40万打部屋 | ナノ

高校最後の思い出

「シンデレラ?」
「はい!黙ってたんですけど、実は主役に抜擢されたんですよ!だから明日の文化祭来て下さいね!」


新婚ほやほやのとある夜。
台本を片手にニコニコと上機嫌に笑う名前を見て、マルコはどう答えていいか解らないでいた。
高校二年生のときはメイドカフェ。そして今年はシンデレラ。
それだけで胸の奥がモヤモヤするのに、それを見ろというのか。実は隠れSではないのか。


「マルコさん?聞いてます?」


ジッと無言で見つめていると名前が声をかけてきた。
すぐに「ああ」と反応をすると、聞いてもないのに劇について色々なことを喋り出す。
相手役は一年のときから一緒の仲のいい男子だからやりやすい。ダンスシーンがあるんだけど、うまくできるかな。
そこまでは「そうかい」と適当に流していたのだが、


「でもキスシーンあるんですよ!」


衝撃な事実に、さすがに「はあ!?」と声をあげてしまった。


「なんか最後ぐらいすっげーのやってやろうぜー。みたいなノリになって…」
「……すんのかい?」
「しませんよ!だって私にはマルコさんいるしー」


きゃー!と甘えるよう抱きついてきた名前を受け止め、猫のように擦り寄る名前にほっと息をつく。
その息をついた瞬間、妙に恥ずかしくなった。
一年といった長い付き合いのあとの結婚。そして自分は結構年をとっている。
だから自分は「落ちついている」と思っていたのだが、嫁の発言に凄く焦ってしまった自分がいた。
そんなガキじゃあるめェ…。と頭を抱えながら、もう片方の手で名前が持っていた台本を手に取る。


「……なんだいこりゃあ」


シンデレラという劇なのに、中身は色々と変更されていた。
ラブシーンは少ないはずなのに、結構多い。
パラパラとページをめくり、最後の場面を見て手が微かに震える。


「この台詞、本当に言うのかい?」


マルコが知っているシンデレラというのは、可哀想な女の子が魔女の魔法によってお姫様にされ、王子様とダンスをして、逃げて、靴忘れて、靴がぴったり合って、結婚する。ということ。


「捏造しすぎだろい…」
「最後のラブシーンを書いたのはその王子役の人なんですよー」


名前の言葉に、その王子役が名前に好意があることがすぐに解った。
さらに震える手をギュッと握りしめ、「へー…」と怒りを隠すよう再び台本に目を落とす。
顔も知らない王子役の男に軽く嫉妬しつつ、どうやって仕返ししてやろうかと考える。


「…名前」
「なんですか?」
「明日は本番だよな?」
「はい」
「特別に俺が手伝ってやるよい」


ニヤリと笑うマルコに、名前は寒気がしたが、それが何かは解らず二つ返事をしてしまった。


「じゃ、じゃあどこ手伝ってもらおうかな…」
「最後のシーンするぞ。大事なシーンなんだろい?」
「そう…ですね。お願いします!」


劇の最後のほうは、王子とシンデレラがダンスを楽しみ、十二時の鐘が鳴ったとき、帰ろうと走り出す。
そこまでが通常のシンデレラだが、名前がやるシンデレラは少し変わっていた。
靴が脱げる前に王子がシンデレラを後ろから抱きしめる。
そこで色々と口論したあと、「好きだ」と告白される。
喜ぶシンデレラだったが、正体がバレては困るので逃げようとする。
それを抑えて、少し強引にキスをして、針は十二時を過ぎる。
王子の魔法かなにかで、魔法は解けることなく、そのまま結婚式をあげ、終わる。
といった内容。
最後まで読んだマルコは鼻で笑って、台本を名前に返す。


「じゃ、やるか」
「え…?マルコさん台本なくても大丈夫なんですか?」
「おう、任せろい」


立ち上がって、肩を鳴らす。
別に激しい動きをするわけじゃないのに…。と思いながら名前も立ち上がり、マルコに近づく。


「ダンスなんてできねェから、こっからするよい」
「王子が追いかけてくるところですか?」
「針が鳴ったとこからスタートだい」


そう言って名前から離れ、「やれ」と言うように顎で合図をする。
付き合ってくれるのは嬉しいが、何かが胸に引っ掛かる。
そのモヤモヤした気持ちのまま、名前は台詞を言う。


「『さ、さようなら…!』」
「待てよい」
「……マルコさん、「よい」は台詞に入ってませんよ」
「口癖ぐらい見逃せよい」
「あと口調がちょっと乱暴…」
「これはお前の練習だからいいんだよい」
「…解りました」


もう一度気を取り直して…。


「『さ、さようなら…!』」
「『待て』よい」
「『ごめんなさい、王子様。私は帰らなくてはいけないのです』」
「『せっかくお前と出会えたのに逃がしたくねェ』よい」
「『あ…』」


背中を向けてマルコから離れる名前だったが、マルコが後ろから名前を抱きしめる。
劇通りとは言え、少し恥ずかしくなる名前に、マルコが解っていたかのように笑って、腕に力を込めた。


