40万打部屋 | ナノ

とても大事なんです。

「……」
「何度…?」


私の言葉にマルコさんは答えることなく、温度計を振って戻した。…振らなくてもいいのに。


「大丈夫なら私も出勤「大人しく寝てろい」


起き上がろうとした私の肩を掴んで、そのまま少し乱暴にベットに寝かされた。
ベットが揺れ、私が文句を言う前にマルコさんが隣に座って額に手を当てる。


「有給残ってるだろい」
「……うん」
「それで休め。今日明日は大人することだな。解ったかい?」


有無を言わさない圧力に、黙って頷くと額に添えていた手で頭を撫でてくれる。
…気持ちいい。もっと撫でてほしいな…。


「俺はもう行くよい」
「マルコさん…」
「薬は買ってくるから」
「違う…。………あの…ね…」
「早く言えよい」


冷えピタを張ってもらいながら口元で喋ると、溜息をはきながらまた頭を撫でてくれる。


「寂しい…」
「ガキじゃねェんだ。大人しく待ってろい」
「寂しいです。早く帰って来て…」
「仕事が終わればな」
「やだ…!」
「ワガママ言うんじゃねェよい」


風邪を引いたというのに、マルコさんは変わらず厳しい。
ちぇー…ちょっとは優しくしてくれればいいのに…。
口を尖らせてもマルコさんはさっさと身支度をして仕事に向かった。
無音が部屋を包む。……な、なんか音が欲しい…!


「よいしょ…」


温かい恰好をして、枕を持って、毛布も持ってソファに向かう。
暇だしテレビ見よう。熱は高いかもしれないけど、動けないほどじゃない。


「忘れもん―――おい…」
「あ…!」


だけど、ソファに座る前に戻って来たマルコさんにバレてしまった…!
お部屋へ強制送還され、トイレ以外動くな!と厳重な注意を受け、私は涙目で素直に頷く。
病人にはもっと優しくしてよ!…今のは私が悪いけどさ。
最初は大人しく本を読んだり、携帯を触ってたけど、お昼前になると身体がダルくなってきた…。
熱も若干上がってる気がする…。あー…これはやばいね、本格的に風邪引いてる。
そう思って大人しく寝ることにした。苦しかったけど眠ることはできた。
だけどすぐに目が覚めてしまう…。いつもだったらもっと寝れるのに…。


「まだ十二時かー…」


会社では昼休憩ぐらいだろう。
傍に置いてあった携帯を開くとエースくんとサボくんからメールがきていた。
どっちもお見舞いメール。
簡単に「ありがとう」と返して、マルコさんにもメールする。


「「寂しいです」っと…」


風邪を引いたときほど、弱気になってしまうのは何でだろうか…。
返信は期待せず、また目を瞑るとすぐに睡魔に襲われて意識を手放した。





「……」


名前からのメールを受信したマルコは、携帯を開いたまま眉をしかめていた。


「どうしろってんだい…」


珍しく名前が風邪を引き、当たり前のように元気がない。
名前が不安になるのも仕方ないし、名前が望むのならずっと横にいて看病をしてあげたい。
だけど今、自分が休むわけにはいかない。というか、そういった理由で休むのはマルコのポリシーに反する。
嫁は大事だが、社長も大事だ。
だから早く仕事を終わらせ、早く帰ってやろうと午前はいつも以上に働いた。
しかし終わらない。今日に限って仕事が山のようにある。
イライラしながら書類を片づけ、取引先の会社と電話でやり取りをし、時々サッチに八つ当たりして…。
そんなときにきた名前からのメールに、マルコは頭を抱えて机に伏せる。


「返信、どうすっかなァ…」


あまりメールが好きではないマルコ。打つのも面倒。
携帯如きが俺のこの想いを名前にちゃんと届けられるってのかい?無機物のくせに調子にのんじゃねェよい!
と意味の解らない怒りが芽生え、携帯を閉じる。
ここで「大丈夫かい?」とメールを送れば、名前は余計「寂しい」と思うだろう。
「大人しくしてろい」とメールを送れば、さすがに傷つくだろう。
今回は(も)無視をすることにしたマルコ。
その時間を仕事にあてよう。そしてさっさと帰ろう。
名前のことを思うと身体の底から力がみなぎってきて、また書類に手を伸ばした。





「ただいま」


いつもより早めに仕事を終わらせることができたマルコは、帰りに薬や果物など、病人に優しい食べ物を買って帰った。
普段なら自分が帰るとハートを乱舞させた名前が駆け寄ってきて、そのまま抱きつこうとするので、それを避けて部屋に入るのだが、


