40万打部屋 | ナノ

一歩ずつ

「実家に帰らせて頂きます」


ある日の朝、名前は突然宣言した。
新聞に目を落としていたマルコはゆっくり顔をあげ、珍しく真面目な表情をしている名前を黙って見つめる。
このまま数秒名前を見ていれば、すぐに口元を緩め、「マルコさんかっこいー!」とデレデレするのだが、今日はそうならない。
これは何かあったな。と、今さっきの台詞を思い出しながら、新聞をたたんだ。


「どうしたんだい」
「知りません」


滅多に見れない名前の怒った態度。
ツーンとそっぽを向き、「ごちそうさま」と食器を下げた。
マルコに声をかけられる前に寝室に戻り、いつもより早めに会社へ向かう。
あっという間静かになったが、マルコは特に驚くこともなく朝食をすませ、自分も会社へと向かった。
夜になるころには機嫌もよくなっているだろう。いつもみたいに「マルコさーん」と甘えてくるだろう。
そう思っていた。


「…」


のだが。今回はそうもいかなかった。
会社へ行っても、名前からのメールは全くこず、それどこか本当に実家に帰ってしまったのだ。
最初は今朝のときのように、「どうせ明日になったら」と高をくくっていたが、それが二日、三日、そしてとうとう一週間になってしまった。
さすがにここまでくれば、名前が本気で怒ってることに気がつき、ソファに座ってここ数日の記憶を辿った。

名前があんなことを言いだした前日も少し態度がおかしかった気がする。
いつも以上にベタベタ甘えてきたかと思えば、時々悲しそうな表情で自分に抱きつく。
そんなのいつものことだし、普通通りの態度で構ってあげれば、さらに悲しそうな表情をしてた。…気がする。


「何かあったのかねェ…」


今更だが、名前は何かを訴えていた。それに気がつかなかった自分が少し情けない。
名前は自分の変化に凄く敏感なのに、どうして自分は鈍いんだろうか。
元々女性の変化に目がいくこともなければ、興味もない。だからといって嫁に対してもはダメだろ。
時計の秒針が響く静かな部屋で、重たい溜息をはく。
名前に出会う前はこの静かな部屋で何年も暮らしていたというのに、それがずっと昔に感じる。と同時に違和感。
あんな態度ばかりとっているが、名前を愛している。ただ少し態度に出すのが苦手。
そんな不器用な自分のせいで、いつの間にか名前が傷ついて、そして家出をしてしまった。
自分は名前より年上なのに、いつも何でも許してくれる名前に甘えていた。そんな自分を殴ってしまいとも思ってしまう。


「ともかく、迎えに行くか」


話を聞かなければ解決できない。
身支度を早急にすませ、車で名前の実家へと向かう。
「幸せにします」とか言いながら実家に帰った名前を見て、両親はなんて言うだろうか…。
年甲斐もなく名前の実家に向かうことに緊張をしているマルコだったが、マルコの心配とは裏腹に名前の両親はにこやかに迎えてくれた。
両親に名前の部屋へ案内され、二人っきりにしてもらう。


「マルコさん…」
「名前」


お互いの名前を呼び、そこで沈黙が走る。
久しぶりに見たせいなのか、今すぐにでも抱きしめたくなるが、ここは名前の実家。
抱きしめたい気持ちを必死に抑え、名前に近づくと名前は「来ないで下さい」と拒絶した。


「何でだよい」
「……だって…」
「言わなきゃわからねェだろい」
「言おうとしたけどマルコさん話聞かないもん…!」
「そりゃあ…、悪かったよい。話聞くから帰るぞ」
「やだ!もう帰らない!」


子供のように文句を言う名前の手首を無理やり掴み、車へと引きずる。
後ろでは両親が、「あまりマルコさんに迷惑かけるなよ」などど言っていた。
どうやら両親は、「名前がまたワガママを言ってマルコさんを困らせたんだろう」と思ってるみたいで、その言葉を聞いてようやく緊張から解放された。
掴むマルコの手で反対の手で叩くも、マルコは離そうとしない。
その強い力からは「絶対離さない」といった強い意志が伝わってくる。
助手席に座らされ、急いでマンションへと帰る。
途中、何度も事故に合いかけ、そのせいで名前は悲鳴をあげたが、マルコはスピードを落とすことはなかった。


「さて」
「…」


家について、イスに座って向い合う二人。
名前が逃げ出そうとすれば、すぐに腕を掴むか睨むかをされ、逃亡という選択肢を脳内から削除する。


「(私悪くないのに…)」


最初は、「文句を言う」「マルコさんを攻める」の選択肢があったのだが、まるで名前が悪いかのようなマルコの態度に、名前はすでに戦意を失っていた。
一週間も放っておかれ、さすがに寂しくなっていたところを迎えに来てくれたのは凄く嬉しいのだが、眉間にしわを寄せているマルコを見てビクビクと震える。
そんな空気のなか、