「あ、あの…」
「どうした?」
「……何でもないです…。えっと、『離して下さい王子様…』」
「『やなこった。絶対離さねェ』よい。『俺はお前を愛してるんだ』い。―――名前」
「っ…!」


耳元で甘く囁くマルコに、全身に鳥肌がたった。
真っ赤な顔で耳を抑えながら後ろを横目で見ると、楽しそうに笑った顔がすぐ近くにある。
さらに赤くなる名前に、マルコは一度解放して、真正面から見つめる。
台詞を忘れてしまった名前の顎に手を添え、腰を屈めてキスをすると肩をビクリと震わせた。


「ま、…マルコさん!?」
「明日はこうならなければいいな」
「台詞忘れたらマルコさんのせいですからね!」
「名前」
「もう今日は寝ます!明日に備えて寝ます!」
「名前、『結婚しよう、愛してる』よい」


暴れる名前にまたキスをして、旦那による濃厚な練習は終わった。





柚奈さんへ。
リクエスト通りにならなくてすみません…。



おまけ。


昨日の夜は大変だった。
マルコさんの色気にあてられて、頭が本当に爆発するかと思った。
今朝もまともに顔を見ることができず、文化祭のチケットを渡し、劇の時間帯を伝えて家を飛び出した。
練習に付き合ってやる。って言われたときは嬉しかったのに…。
思いだすだけで頬が熱くなってきた…!


「名前、準備はいい?」
「あ、うん。…なんか嬉しそうだね。いいことあった?」
「え!?べ、別に…」
「サッチさん誘えた?」
「さっ…!誘ってない…。けど、来たいって言ってたから余ってたチケットあげた。来るかどうかは知らないけどね」
「そっか。魔女姿見てもらえるといいね!」
「見てもらいたくない!もー、いいから行くよ!」


友達に連れられ、ステージ近くへとやってきた。
こっそり観客席を覗くと自分達が思っていた以上にお客さんがいて、緊張が走る。
身体が震え、台詞も飛んでいってしまった…。


「ど、どうしよう…!ちゃんとできるかな…」
「できるかな。じゃなくて、できないといけないの」
「そうだけど…。台詞忘れちゃった…!」
「はいこれ!」


持っていた台本を私に渡し、隣に座って一緒に台本を読む。
口は悪いんだけど優しいんだよね、うん。
一度全ての台詞に目を通し、気持ちを落ち着かせる。
よし、大丈夫。
そう思って観客席をまた見ると、来ないと思っていたマルコさんが目に写った。
その隣にはサッチさん。友達も「あ」と少し嬉しそうな声をもらす。


「……頑張ろうね!」
「別にあの人がいるからじゃないけど、高校最後の文化祭だもんね」


そして劇が始まった。
台詞の第一声は緊張してうまく喋れなかったけど、それも次第に慣れて、最後まで大きなミスをすることなく進めることができた。
ダンスの最中に鐘が鳴り響き、私はその場から立ち去る。
階段を降りようとしたとき、後ろから抱きしめられ、「シンデレラ」と呼ばれる。
その次に私が「さようなら」と言うのだが、ふと観客に目を向けるとマルコさんが私を見ているのが解った。
暗くてハッキリとは解らなかったけど、足を組んでジーッと見ている…!
このとき、俯いて悲しまないといけないのに、マルコさんを見たまま台詞を喋り続けてしまった。


「『ごめんなさい、王子様。私は帰らなくてはいけないのです』」
「『せっかく貴方と出会えたのに逃がしたくありません』」


『せっかくお前と出会えたのに逃がしたくねェ』よい。
昨日のことを鮮明に思い出してしまい、カッと顔が熱くなった。
席に座るマルコさんから視線を外し、俯いて沈黙を続ける。
小声で王子役の人に「名前?」と名前を呼ばれ、台詞を思い出す。


「『離して下さい王子様…』」
「『いやです。絶対に離しません。私は貴方を愛しています』」


そう言って例のキスシーンに突入する。
観客席からは冷やかしの声と、キャーという黄色い声が飛び交い、私の身体がさらに強張る。
だけど、顎に手を添えられた瞬間、


「やっ…!」


拒絶してしまった…。
シーンと静まる会場、その中から聞こえる一つの笑い声。…きっとマルコさんだ…!
それが伝染し、会場に笑い声が溢れる。
「やってしまった…!」と後悔すると同時に、恥ずかしさが限界を迎え、私は「さよなら!」とだけ言い残しその場から立ち去る。
王子役の人もどうしたらいいか解らず、私を追いかけ一緒に消える。
ステージには脇役の人が残り、さてどうやって終わろうかと騒いでいたら、ナレーションの友達が、


「『こうして、王子様によるシンデレラ攻略作戦が始まったのです。めでたしめでたし』」


と締め、なんとか終わることができた。
逃げた私は友達に大目玉をくらってしまったが、私は悪くない!悪いのはマルコさんだ!昨日練習なんてするんじゃなかった…!
昨晩のことを思い出すと耳元が熱くなり、唇もジンジンと熱を帯びてきた。


「…マルコさんのバカ!」


これからこの恰好のまま学園を歩かないといけないと思ったら、さらに顔が熱くなって、マルコさんへの怒りも増していった。




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