「……ま、当たり前だよな」


風邪を引いてるのだから、そんなことがあるはずもなく…。
先に荷物をキッチンに置いて、ネクタイを緩めながら名前が寝る部屋のドアを開ける。
声に気づかなかったのだから寝ているのだろう。
一定の間隔で上下する布団を見て、安堵の息をつきながら静かに中に入る。
服を脱ぎ、鞄も収め終えてからベットに近づく。
静かに寝息をたてる名前だったが、頬は熱く、額に汗も滲んでいた。
だけど手には携帯を握りしめ、離そうとしない。
きっと返信を待っていたんだろう。そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。


「ごめんな」


普段だったらこんなこと思わない。だけど今日だけは。
布団をかけ直してあげると、少し眉をしかめて苦しそうに唸ったが、起きることはない。


「…名前、お前に元気がねェと調子狂うよい」


頭を撫でながら呟くと、名前がゆっくり目を開ける。
熱のせいで焦点が定まっていないが、マルコを見て口元に笑みを浮かべる。
「マルコさんだァ…」と名前を呼んで手を伸ばすと、握られた。


「おかえりなさい…」
「ただいま。寒いかい?」
「ううん、熱い…」
「それももうぬるくなってんだろい。新しいの持ってきてやるから寝てろい」
「マルコさんが優しい」


嬉しそうに笑う名前に、「うるせェよい」といつもみたいに返そうとしたが、口を開いてすぐに閉じた。


「今日だけな」
「じゃあ横にいて下さい…。寂しかった、です…」
「…悪い」
「仕事だから…」
「……。薬買ってきたよい。ああ、その前になんか食わねェとな。果物買ってきたからそれ食え。それとも飯がいいかい?」
「果物でお願いします」


腰をあげ、部屋を出て行ったマルコ。
幾度か寝たら少しだけ気分がよくなった。
寝てばかりいたので少し身体が痛む。
ゆっくり起き上がり、マルコが座っていた場所に手をあてる。


「ふふっ」


早く帰って来てくれた。横にいてくれた。
たったそれだけなのに、今は無性に嬉しい。(勿論いつも嬉しいけど)


「何笑ってんだい」
「寂しかったから嬉しいんです」
「そこまで言える元気は戻ったんだな。ほら」
「……ウサギカットがいい」
「…テメェ…」


お皿の上にはちゃんと名前のことを思って小さく切られたリンゴ。
だと言うのにワガママを言う名前。
いつもだったら何も言わずリンゴを取り上げるが、名前が熱を帯びた目でマルコを見ると、押し黙って部屋から出て行く。
すぐに戻ってきたマルコの手には包丁と新しいリンゴ。


「元気になったら覚えてろよい」
「だってマルコさん器用なんだもん」
「いいから黙って食え」


頭をフラフラさせながらリンゴを口に入れ、噛みしめると甘酸っぱい果汁が口に広がる。


「果物って水分も糖分もとれるから便利ですね」
「あー」
「…真剣ですね」
「どっかの病人がうるせェからな」
「いつもだったらやってくれないくせに」
「テメェでしろよい」
「マルコさんが作るウサギさんが食べたいんです」
「そうかい。俺は面倒で仕方ねェけどな」
「今日のマルコさん優しい」
「……俺がうつしちまったわけだしな」


「申し訳ない」と言った感情が入った台詞に、名前は何も返さなかった。
一口、二口リンゴを食べ、シャクシャクと音を立てながら胃に運ぶ。


「ほら、できたよい」
「ウサギー。食べるの勿体ないです」
「食えよい」
「えー…。あ、じゃあ食べさせて下さい」


なーんて。と笑う前に、名前が持っていたウサギリンゴにマルコが食い付く。
そしてそのままキスをする。
熱いはずなのに、冷たい。
マルコの舌が入ってきたと同時に、その冷たいものも入ってきた。


「―――っな…何…?」
「食べさせて。って言ったのは名前だろい」


離れたマルコは口端からこぼれたリンゴの果汁を親指で拭って、ペロリと舐める。


「く、口移しなんて言ってない…!」
「ワガママな嫁さんだよい。ほら」


もう一匹作っていたウサギリンゴを名前の口元に運んであげると、熱か羞恥か解らなくなった赤い顔を横に振った。


「作れっつったのはお前だろい」
「もういいですっ。寝ます」
「一緒に寝てやろうかい?」
「風邪うつからダメです!」
「子供だねェ…」
「うるさいですよ!早く部屋から出て行って下さいっ」
「出て行って本当にいいのかい?」
「………そこいてください」


背中を向けて横になる名前を見て、マルコは声を出さずに笑った。




りぃさん、美伊さん、しほさんへ。
同じ風邪ネタだったので一緒にしてしまいました、すみません。



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