「俺が悪かったよい…」


最初に喋ったのはマルコだった。
怒っている。と思っていたのは名前だけで、マルコはどう切り出していいか考えていただけ。


「え…?あ、あの…」
「話聞かなくて、その、悪かったな」


視線を泳がせながら、ぽつぽつと喋り出すマルコに、名前は何度か無言で瞬きを繰り返した。


「話聞かなくて怒ったんだろい?」
「いや、……まあ、その…。なんていうか…」
「今更だけど、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「……違うんです…」


昼食を一緒にする約束をしたというのに、仕事の関係で一緒にとれなかった。
でもそれは仕事のせいであって、マルコは悪くない。
メールの返信をしてほしいと何度も言うが、マルコはほとんどしてくれない。
元々そういう人なのだから。と特に期待はしてない。
マルコがすること言うことは何でも信じてるし、全てを許すことができる。
結婚はしない。と言っていたのに、こうして結婚をしてくれたマルコにいくら感謝してもしきれない。
それどころじゃなく、自分を愛してくれている。毎日が幸せだ。
するとどうだろうか。
最初はそれだけで十分だったのに、日に日に欲が出てきてしまう。
マルコに迷惑をかけたくない。ワガママを言いたくない。そう思ってしまうのに。


「し、知らない女性と一緒に並んで欲しくない、…です…」


どういった経緯で一緒にいたか解らない。もしかしたら仕事上の付き合いだけかもしれない。
それでもマルコの横を歩くのは自分であって、他の女性ではない。
子供の嫉妬に情けなくなる半面、この気持ちをどうしたらいいか解らなかった。
それでマルコに女性のことを聞こうとしたのだが、こんな理由で聞いたらきっと呆れられると思っていた。


「……そんな心の狭い男に見えるかい?」
「見えない、けど…。怖い」
「…さすがに傷つくよい」
「ご、ごめんなさい…」


そこから勝手に被害妄想を膨らませ、出た答えが「マルコさんを困らせてやる!」といった子供の考え。
今思い返せば恥ずかしくなる単純な理由だが、そのときは真面目だった。


「仕事の関係で話してただけだい」
「私も翌日に知りました…」
「じゃあ何で一週間も帰って来なかったんだい」
「……か、帰り辛くて…」
「……」


えへ!と冷や汗を流しながら笑う名前に、マルコは言葉を失う。
たまに大人っぽくなると思えば、やっぱりまだ子供。
思考回路も単純すぎて、文句や説教を言う気を失ってしまう。


「でっ、でもマルコさん追いかけてくれなかったし、すぐに迎えに来てくれないから…!」
「…」
「やっぱり呆れられちゃったのかと思ってました。ほら、私魅力ありませんし、子供だし、バカだし…。それにマルコさんあまり言葉にしてくれないから…心配になるんです」


笑いながら言う名前だったが、表情は少し寂しそう。
愛を囁かなくても、優しさを露骨に見せなくても、名前は自分を慕ってくれるし、愛してくれる。
その甘えがここまで名前を追い詰めていたんだろう。
黙ってイスから立ち上がり、名前の腕を掴んでソファへと移動する。
ソファの上で向い合い、肩に両手を添えて首に自身の顔を埋めると、名前のすっとんけな声が部屋に響いた。


「マルコさん!?」
「ごめんな」
「………え?」
「名前がいねェたった一週間、……寂しかったよい」


そう言って手を背中に回して強く抱きしめると、今度は名前の慌てた声がマルコの耳を刺激する。
久しぶりに聞いたせいもあって、それが無性におかしくて肩を震わせて笑っていると、気付いた名前が「ちょっとー!」と声に出しながらマルコの背中を軽く叩く。


「そんな慌てるようなことかい?」
「だってマルコさんがそんなこと言うなんて思ってもなかったから…」
「言葉にしてほしいんだろい」
「そうですけどー…、今までが今までだけに心臓に悪いっていうか、なんというか…」
「じゃあこれからは少しだけ言葉にしてやる」
「……上から目線に戻ってますよ」
「ああ、悪い。でも嬉しいだろい?」
「たっ、……たまにでいいです…」


心臓に悪いですから。と付け加えたあと、「愛してるよい」と耳元で囁かれ、恥ずかしさのあまり変な悲鳴をあげてしまったのだった。





ゆうさん、サクさんへ。



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