40万打部屋 | ナノ

怒らせてはいけない人

「困った…」


バイトも終わり、家事も終わらせた私は一枚の手紙を前に、眉をしかめていた。
そろそろサボくんが帰ってくる時間だけど、今はこの手紙が気になって仕方ない。


「……まさかこんなものを貰うなんて…」


いつも学校帰りにバイト先に寄ってくれる一人の男子学生がいる。
特に会話することなんてないけど、毎日来てくれるから顔は自然と覚えていた。
礼儀正しいし、明るいし、笑顔でお礼言ってくれるし…。
ともかく、好印象のその学生からラブレターを貰ってしまった!
本文はシンプルに「いつも優しいあなたが好きです。もっとあなたのことを知りたいので、お付き合い頂けたら幸いです」と書かれている。
字も綺麗だし、やっぱり礼儀正しい。最後には名前と携帯アドレス。


「私にはサボくんいるしなァ…」


結婚してるし、この先もサボくんしか見えないから断らないと。
そう思うけど、なんて断ればいいか全く解らない。初めてなんだよね、こう言うの。
いい子なぶん、断りにくいなー…。しかもちょっとサボくんに似てるんだよね。だから余計もやもやする。


「何してるの?」
「わっ!」


頭を抱えていると、耳元に低音ボイス。
驚きすぎてイスから落ちた私にサボくんが笑いながら抱き起こしてくれる。
き、気付かなかったなァ…!


「珍しく迎えにきてくれないから何してるのかと思った」
「ご、ごめんねサボくん。お帰りなさい!」
「ただいま、名前」


ギュッと抱きしめ、部屋に戻って服を着替える。
手紙はサボくんにバレないようエプロンに一旦隠す。あとからどうにかしよう、うん。


「ところでこの手紙なに?」
「あ!」


隠した瞬間、着替え終わったサボくんに盗まれてしまった!(昔から手癖悪いんだよねー…!)
慌てて取り返そうとする私だったけど、ザボくんは手紙を持った手を上にあげ、取らせないようにする。
身長差もあってジャンプしても取り戻せない。


「名前、小動物みたい」
「なんとでも!だからその手紙返して!」
「俺より手紙に夢中になってたからイヤ」


ニッコリといい笑顔で…。
そりゃあサボくんはとてもいい旦那様だよ?
近所付き合いも上手だし、仲間も友達もたくさんいる。性格だって悪くない。
でもそれは外での顔。
本当はまだまだ子供で、悪戯大好きで、人(私)を虐めるが大好き。あと顔には出さないけど結構嫉妬深いし、独占欲も強いと思う。勿論それは私もだったりするんだけどね。
だから大好きな人がラブレターなんて貰ったらショックだと思う。それなのに…!


「中身見ていい?」
「だ、ダメに決まってるじゃない!返して!」
「……必死になる名前も可愛いけど、なーんか怪しいな」


ニィと笑うサボくん…。ああ、お願いだから見ないで…!
願う私だったけど、それが叶うことはなかった。


「……」
「…サボくん…」


私に奪われないよう、天井を仰いで文章を読むサボくん。
この無言の時間が苦しい…。
少し震える手で服を握ると、その手を払われてしまった!
やばい、これはやばいです…。怒ってる!


「サボくん…」
「これ、なに?」


とってもとってもいい笑顔でピラピラと手紙を揺らす。
サボくんの笑顔は好き。だけどこの作った笑顔は嫌い…。というか怖いよ!
笑顔の後ろには黒い影が見え、ジリジリと私に迫ってくる。


「きょ、今日バイト先で貰って…」
「へェ…。嬉しい?」
「うれっ!?え、そんな…ことは…」
「どもってるよ」
「だってサボくんが…」
「俺?俺のせいなの?それは失礼。じゃあ、冷静に、大人な会話をしようか」


腕を掴まれ、イスに座らされる。
サボくんも私の目の前に座って、問題の手紙を机に置いて私に突き出してきた。
ニコニコ笑いながら指を絡め肘をつき、「経緯が聞きたいな」と語尾にハートマークをつけて私を見る。
い、威圧感がやばいです、旦那様ッ…!


「帰るときに外で待ってたみたいで、そのときに貰いました…」
「そう。何か言いたいことは?」


怖いッ…!ここって裁判所か警察署か何かなの!?


「…怖いです」
「ごめんね、名前。よく聞こえないなァ」
「な、何もないですっ…」
「人と喋るときは目を見ないと。そう教えてあげたはずだけど?」
「ごっ、ごめんなさい…!」


チクリチクリと攻めてくるサボくんに、私の目に涙が浮かんできた。
だけど泣いたところでサボくんが許してくれるわけがない。
エースくんだったら許してあげるんだろうけど、サボくんは許さない。(彼はお嫁さんにだだ甘だからね)
いや、そんなサボくんが大好きなんですけどね、だけどさ、私悪くないもん…!


「私悪くないって思ったでしょ」
「うっ…」
「悪いよ。何でその場で断らなかったの?」
「だ、って…。サボくんに少し、似てるし…」
「偽物と本物、どっちが好き?」
「勿論本物。だけど、その子いい子なんだもん…」


そう言った瞬間、ピキンと空気が凍りついたのが嫌でも解ってしまった。

あ、怒った。

そう思ってサボくんを見ると、目の前からいなくなっていた。


「名前」
「いっ…!」


いつの間にか横に立っていたサボくんに腕を掴まれ、無理やり立たされた。
笑顔がなくなり、何年ぶりかに見る怒った顔に心臓が一瞬止まる。


「お前、誰の女かまだ解んねェの?」
「……」
「そう、解んねェんだ。じゃあちゃんと教えてやらねェとな」


腕を掴まれたまま噛みつくようにキスをされる。
私のことなんて考えてないキス。これ、嫌いだ…!
だから腕を振りほどいて逃げようとしたけど、強い力に勝てるわけもなく抱きしめられた。


「解った?」
「…」
「解らないならもう一「わかり、ました…!」


声色は元に戻っていた。
乱れる呼吸の中、サボくんを見ると少し機嫌が戻っていてほっと息をつく。


「明日ちゃんと断っといてね」
「はい…」
「それとも俺が直接言ってあげようか?」
「私が言うから!サボくんはダメ!」
「何で?俺が言ったほうがそいつの勉強になると思うだけど」
「それがダメなの!」
「んー…」


目を瞑ってツツツ…と手を腰のほうに移動させるサボくん…。
あ、あれ…?なんかまだ嫌な予感するんですけど…。


「そいつに必死になる名前見てるとイライラする」
「え!?」
「ちょっときつめのお仕置きするからおいで」


おいで。と口調は優しいが、有無を言わせない威圧感にまた涙が流れる。


「あ、そうそう。今日は優しくできないから。当たり前だよな!」
「ですよね…」


サボくんを怒らせまいと何度も自分に誓いました。





ミユさんへ。



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