!先日はうちの子ウサギが迷惑かけたね。そんで今日はちょっと頼みがあるんだな!」
「これこれは…御前から事前に用件は伺っています。ところで後ろの方は?」
「娘でーす!と言うのは嘘で…今回の件で彼女の力が必要だから連れて来たんだ。ただし…無用な詮索は不要」
「…分かりました。では、伏見くん。頼みましたよ」
「……」



ノックも挨拶もなしに扉をあけた千夜に背後にいた梦は驚いたように小さく声を漏らした。そして失礼極まりない態度をする千夜に宗像は慣れきってるのか。スルーして傍らに控えていた伏見へと声をかけた。だが、等の本人は何も言わずに無言である。それから短い言葉で移動を促された。そこで梦は不思議そうに首を傾げるのだ。何故、千夜は宗像の後に続いて畳の上に上がっているのだろうか。そしてお茶をたててもらってるのだろうか。つくづくウサギに向いていない性格だと思う。



「あ、いってらっしゃーい。無理しちゃダメだよー」
「え…?私一人、ですか…?ウサギさん、話が……」
「大丈夫!此処で待っててあげるから!」



完全に動くつもりがないらしい千夜に梦は諦めたように肩を落とす。そして背後から聞こえる不機嫌そうな舌打ちに慌てて伏見の方に向き直り、何故だか謝らなければならない気がした。それから無言で扉を開けられ、怯えながら部屋を後にして行く。今回、此処へ来たのは三ヶ月以内にセプター4によって捕縛された能力者について調べること。それはあくまで表向きの話だ。いや、目的に含まれてはいるが重要なのは能力者の写真。それさえあれば、後はどうにでも出来てしまう。情報収集なんてウサギには朝飯前のもの。だが、それでは分からないものもある。だからこそ梦は此処へ連れて来られたのだ。利用されているとは思わない。これは黄金との取引。利害関係の合致ゆえのこと。両者の心情がどうであろうと関係ないことだ。



「……ここに出してあるのが全部。見終わったら声をかけろ」
「分かりました」



どうやら監視付きらしい。それは仕方がないことだ。何せウサギならともかく顔を隠した人間が調べようとしているのだから。割りきってしまえば気にならなくなる質の梦は、さっさと電子化された資料へと手を付けた。写真だけを眺めていれば、やけにその人数が多いことに気が付く。これは、やはりそうなのかもしれない。けれど、この中で何れだけの人間が有力な情報を握っているかが重要となってくる。ふいにそれまでテンポ良くマウスをクリックしていた梦の手が止まった。画面を凝視したまま動きを止めた彼女に怪訝そうな目を向けた伏見が立ち上がって画面を覗きこむ。データから見ても何の変鉄もない能力者。それでも画面は次の能力者のデータへと切り替わろうとはしない。



「……こいつに何かあんのか?こそこそ黄金が動き回るほどの何かが」
「お答え出来ません。御前からは何も言うなと言われています」
「…あんた、ウサギじゃないんだろ?」
「無用な詮索は不要、です」



ウサギと同じ言葉を吐き出した梦を見下ろしながら伏見は目を細めた。ここ一年で聞き慣れた声は正しく双子と酷似している。いや、同じと言っても言いかもしれない。そして淡島が黄金のクランズマンが起こした騒ぎについて報告した際の報告書の違和感。そして吠舞羅の動き。ゆっくりと口角を上げた伏見は仮定を確信へと変えるために彼女の被るフードを取り払った。驚きで目を丸くさせる少女は、正しく双子と瓜二つ。唯一の違いは、翡翠で出来たピアスをしていることだけ。ズイッと顔を近付ければ、その分だけ梦は椅子に座ったまま後ずさった。



「へえ。やっぱりお前が例の吠舞羅を襲ったっつー奴か。それを淡島副長には口止めしたって訳か。セプター4には知られたくない後ろめたい事でもやってんの?」
「…違います。御前がやる事に後ろめたいものなんてありません。そもそもその事件は一年以上前から起きているものです。私が動けるようになったのは一年前。どう考えたって不可能です」
「動けるようになった…?」
「あ……」



つい口から出てしまったのか。慌ててたように口許を押さえ、PCの画面に向き直った。これ以上は情報を与えまいとフードを被り直しながら口を一文字に引き結ぶ。そんな折りにタンマツの音が鳴り響いた。ポケットからウサギ専用に与えられたタンマツを出し、通話を開始する。一方的に話す千夜の話をまとめるとこうだ。ちょっと例の奴さんの情報が手に入ったから調べに行ってくると。なので迎えに来るまで大人しく待っててねとの事である。相変わらずハイテンションな声だが、その声は硬かった。無理もない。黄金にとっては念願の情報。そうならないはずがない。梦は無意識にタンマツを握りしめていた。それから全データに目を通してしまい、深く息を吐き出す。能力の使用は、やはり疲れる。



「…あの、終わりました。ありがとうございます」
「何か目ぼしい情報でもあった?」
「……言いません」
「今さら口塞いでも無駄だろ。さっき自分で言ったんだからさ」
「………あれくらいなら問題ないです。ただ言わない方が保険になる。それだけです」
「…あんた、篠宮梦にそっくりな癖に性格はあまり似てないな。てか何でそこまで似てるわけ?血縁者?三つ子でしたなんて言うわけねえよな」



篠宮梦と言う名前に敏感に反応を示した梦だが、顔色を変えることはなかった。それでも微かに動揺したのか。視線を床へと走らせる。頭がグラグラと奇妙な感覚に陥るのを自覚しながら、それを鎮めるように能力を使用する。目の前の伏見にそれを悟られぬように気を付けながら、冷や汗を拭う。安定期に入ったとは言っても未だに干渉を避けられないのかと梦は小さく唸った。



「無用な詮索です、それは」
「…チッ。分かったよ。じゃあ名前、教えろ」
「國常路梦、です。名前から調べようとしても無駄ですよ。ウサギさんが全て情報操作してくれていますから」



舌打ちが聞こえたが、梦は気にすることなく近付いてくる足音に耳を傾けた。千夜ではなさそうだが、迎えが来たようだ。扉がノックとともに開かれ、ウサギが姿を現す。無言で頭を下げるウサギの隣に歩いていくと彼女は伏見に頭を下げてから部屋を退出した。



「…何かございましたか?」
「うん、あったよ。能力者のうちの三人が接触してる。でも記憶は書き換えられてるから…」
「分かりました。それでは御前に報告してから調査致しましょう」
「うん。何かあったら私も手伝うよ。……本当にありがとう、ウサギさん」



フードの下で泣きそうな顔で微笑んだ梦は、促されるままに足を進めていく。建物の前に停められている車に乗り込んだ。走る車内から自分と瓜二つの双子が歩いているのが見えた気がした。





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