所変わって一条橋。此処は三条大橋ほど大きくはない橋が幾つかある。そんな場所で辺りを見渡す八瀬の姫さん。俺に気が付いたらしく微笑みながら駆け寄って来た。
「来てくれたのね」
『久し振りに顔見たいと思って。それより今日はどうする?』
「えっと…一緒に市中を回りたいの。良いかしら…?」
『俺で良ければ』
良い、と言う事なので姫さんと共に市中を回る。一族の刺客も昼間からは襲っては来ないから大丈夫だろう。しかしながら女と言う生き物は甘味と可愛い物には目がないらしい。先程から小物屋を見てばかりだ。だが、こうして見ていると人と大差なく、微笑ましい光景なのは確かだ。髪飾りを見て悩む彼女の隣へ並び、一つ手に取った。それを姫さんの髪の色と照らし合わせる。
『うん、これが似合う。おじさん、これ頂戴』
「じ、自分で買うわ!」
『こういう時は黙って送られとくもんだよ。ほら』
可愛らしい細工が施された髪飾りを渡すと嬉しそうに口許を綻ばせた。それから再び移動を開始し、様々な場所へと行く。正直、京をこんなに見て回ったのは初めてかもしれない。お陰で知らない事も知れた。これは八瀬の姫さんに感謝しなければならない。
◇◆◇◆◇◆◇
歩き疲れたらしい姫さんと手近な甘味処に入り、休憩をしていた。その手には葛切り。やっぱり甘い物は好物らしい。俺自身は出掛けるまで団子を食べていたので何も頼まなかった。茶を飲みながら姫さんと話していると唐突に目の前に白刃が突き出される。刀の持ち主と目が合えば、にっこりと嫌な笑みを浮かべて見せた。あっ此奴って…。
『新選組の……』
「沖田総司です。君は?」
『一ノ瀬雪だけど…何?』
「じゃあ雪君、君には悪いけど屯所に来て貰おうか。……って言いたい所だけど逢い引き中みたいだし止めといてあげるよ」
そう言いながら刀を鞘に納める。その直後に他の新選組の奴と女鬼が姿を表す。姫さんは女鬼と顔見知りのようで仲睦まじく話を始める。そうなると必然的に相手は新選組連中となる。
『……と言うか何で逢い引き?』
不意に疑問が口をついて出た。右斜め前に座っている奴は、それを聞いて茶を溢しかけた。沖田は「違うの?」と問い掛けてくる。逢い引きって恋仲の奴等がやる奴だろ?違う違う。そんな感じの説明をすれば何故か此方に背を向けて小声で話をし出した。
「あれ…本気で言ってるのかな」
「嘘を吐いているようには見受けられないが…」
「だって、どうみたってお千ちゃんの方は気が有りそうなんだよ。しかも若い男女が一緒に出掛けてるんだし」
「俺には、そのような事は分からん」
誰も相手をしてくれず物凄く暇になって来た。机に顎を乗せ、唸っていると、またもや唐突に痛みを感じた。誰かに頭を殴られたらしく酷く痛む。「誰だ、馬鹿野郎」と言いながら振り替えればお怒りの風間。ありっ何で怒ってんだよ。そう問えば確実に彼の世逝きは間違いない。本気で笑えない。風間の登場に驚きながらも警戒したような表情をする新選組は、どうやら眼中にはないようだ。つまり狙いは俺一人、と言う訳。
「貴様…よもや今日の会合を忘れたと言う訳ではあるまいな」
『あっそういやあ(ドスッ』
風間は刀を抜いて机にぶっ刺さした。これは常識はずれも程があるぞ。しかし、これで理解した。今の奴に下手な発言をすれば絶対に斬って殺される。此処は大人しく戻るのが得策だ。
「ちょっと風間!急に何しに来たのかと思えば…こんな処で刀を抜くなんて少しは考えなさいよ」
穏便に済まそうと思ったが駄目だったようだ。今の姫さんの言葉に機嫌の悪い風間の矛先が彼女へと向く。面倒くさそうに頭を掻きながら仲裁に入るが、この二人は一度、睨み合うとなかなか終わらないのだ。
『あー、もう…お前等って本当に面倒。風間、俺が帰れば良いんだろ。行くぞ』
「ちょっ、雪!?」
『悪い、姫さん。この埋め合わせはするから』
未だに睨み合う片割れを引き摺りながら甘味処を後にする。半日、振り回されなかったのが幸運だった。暫くすると自力で歩き始めたので引き摺っていた手を放す。機嫌はまだ悪いので下手には話し掛けたりはしない。
姫さんまで機嫌損ねて無きゃ良いけどな…後で文でも出してみっか。
その頃、甘味処では…。
「折角、一緒に出掛けてくれたのに…風間のせいで…」
「だ、大丈夫だよ。埋め合わせしてくれるって言ってたし」
「それも邪魔されるわ」隣を歩いていた風間が珍しく、くしゃみをする。あまりに珍しいので少しばかり目を瞬かせる。
『風邪か?珍しいな…』
「違う。誰かが噂しているのだ」
『あっそうなの。今日は大人しく寝とけよ』
風邪ではないと騒ぐ風間から距離を取り、早足で藩邸へと向かった。
←|
→
←